惑星ラスタージアへ……

荒銀のじこ

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第二部 2章 未来を、語る

第20話 生きる勇気

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「私は、別にそこまでこだわってたわけじゃない。ちょっと将来有望そうな人がいれば、多少難がある人でもついていく覚悟はあった。でもあんたは、違った……実家や学校にいた奴らとは違った、私を……私を、一人の人間として、見てくれたんだ……大学校にはそんな風に、普通に接してくれる友達はそれなりに出来たけど、でも、どうしても、リュウトのことが好きになったの。今更他の誰かなんて、探せない。そんな風に見てくれたリュウトだから、私は……」
 チヒロの目尻から、綺麗な雫が落ちるのを、確かに見た。その涙はあまりにも綺麗で、灯りに乏しい橋の上でもなお綺麗に光っていた。
「大学校は、いろんな人たちがいた。私がいたところじゃ想像もつかないような人が、いっぱいいた……ユースケも、ユキオも、皆良い奴だった。そんな凄い人たちの集まるところだからさ、リュウトがユースケの影響受けるのも仕方ないことだって、思おうとしてた」
「……そんな風に、考えてくれてたんだな」
「……でも私は、リュウトに何もあげられない。ユースケみたいな影響も、ユキオみたいな賢さも、私、何もリュウトにあげられないから。私には、眩しすぎたんだ。三人の友情に嫉妬してた」
 チヒロの心からの本音に、リュウトは言葉が出ていなかった。ユースケも、ユキオも、フローラも、ただ二人のことを見守ることしか出来なかった。
「…………なあチヒロ、そういうことなら、そんなことを気にしてるぐらいなら」
「うるさい。私、フローラさんとこれから……ってそっか、フローラさんもユースケたちの知り合いか。じゃあ、私、これで」
 チヒロはもうこれ以上顔を見せたくないと言わんばかりに顔を伏せ、そのまま足早に橋の向こうへと去ろうとした。リュウトが追いかけようとする前に、フローラがリュウトを制して、チヒロの後を追いかけた。ユースケたちは、フローラが向かった先を呆然と眺める。暗闇の向こうで一言二言話す声が聞こえて、しばらく静かになったかと思うと、再び足音が静かに聞こえてきた。そのままその足音は暗闇の向こう側へと、賑やかな街並みへと消えていった。
「……リュウト、帰ろうぜ」
 ユースケはやっとのことでそう言った。苦い味がした。
「……今夜は俺の失恋に付き合ってくれや」
 リュウトは今ので区切りをつけられたのか、爽やかな声音に戻っていた。リュウトが踏ん切りをつけられたなら喜ぶべきであるはずなのに、ユースケの胸には未だにユースケを苦しめた感情が居座っていて、それを邪魔した。

