惑星ラスタージアへ……

荒銀のじこ

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第一部 3章 それぞれの

第20話

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 卒業式の日というものはさしものユースケも緊張してしまうようである。人生で初めて着たスーツに背筋がぴんと伸びた気がしたユースケは唇をぎゅっと結んで視線を無駄に左へ右へと泳がせていた。そんな様子のユースケを見てユリは可笑しそうにケラケラと笑っていた。
 母親もユースケの格好を見ては「あんたって本当に、何て言うか、間抜けな顔してるわねえ」と散々な言い草だった。
「俺、本当に卒業するんだよな?」
「今更何言ってるのよ。ほら、さっさと行きなさいよ。たまにはユズハちゃんのこと迎えに行ってあげなさい」
 未だに実感の湧かないユースケを母親が尻をひっぱたく勢いで玄関へと追いやる。今朝、ユースケは人生で初めて母親にたたき起こされるという経験をした。何事かと飛び起きたユースケはあれよあれよという間にスーツに着替えさせられ、朝食を済まされていた。ユースケとしては途中からそれなりに真面目に通った学校を卒業するのだから「今日で最後なんだな」と窓の外に広がる風景を眺めながら黄昏れるようなことがしたいと思っていたのだが、そんな暇は許されなかった。
 腹いせにユースケはいつまでもケラケラ笑っているユリの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。ユリも初めは憤り、迷惑そうに手を伸ばしユースケの手をどかそうとしていたが、次第にその手を止めた。ユースケも思わず撫でる手を止める。
 ユリはゆっくりとユースケの手を握ると、神妙な面持ちでユースケを見上げた。
「お兄ちゃんも……もうすぐ、行っちゃうんだね」
「……ああ」
 ユースケの簡単な返事にも、ユリは肩を震わせた。怖がるように見上げるその視線は徐々に潤んでいった。ユリはユースケの手を離し、それからすがるようにスーツの袖を掴んで黙りこんでしまった。
 ユースケはもう一度ユリの頭に手を置き、今度は丁寧な手つきで撫でた。
「時々戻ってくるから、心配すんな。やってらんねえってなって逃げてくるかもしれねえし」
 ユースケは茶化そうとしたが母親が「それはダメ」と鋭く横やりを入れてくる。ユースケもムッと母親を睨み付けたが、母親の見守ってくれるような穏やかな表情に呆気にとられた。
 ユースケは自分の手を見つめぎゅっと握った。ほんのわずかに手汗が感じられた。掌に何かがあるのではないかとじっと見つめてみた。そこで今更になって指の付け根にいくつかタコが出来ていることに気がついた。
「それじゃあさくっと卒業してくるわ」
 最後にぽんぽんとユリの頭を撫でて、玄関を開けていった。背中から「いってらっしゃい」という声が聞こえてきた。
 軽快な足取りで外に出ると、草木の匂いがぶわっと鼻をくすぐった。何となくユースケは胸一杯に空気を吸ってみた。いつもと変わらない匂いがしただけであったが、とても愛しいものに感じられた。
 まだユズハは来ていなかった。そんな事実に、ユースケは自分がユズハよりも早く準備を済ませたのだということを実感した。待っているのも不毛なので迎えに行こうという気になりユズハの家へと向かうことにした。向かう途中、いつも待たせてしまっていたユズハの気持ちが少しだけ分かったような気がした。
 ユズハの家の前に着いたと同時に玄関からユズハが出てきた。ユズハも当たり前だがスーツを着ていて、すらっと伸びている脚に思わず、こんなに長い脚をしていただろうかという感想を抱かされた。幼い頃からユズハを見てきたユースケであったが、それまでのイメージにそぐわない大人びた雰囲気をしたユズハにユースケは声をかけるのも忘れていた。
「あら、珍しいのね。いつもみたいにお寝坊さんしてるのかと思ってた」
 開口一番いつもの調子でからかってくるユズハにユースケは残念なようなほっとしたような気持ちになった。
「ああ、今日はきっちり起きられたよ。母さんも驚いてた」
「いやいや、どうせお母様にたたき起こされただけでしょ」
 平気で嘘つくユースケをユズハはあっさりと見破る。ユズハの食えない反応にユースケもようやく平静さを取り戻していった。
