世界の明日と明日の世界

し らゆ き

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第三章

第二八話

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 事務所の空気が一変する。
 質問をした日向も、もちろん僕も、その場にいた誰一人として梅爺の言うことを瞬時には飲み込めなかった。
「どういうこと……なんですか?」
「それに、なぜあなたがそれを知っているんだ?」
 戸惑いからか、僕と日向はタイミングを見計らわずに疑問を投げてしまう。
 逆に、ワイルドとモンジャは僕たちの様子を見て黙り込んでしまう。
「まあまあそう怖い顔しなさんな。順に答えていくからのう」
 この空気をものともせずに梅爺は返答する。
 出会ったときから思っていたが、梅爺はやたら肝が据わっている。謎の男たちに追いかけられていたときもそうだ。本来なら危機的状況なのにも関わらず、そんな素振りは一切見せなかった。むしろ、老獪ろうかいな余裕すら醸し出している。
「おぬしらがどのような意味合いで『王様』などと呼んでいるのかはわからないんじゃが、『この世界』の統治者・管理者という意味合いの存在ならおるわい」
「統治者であり管理者……っていうと、具体的には何を?」
「いや、その前に梅爺がどうしてその事実を知っているのかってことからだろう」
 僕と日向の間でも、聞きたい情報が分裂する。
 本気で調査をしても何一つわからなかった事実……それを偶然知り合った老人が知っているかもしれないとなれば、気が動転するのも当然だ。
 しかし、そういうときだからこそ、冷静に整理していかなくてはいけない。
「こらこら、そんな一気に訊くでない。じゃ、望月のから答えようか。まず、ワシがそれを知っているのは、昔から『この世界』にいるからじゃ」
「昔? どうしてそんなことがわかるんですか?」
 梅爺が質問に答えている最中なのに、日向はまた質問を重ねてしまう。
「それは至極単純な話じゃよ。今よりもずっと人が少なかったからじゃ。あの頃は寂しかったのう。散歩をしていても、全然人と出会わんのじゃから」
「ええと、話を戻そう。昔からいるからとはいえ、どうして王政であると断言できるんだ? ワイルドみたいに、長く『この世界』にいても『王様』がどんな人なのか見たことすらない人ばかりなのに……」
 話がズレたのを感じた僕は、慌てて話題の軌道を修正する。
「確かにそうじゃな。でも、ワシは『王』を見たことがあるのじゃよ。そもそも、昔は普通に顔を公開していたんじゃよ、『元の世界』の王様や大統領のようにな」
「そうなんですか? こんなに探しても見つからない今の状態からは考えられないですけど……」
「そうじゃな。『この世界』に人がたくさん来るようになって、規模が大きくなるにつれて、『王』は存在感が薄れていったんじゃ。いや、意図的に薄めていったとも言える。まあ、元よりここは国ではないし、ある意味でに近いのだから、あまり住民に干渉して圧を与えるべきではないとの判断なのじゃろう。その辺までは詳しく知らんし、興味もないわい。とにかく、ある時期から徐々に人前に姿を見せなくなったんじゃ」
「じゃあ、梅爺みたいに『王様』のことを知っている昔からの住民が他にいてもおかしくはないはずだと思うんだけど。でも、僕たちは一人たりとも探し当てられなかった。それはどうして?」
「それは……おぬしらの運が悪かったんじゃろうに。というか、そんなのワシがわかるわけなかろう!」
「あはは、それもそうか」
 僕は調査を無駄にしたくない思いからか、変なことを訊いてしまった。
「あの、次は私から質問いいですか? って、具体的には何をしているの?」
 日向は、一度保留にされた自分の質問を再度投げかける。
「正直、そこまではわからん。ただ、『この世界』を見張っているんじゃないかのう。いざというときになれば、なんらかの実力行使をするかも知れん。かつてそんなことは一回もなかったがのう」
「いや、めちゃくちゃ適当じゃん」
 僕は心の中のツッコミを思わず口に出してしまった。
「だから『そこまではわからん』って言ったじゃろう! ワシだって知らんことくらいあるわい」
 梅爺がツッコミにツッコむ。
「『王様』について知っていることは、これで全部ですか?」
「いや、まだ訊いていないことがある」
 日向が閉じようとするが、僕が差し止める。
「僕たちは『王様』について調査している過程で、『王様が何やら悪事を働いている』とも聞いたんだ。これについて何か知っていれば教えてほしいんだ」
 最後に、「王様」についての数少ない情報の一つを梅爺にぶつけてみる。
「う~ん、悪事か……そんな話は聞いたことなかったのう。変な噂に尾ヒレがついて、いつの間にやら悪事だなんだって言われるようになってしまったんじゃないかのう」
 梅爺も知らない様子だった。
 よく考えたら、かなり前に少しだけ見たことがある他人についてここまで深掘りされても、あまり知らないのは当たり前だ。
「そっか」
「こんなもんじゃのう、ワシが知っているのは」
「いや、突然変な話になってごめん。まだ謎な点が色々あるとはいえ、知らなかったことをたくさん聞けてよかったよ」
「役に立ったならよかったがのう」
「役に立ったと思います! あれだけ調査してもわからなかったことを聞けたんだもん。梅爺、ありがとうございます!」
「僕は主に、調査が無駄にならなくてよかったと思ったよ」
「おい~っす。お、今日はこのメンバーか」
 話がちょうど一区切り付いたくらいのタイミングで、ノグマンが事務所に入ってきた。
「私たちも来たぞ」
「どうも」
 後ろにはジンガーやチャオもいる。これで全員集合だ。全員集合すると、「野生会」のこの事務所も少し狭いな。それだけ賑やかになったってことだ。
「みんな、すごい話があるんだ。聞いて驚くなよ? 僕たちが以前に調査をした『噂』の真相を、梅爺が知っていたんだ!」
 僕はつい先程聞いた話を、その場にいなかったメンバーたちにすることにした。
「本当かね?」
 ジンガーが驚く。
「実は……」

「そういえば、モンジャとワイルドは話の場にいたのに、会話には全然入ってこなかったな。どうしたの?」
 もう一度「噂」の真相を話した後で、やや気がかりだったことを訊く。
「いやあ。二人がすごい剣幕で梅爺に詰め寄るから、入っていく隙がなくてねえ」
「ああ。あれは確かにすごかったよな」
「二人って、僕と日向?」
「そりゃそうさ」
 モンジャとワイルドが引き気味に苦笑する。僕たち、そんなに凄んでいたのか。あんまりビビらなさそうなワイルドがビビっているのは相当だぞ。
「これからは、二人に対する態度を少し改めようと思ったね」
「そんなに?」
「それは冗談だけど、二人を同時に相手にしたら怖そうなのは間違いないね。息ぴったりだし」
「ああ、まるで熟年の夫婦みたいだったぞ」
「その話はもういいから!」
 すぐに夫婦漫才ネタに走るワイルドを静止し、僕はその場から逃げる。モンジャとワイルドは笑っている。その場のみんなも、もちろん梅爺も。
 平和な日常だ。
 しかし、こんな平和な日常は、ずっと続くわけではない。
 長い時間をかけて築き上げてきた常識は、当たり前は、些細なきっかけからいとも簡単に崩壊する。
 僕はそれを知っていたのに、慣れてしまったのだ。「この世界」での安寧というに。
 それは僕の未来に対する危機感をシャットアウトし、ないものとして次第に存在を感じさせなくなっていた。
 ……そして、梅爺は姿を消した。
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