惑星ラスタージアへ……

荒銀のじこ

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第一部 1章 ラジオ

第4話

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 ユースケの住む地域は山に囲まれた盆地で、夏になっても比較的涼しく油断すれば見たこともないような虫から見慣れた不気味な虫まで家の中に侵入してくる。住み慣れてしまえばそんな事態にも落ち着いていられるのだが、それほどの田舎となると都会のように物珍しいものは何も無く、前時代の遺産である苔むした飛行機があるぐらいだった。ユースケはそんな地元が好きではあったが、反面刺激が足りないとも感じていた。
    ユースケの地元には商店街と呼べる区域は一つしかなく、空に星が瞬き始める頃になると大勢の人でごった返すようになり、商店街の規模も大きいため軽い祭りをやっているような雰囲気になる。しかしそれ以外の時間では基本的に訪れる人は少なく、昼間には何もやることのない暇を持て余した人間か相当な物好きしかいなかった。ユースケも暇を持て余していてかつ相当な物好きであるため、特に何も買うものがなくともよく暇を潰すためだけにタケノリたちを連れてやってくることが多かった。
 すでに商店街にはそんな暇だったり物好きだったりする人たちが何人か訪れており、ユースケにも何となく見覚えのある顔ぶれもあった。今日も思いつきでやってきたユースケであったが、いつものようにふらふらするのではなくある店に一直線に向かっていった。
「おじさん、こんちはー」
 乱暴に扉を開けながらユースケが中に入っていく。その際に扉についている鈴の音が店内に鳴り響いた。その店は商店街にふらっと寄ったユースケたちが最も訪れていた店であった。店内では、髭を生やした店主が腕を組んで商品棚の上で横になっている猫を見上げていた。
「おうユースケ。また学校サボってきやがったのか?」
「きちんと学校終わってから来たって」
「そうかい。まあいつも通りゆっくりしていきな」
 手慣れた様子で、ユースケの方も見ずに店主は対応した。今はユースケよりも猫の方が気がかりであるらしい。ユースケも気になって猫の方を覗ってみると、棚に登った猫は目を細めて店主を睨んでいて降りてくる気配はなかった。この猫はユースケが八歳の頃、ユズハを連れて初めて店に訪れたときからすでに飼われていて、それ以来無愛想ではあったもののここまで店主に反抗的な態度を示しているのを見るのは初めてだった。
「いやな、今朝起きたら急にこいつ吐きやがっててさ。慌てて病院連れてやろうとしたら怒られちまってな」
 店主は無精髭の生えた顎を擦りながら決まり悪げに苦笑していた。日頃何も買わないくせに店に寄っては馬鹿の一つ覚えのように猫を可愛がっていたユースケはどんな顔をすれば良いか分からなかった。
「機嫌が良くなるまで待っていようかと思ってたんだが、一向に機嫌良くしやがらねえ。ったく、まいったぜ」
 そう苦笑する店主の両手には比較的新しいひっかき傷が出来ていた。店の中をよく見渡すと猫の毛がちらほらと抜け落ちているようであった。そうして視線をきょろきょろ動かしているうちに、朝のチラシに載っていた商品が偶然目に入った。
「あ、新しいもの売ってるじゃん。これ、いくら」
 言葉を捜しあぐねて苦し紛れに商品を指差したが、ユースケはすでにその商品については朝のチラシで知っている。
「ああ、それか。なんだお前、そんなもの欲しいのか?」
「面白そうじゃん、これ。見たことないし」
「やめとけやめとけ、お前には宝の持ち腐れだよ」
 店主は小馬鹿にしたように鼻先で笑いながら顎を撫で続ける。表情が柔らかくなったのは良いが、宝の持ち腐れとまで言われるのは心外だったユースケはつい意地を張る。
「良いじゃん、おじさんの店の物が欲しいなんて物好きそういないだろ」
「どういう意味だそりゃお前」
「あ、そうだ」
 ユースケは手提げカバンに入れていたパン屑を取り出した。昼食のとき、カズキのパンを強奪したもののうちユースケが食べ残していたものであった。
「おじさんの店なんて猫がいなきゃろくに客来ないだろうし、とりあえずこれでも食べさせて元気出させろよ」
 商品が欲しいと言うのに財布から金銭を出すのではなくパン屑を取り出すユースケに店主は戸惑った。しかし、ユースケの殊勝な面持ちに圧されておずおずと受け取ってしまう。店主は小さなパン屑をしばし見つめた。
「……ばかやろう、気持ちは嬉しいが猫にパンはダメだっつの」
 とことん失礼なユースケの言動を店主は笑い飛ばしながら例の商品、ラジオをユースケにただで手渡した。ユースケは「いや、それは悪いでっせ旦那」と遠慮する素振りを見せたがニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていたので内心ラッキーだとしか思っていないことは店主の目には明らかだった。

 目当ての物を買って、さあ遊ぶぞと意気込んだユースケは店を出たその足でそのまま真っ直ぐに家へと帰ってきた。カバンも適当に部屋の隅へと投げやり今日の戦果であるラジオをぺたぺたと触り始めた。しかし手に持って振ってみても何もせずそのまま置いたままにしてもうんともすんとも言わない。そこでユースケはラジオが見ただけでは使い方の分からない複雑な物であることを把握した。どうやって使おうか考えているうちに、このラジオを知ることになったチラシの存在を思い出した。
「母さん、今朝のチラシどこにある? まだ捨ててない?」
 普段のユースケは新聞や教科書どころか、田んぼと畑の手伝いを全て妹に任せっきりにしているせいで広告の類にすら目を通さない典型的な活字離れした若者であるため、チラシを欲しがるなどと素っ頓狂なことを言うユースケを母親はいぶかしんだ。しかしすぐに「折り紙にでもするのかしらん」と疑問は残りつつも納得のいく答えを導き出して、快く古紙回収箱から取り出してユースケに渡した。ユースケは嬉々として部屋に戻り、今度はチラシと睨めっこをし始めた。
 しかし、ユースケの興奮はわずか数分で落ち込むことになった。どこにも使い方の説明など書かれていなかったのだ。
「そんなバカな!」
 話は振り出しに戻り、ユースケは再びラジオと睨めっこする羽目になった。素直に母親に聞きに行けば解決しそうな話ではあるのだが、自分が分からないのだから母親にも分かるまいとユースケは失礼な決めつけをしていた。
 そのうちにユースケはラジオを無理に使おうとするのは諦め、母親が奇しくも導いた結論通り、チラシを紙飛行機にして窓から飛ばしていた。ユースケの手から放たれた紙飛行機は一瞬上向きに飛んでいったかと思うとすぐに下降し始め、やがて乾涸らびた飛行機のはるか手前で着陸した。ユースケはそのまま窓に寄りかかり、朝のときと同じように乾涸らびた飛行機を眺め始めた。口笛を吹き、その口笛の音色に合わせてつま先を上下に弾ませると何だか愉快な気持ちになってきてラジオを使えない不満もすっかりなくなっていた。
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