惑星ラスタージアへ……

荒銀のじこ

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第二部 2章 未来を、語る

第17話 会うのに向けて

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 久し振りのフローラとの時間で、先ほどまでの罪悪感もなくなるほど心が安らいでくると、現在進行形で問題となっているチヒロのことが気になってきて、いつそれを切り出そうかと考え、ついつい喋りがおろそかになってしまい、スプーンも何度も落とした。そのユースケの挙動不審な様子にきょとんと首を傾げたかと思うと、ユースケの沈黙を帰省からの戻ってくる旅での疲れと判断したのか、フローラから色々と話題を振ってくるようになった。
「最近、新人さんって言うの? 新しく働きたいって人が来たんだよね」
「へえ、仲良く出来そう? いじめられたり失礼なこと言われたりしたら俺がぶん殴ってやるからな」
「ユースケってば、本当に過保護ね。まるで私のお父さんみたい」
 フローラがけらけらと笑う。コップの水がいつの間にか空になっているのに気がつき、ユースケは水を入れに行った。戻ってくると、フローラは最初の不機嫌さはすっかりなくなり、愉しそうに微笑んでいた。
「その人は、俺が帰省してからすぐ来たの?」
「ううん、本当にここ二、三日。だからまだどんな人かも分からない」
 そのフローラの言葉に、何故かユースケの腕の毛が逆立った。昔からたまに、主にユリなどに「変に鋭いところがある」と言われてきたユースケだったが、いまいち自分ではそんなことはないと思っていた。しかし、今回ばかりはユースケも、自身の直感が怖くなった。
「フローラ……その人、名前何て言うんだ?」
「? まだ来たばっかりで源氏名はないけど……確か、チヒロって名前だった気がする」

 冬休みは明けたものの、寒さはまだまだ厳しく、図々しく大学校全体を包むように居座っているせいで布団から抜け出すのすら苦痛だった。それなのに冬休みは無情にも去ってしまい、ユースケは恨めしく思いながらもいつものようにナオキの怒鳴り声で起きる。今日から卒業に必要な授業はあと一つだけになり、あとは余計に授業を取らなければこの学生生活も残すところは研究室活動のみとなっていた。
 昨夜、ほぼほぼ確実にチヒロの行方が知れたユースケは、それまでの緊張の反動で、安心感からすっかり眠くなってしまい、ユキオやリュウトはもちろん、協力してくれていたナオキのことも忘れて先に一人眠ってしまったのだった。そのせいで、寒さと相まってこれから始まる大学校の生活が億劫で仕方がなかったユースケだった。
 眠気と気まずさで身体が動かな過ぎたユースケだったが、目覚ましを止めても全く部屋から出てくる気配のないユースケに何か嫌な予感でも感じたのか、「おい、二度寝してんじゃねーぞ!」とナオキが再び怒鳴ってきた。その剣幕に、借金取りもこんな感じなのだろうかと、ユースケはますます出て行く気が失せていったが、全面的に自分が悪いことには違いがないので、やがて腹を括って出た。
「おい、お前よくも昨日は俺をこき使ってくれたな」
「悪かったって! いやマジで」
 明らかな不機嫌顔のナオキに、何とかユースケが昨日フローラとの話で知れたことを粘り強く、丁寧に話すと、ナオキもようやく納得してくれ怒りを鎮めてくれた。
「お前、本当にあのキツそーな美人さんと付き合ってんだな」
「おい、いつまで疑ってるんだよ。まあ正式に付き合っているって言って良いかは分かんないけど」
 ナオキはつまらなそうに「ふうん」と鼻を鳴らす。協力してくれた人をすっぽかした理由を聞いた最初の感想がそれなのが、何ともナオキらしい。
「ま、俺たちは結局見つけられなかったけど……とりあえず、そういうことなら、あとはお前ら次第だな。頑張れよ」
「お、心配してくれてる?」
「お前に振り回されているであろうユキオ君がこれ以上胃に穴開けないように心配してる」
 食えないナオキに、ユースケはねばっと肩を組んでいく。ナオキは再び不機嫌そうに顔を顰めるが、そのユースケの手を振り払おうとはしなかった。
 朝食を摂って部屋に戻ると、電話の着信を知らせるランプが点いていたので確認すると、ユキオからだった。慌てて電話を返すと、無事につながり、昨日どうしていたのかを訊かれたのでナオキにしたのと同じ説明をすると電話の向こうで「そうなんだ」と安堵のため息が返ってきた。その後しばらく話し合って、夕方に一度会おうということになった。リュウトにも昨日のうちにユキオが今日の夕方に会う約束をしていたのだそうだ。ユースケは最後にもう一度詫びを入れて、電話は切れた。受話器を降ろした手は重く、受話器から離れようとしなかった。
「あ~研究室の先生に何て言おう」
 ナオキとユキオには何とか許してもらえたが、今度は今日から始まる研究室のことで億劫になっていたユースケだった。

 リュウトですらまだ煮え切らない態度でいることから、ましてやチヒロと対面して何とか話に折り合いをつけさせるにはさらに時間がかかると予想していたユースケは、どこかで研究室をサボってでも時間を割く必要があると考えていた。しかし、研究室に所属してまだ一年目の自分が、最初の論文紹介も迫っているこの時期にそんなワガママを言って通じるなどとは流石のユースケも考えておらず、どう説明しようかと胃を痛くさせていた。午前の授業も終わり、昼食を摂り、大学校内を歩いている間もずっと考えていたが上手い説明は出てこず、気づけば研究室長のソウマの目の前に立っていた。
「うん、分かった」
 しかし、目の前にいるソウマは肩透かしするほどあっさりとそのことを了承してくれた。逆にユースケが戸惑ってしまう。
「でも、その代わり、用事が無事に済んだら研究は真面目にやるんだよね?」
「はい、もちろんっすっす!」
「うんうん、それなら良い良い」
 ソウマは嬉しそうに微笑んだ。微笑むと、目元の皺が深くなったが、それが何だか優しげで却ってユースケを安心させた。ふとリュウトの研究室の先生を思い出し、「色々な先生がいるもんだな」という感想を抱いた。
 先生の部屋を後にし、研究室に戻ってくるとレイが黙々とノートに書きこみながらパソコンと睨めっこしている一方で、ユースケの気配に気がついたシンヤがにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながらユースケの方を振り返った。
「おう、どんなことして怒られた?」
「初っ端にそれ聞くって失礼じゃないっすか?」
「慰めてやろうという先輩の優しい心意気だよ」
 シンヤはまたがははと笑う。裏表のないその笑みは、研究室に復帰してきたときの表情からはとても想像できないほど明るかった。今までは主に毎日来ているレイが静かにカタカタとキーボードを叩く音だけが響く研究室だったが、シンヤが来てがははと笑うことで陰と陽が上手い具合にかみ合った研究室になっていた。
 ユースケも席に着いて、研究テーマを決めたきっかけになった論文の紹介に向けて、パソコンを起動させる。
「俺、ちょっと研究室休むかもしれないこと言ったんすよ。でも先生、あっさり許してくれたからちょっとほっとしました」
「なんだよそんなことかよ。むしろどんどん休めよ、お前と俺ら以外の奴は誰も毎日なんて来てねえじゃねえか」
「先輩、人と比べても良いことないですよ」
 その発言に、案の定ユースケの頭に拳が襲いかかり、「生意気だぞ」とぐりぐり押し付けられた。その衝撃で手がぶれて、パソコン上で訳の分からない操作がされる。
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