 それからどちらからともなく二人は歩き出した。ここ最近は周りの風景を気にする余裕もなかったユースケだったが、卒業も大学校への入学も決まると途端に見慣れた風景も貴重なもののように感じられてきた。普段何も感じていない田畑も、何故かこのときばかりはユリが小さい頃から母親の後を追っている姿から徐々にやり方を覚えて一喜一憂している姿が頭に浮かんできて、切なさが胸に込み上げてきた。ユズハも何か思うところがあるのか、ユースケと同じように黙ったままでいる。二人とも黙っているからカツカツという靴音がよく聞こえ、ユズハがいつもと違う靴を履いていることに気がついた。
 スーツを着せられても実感が湧かなかったユースケであったが、こうして学校へ向かっていると通い慣れた道も急に窮屈に感じられ、あっという間に森を抜け学校が近づいてきた。学校が近くなるとまばらに自分と似たような格好をしている者が多くなった。いつも以上に浮かれた気分ではしゃいでいる者たちもいれば難しい顔をして静かにしている者たちもいた。
 教室に入るとすでに何人かが来て静かに賑わっていた。ユースケもユズハも黙々と席に着く。ユズハの方にはアカリを含めた数人が集まって談笑が始まったが、タケノリたちはまだ来ていないようでユースケは静かに窓の外に目をやった。校門の辺りに植えられている立派な葉を生やした木々を見て、ユースケは祖母の語っていたサクラについて思い出していた。ちょうどこの時期に咲かせ、多くの人の思い出に残ったというサクラを、ユースケは見てみたかった。
 すっかり半分しかいない教室に慣れていたが、卒業式ということですっかり来なくなっていた人たちの顔ぶれも増えると、一気に教室が昔に戻った錯覚に陥りそうになる。懐かしさよりも先に煩わしさが先行して、ユースケはますます窓の外の景色に思いを馳せようとしたところで、肩を叩かれた。渋々振り返ると、見慣れたタケノリとセイイチロウの顔と、実に一年以上振りのカズキの顔とが並んでいた。
「よっす。おせえよまったく」
「それ、ユースケが言うのか?」
 タケノリとセイイチロウが小さく笑うが、その横に並ぶカズキは依然と顰め面を浮かべたままである。まさかあれほど長く時を共にした友人との接し方を忘れたわけでもないだろうに、カズキは身を縮こまらせてそわそわするだけであった。
「カズキも久し振りだな! 今まで何してたんだよ」
「お、おう、それは、まあ後でな」
 やけに覇気のない答え方である。気色悪さすら覚えてユースケが身を引くも、カズキは女々しくそわそわしたままである。タケノリが「こいつ久し振りだってのにさっきからずっとこの調子なんだよ」と耳打ちしてくれ、セイイチロウも肩を竦めてみせた。セイイチロウも夏頃から早速働き始めていたようで、ただでさえ細い線の身体が日に日にさらに細くなっていったが、スーツを着ると意外に様になっていた。
「まったく、セイイチロウはユズハに振られてからもめげずにときどき学校来てくれたっていうのにカズキは全然来ないしさ、ほんと何してたんだよ」
「おいユースケ」
「ん?」
 スーツ姿でもお構いなしにセイイチロウに掴みかかられ、ユースケも暴れる。その間も、カズキは借りてきた猫のように大人しかった。ユースケもセイイチロウもいよいよカズキが不気味に感じられ、タケノリと肩を寄せ合ってひそひそと話し合った。
「なあ、マジでカズキの奴どうしたんだよ? 変な洗脳でもされたのか?」
「ユースケは物騒なことしか思いつかねえなあ」
「まあでも、言っても、タケノリたちの言うことが本当なら俺たちに会うの一年以上振りなんだろ? そりゃ、いくらカズキでもちょっと距離分かんないんじゃないのか?」
「俺はカズキをそんな風に育てた覚えはない」
「あっちもユースケに育てられた覚えはないと思う」
 そんな風に話し合っている傍らでカズキが「お前ら全部聞こえてるぞー」と抗議してきたが、その声もやはり記憶にある物と違って弱々しく、ユースケたちは構わず会議を続けた。そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り、タケノリたちは名残惜しそうに、それでもニヤつきながら自分の席へと戻っていった。今日は卒業式というだけあって、皆が席に着くと黒い服が並び、雰囲気もどこか厳かなものが漂っているような気がした。
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