惑星ラスタージアへ……

荒銀のじこ

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第一部 2章 指差して 

第7話

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「どうだ、見事なもんだろ」
 背後からの声に振り向くと、腰の曲がった老人がのそのそとユースケの方に歩み寄ってきていた。ニコニコと笑みを浮かべながら、やっとのことでユースケの隣にまでやってくると、遠い目をしてもう誰も住んでいない家々を見渡した。その眼差しは、祖母がよくしていたそれととても似ていた。
「ちょうどあの山と山の間の、ちょっと凹んでいる部分だったらしいの、爆弾が落とされたのは。そしてこの近くまで土壌が汚染して、爆発の余波でいくつかの家は倒壊した。落とされたのはあれだけ遠くなのになあ」
 老人は懐かしむように語りながら、徐々にその声音を寂しそうにさせていった。その話し方は祖母とは真逆で、ユースケはその話に聞き入って何も言うことが出来なかった。それを知ってか知らずか、老人は続きを語り始めた。
「戦争には勝ったものの、もちろん無傷ではなかった。この辺はもう復興の意味がないと見捨てられた場所じゃ。それでも、何とか今に至るまで皆で平和に暮らしてきとるけどな。幸い近くに栄えた街もあるし、業者と提携して物にも何とか困らない。それだけで、十分だよ」
 明るそうな話に反して切なげに声を落とすその言葉に、ユースケは頭がぼうっとしてきた。その話に込められた何かがじんわりと体中に浸透していき、何となくそんな話をしてくれた老人の心境が実感を伴って伝わってきたような気がした。
「爺さんの言う通りだよ、それだけで十分だよ」
 ユースケは祖母がよく話してくれた話や、そのときの祖母の眼差しを思い出していた。
「昔何があったって、それで将来が決まるわけじゃない。何か問題があるならそれを何とかするために頑張ればいいだけだし、別に何事もなく平和に暮らせているなら、それだけで十分に幸せなことだ。婆ちゃんがよく言っていた」
 隣に並ぶ老人が「ほほお」と感心したように声を漏らして、顎から伸びる髭を撫でていた。
「それに、俺にそんなことは気にせずに自分の望む通りに生きてくれればそれで良いって言ってくれた。そのときはそんなことってどういうことなのかよく分からなかったけど、今ようやく分かった気がする。皆もそう生きれば良いのに」
 老人が再び「ほほお」と先ほどよりも声を高くして感心していた。
「その素直そうな性格はあんちゃんの婆さんゆずりみたいじゃのぉ」
 老人はしきりに髭を撫で続ける。腰をトントンと叩きながら立ち続けているのが気になり、ユースケは老人を家へ送り届けることを申し出た。老人もありがたそうに目を細めながら頷き、ユースケに支えられながら自身の家へと案内した。
「あんちゃんは旅行かい? 何ももてなせないかもしれんが、良かったらゆっくりしていってくれ」
「お、良いのか? 本当に遠慮せずゆっくりしていくぞ」
 ユースケが念を押すように執拗に何度も確かめるも、老人は決して首を横に振らなかった。学校のことを忘れているのではないかと思うほどユースケも乗り気である。老人を支えて歩きながら、ユースケは、自転車を先ほどの家々を見たところに置いてきたことを思い出した。この町でどんな風に過ごそうかと想像するよりも先に、まず初めに自転車を取りに行こうと決めていた。

「んで、何で私のところに来たの」
 ユースケが倒れていた家の女性が、玄関先で、用途のよく分からない棒切れを弄びながらユースケを睨みつけていた。オーバーオールを脱いでおり一気に異文化の人その者みたいな恰好になっており、敵意丸出しとまでは言わないが、明らかに歓迎しているとも言えない嫌悪感が滲み出ていた。ユースケも気まずさを感じながらも、小奇麗に手を揃え擦り合わせ頭を下げていた。
「お願いしますって」
「お願いしますって言われても……」
「そこを何とかぁ」
「いや、だから……」
 その後も女性の反論も聞こうとせず頭を下げ続けるユースケと、何か理由をつけて追い返そうとする女性の口論は続いたが、あまりのユースケの狂気じみたしつこさに最終的には女性の方が折れた。
 先ほどの老人にユースケが浮かれたように「どこに泊まれば良いですかね」と尋ねたところ、初めはその老人自身が自分のところに泊めてくれるつもりだったらしいのだが、腰に手を当て、祖母を思い起こさせる弱そうな体つきに、介護しながら泊まった方が良いのかという悩みよりも先に、勝手の分からない自分がいきなり泊まることの迷惑さの方が大きいだろうと想像してユースケは自分からそれを断った。老人も断られてもあまり気にしておらず、「誰かは泊めてくれるだろう。訊いて回ってみると良い」と気楽そうに言ってくれたので、ユースケは老人を無事に送り届けた後早速辺りの家に訪問してみた。しかし、どの家でもノックして顔を出すなり、ユースケの顔を認識すると嫌そうな顔を浮かべた。嫌な予感を覚えながらも、「あのぉ、泊めてもらうことって出来ますかねえ」と図太く尋ねてみると、どの人も「すみませんがうちにそんな余裕はないです」と即答されてぴしゃりと戸を閉められた。初めのうちはユースケも「まあどこかの家には泊めてもらえるだろう」と気楽に考えていたのだが、よほど第一印象が胡散臭かったのか、行く先々で同じように断られ続け、次第にユースケの心も荒んでいった。行き着いた先が、何となく最初に話した段階で良い印象を持たれていなさそうだと避けていた女性の家だった。空腹と体力の限界が近かったユースケはわらにも縋る思いで最後の砦である女性に頼み込んだ、というわけであった。
「こんな何もない辺鄙なところに旅行だなんて、あんたどうにかしてるよ」
 家に入れてくれたはいいものの、いつまでも毒を吐いてくる女性だったが、そんな毒気を気にする余裕もないほどユースケは襲い掛かる空腹感と体のだるさに追い詰められていた。女性に渋々案内された部屋に着くと、ユースケは寝袋をさっと広げてすぐにその上に倒れこんだ。その拍子にユースケのリュックからせんべいの入った袋や数本の空のペットボトルが飛び出てくる。その光景に、女性も嫌悪に歪めていた顔をわずかに和らげ気の毒そうにしていた。女性は恐る恐る、じっと固まったように動かないユースケの肩を手に持っている棒切れで突く。それでもじっと動かないユースケだったが、女性がもう一度肩を突くと、寝袋に埋めた顔からくぐもった呻き声が響いた。それを聞いて何かを察した女性は、一旦その部屋から出ていき、どたどたと違う部屋で騒がしくさせながらユースケの部屋へ戻ってきた。手にはたっぷりの赤い実を載せた木製の皿を持っていた。
「ほら、とりあえずこれ食べな」
 女性はそーっと、ユースケの顔の近くにその皿を置いた。ユースケも、食べなと言われて食べ物の匂いを探してみて、瑞々しい青葉みたいな匂いが香ってきて、食指は動かなかったもののユースケはゆっくりと力なく起き上がる。そして傍らにある赤い実を視認すると、一度女性の方を振り返った。女性は迷惑そうに眉を歪めながらも、食べろというジェスチャーをしてくる。それを確認して、ユースケは寝袋の上で正座に組み直して、一つずつ赤い実を口に運んだ。じゅわっと中で弾けてトマトらしき酸味と旨味が爆発する。腹に物が入ったことで食欲に火が付いたユースケは、パクパクと次々にミニトマトを口に含んでいった。
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