 リュウトが正式(?)にチヒロに振られた晩、珍しくリュウトはアルコール飲料ですっかり酔っぱらった。リュウトの部屋はユースケのとは雲泥の差で綺麗に片付いた部屋だったのだが、リュウトが暴れて棚やら引き出しの物をすべて床にばら撒いた。せっかくの片付いている部屋が台無しである。
「おいユースケ! お前、責任とか感じてんじゃねえだろうな! もしそうだとしたら、ぶっ飛ばすぞ!」
 ユキオを酔い潰したリュウトは、酔っていながらも勘は鋭かった。ユースケが全然酔わないのに対して何か思うところがあったのかもしれなかったが、図星を突かれたユースケはすぐに言い返すことが出来なかった。それを肯定とみなしたらしいリュウトは、さらにアルコール飲料に手を伸ばす。
「もしそうなら、なおのこと宇宙船造るぞ。俺も協力してやるからよ」
「……リュウトは気にしてねえのか?」
「ああ? あったりめえだろ、というか、これで宇宙船造らなきゃアイツに申し訳なさすぎるだろ」
 涙を流しながらそう言われても説得力がないのだが、それでもリュウトの言う通り、これで宇宙船のための研究に身を入れなければ意味がないとはユースケも感じた。
 それでも、翌日からの研究室での活動には身が入らなかった。夜遅くまで残ったときにはいつも賭けトランプで騙し取ってこようとするシンヤもユースケの異変に「これはいらねえから戻せ戻せ」と言ってきた始末である。
「ユースケは他の学生より真面目だし芯があるから焦らなくて大丈夫だ。何かあったら俺にも話せ」
 レイもユースケの変化を感じ取ってか、そんなことを言ってくれ、いつものようにユースケのことを見守ってくれた。その二人の気持ちをありがたく感じながらも、二人に話してもどうしようもないことだとユースケは考えていた。
 そうして二人に心配をかけさせたまま研究室での日が過ぎていくと、先に取り組み始めたユースケよりも先にケイイチが先に論文紹介用の資料を完成させ、ソウマとのディスカッションに臨んでいた。そのことがユースケにはショックで、さらに作業効率が落ちるという負の循環に見事にハマってしまっていた。
「ユースケ、大丈夫?」
 いつものように食堂の食事を嬉しそうにもぐもぐさせているフローラも、毎回のようにユースケの心配をしていた。それでもユースケはこれは自分で解決しなければならない問題のような気がして、フローラにも言えなかった。
 しかし、そんなユースケの思考すらも見透かしたのか、フローラはユースケの手をそっと握ってきた。
「ねえユースケ、話して、お願い」
 切実なフローラの声に、ユースケは驚いて顔を上げる。フローラは傷ついたような顔で、悲しそうに瞳を潤ませながら、ユースケのことをじっと見つめていた。そんなフローラに、ユースケも観念した。
「……なあ、宇宙船造ることって、本当に皆の希望になるのかな」
「どういうこと?」
 フローラは素直に首を傾げて不思議がった。そんな仕草すら可愛らしく見えるのが、ユースケにとって唯一の慰めだった。
「俺が将来宇宙船を造るってことになれば、皆どうとでも生きられるようになると思ってた。宇宙船が出来て、惑星ラスタージアに行くことさえできれば、きっと皆は将来を暗く思わずに生きられるようになるって思ってたんだ」
 フローラは相槌も打たず、真剣な表情でユースケの話に耳を傾けてくれた。瞬きの回数が、少し多くなっていた。
「でも、フローラや、チヒロみたいに、今を生きるのすら大変な奴には、そんな先に希望を作ったってどうにも助けてやれねえんじゃねえかって思っちった。俺がその研究を進めたところで、惑星ラスタージアに行くまでは、フローラは金に困ってるし、チヒロの悩みも解決できねえじゃねえか」
 ユースケはそこまで話して、自然とため息が漏れた。一気に吐き出したことで多少スッキリできたユースケは、マイペースに照り焼き定食を食べようとした。しかし、フローラの掴む力が思ったよりも強くて手を振りほどけなかった。フローラはじっとユースケのことを見つめたままその手を離そうとはしなかった。
「ユースケ、本気で言ってるの?」
「え、な、なんだ。何に怒ってるんだ?」
「ユースケがそれを本気で言っていることに、怒ってる」
 表情は変わらないが、確かに雰囲気は怒ったそれになっていた。フローラの怒るところなど、それこそこうして食事を一緒にする前のユースケがストーカー(?)していたとき以来のことだった。
「ユースケ。私、今を生きるのが苦しいなんて思ってない。それはユースケの間違い。何故なら、私はユースケに勇気づけられているから」
 フローラはそっと、もう片方の手で握っているユースケの手を包んだ。それでもユースケの手はフローラの手と比べて大きすぎたので覆い切れなかったが、それでもさっきまでよりもずっと温かくなった。
「きっと私だけじゃない。リュウトさんやユキオさんも、貴方の地元のお友達も、皆貴方に勇気づけられてるはず。私は、貴方に出会えてからの日々が一番幸せ。それは、生きる勇気をもらって、明日も生きたいと貴方に思わせてもらっているから。ユースケがユースケでいるだけで、ユースケが将来宇宙船を造ってくれるんだって思えるだけで、私たちは勇気づけられているの。だから、今を生きる人に寄り添えていないとか……次にそんなこと言ったら、本気で怒るから」
「フローラ……」
「……チヒロさんは確かに、ユースケがそうしても、私はどうしてもそんなに強く生きられないって、言ってた。でも、それだけで貴方が自分を無力だなんて思う必要はない。ユースケは、ユースケにしか出来ない方法で今を苦しんでいる人を照らすことが出来る人だとも、チヒロさんは言ってた。だから、お願いユースケ、自分のことをそんな風に言わないで」
 じぃんと目の奥が熱くなって、気を許せば瞳から何かが零れそうになった。それでもユースケは、目の前でぽろぽろと涙を零すフローラを前に、自分が涙を零すわけにはいかなかった。
 ユースケはフローラの手を優しく振りほどき、そっと食事のお盆をどかしてテーブルに身を乗り出す。間近に迫った、涙に濡れたフローラの頭をそっと抱きしめた。いつも見ていた愛しい人の頭はこんなにも小さいものなのだと、腕の中に感じる感触から初めて気がついた。まだまだフローラのことで知らないことがあったのが、ユースケには意外だった。
「ありがとうフローラ。本当にありがとう。フローラに出会えて、俺も良かった」
 ユースケとしては、もっと気の利いた言葉を言いたかったが、どうしてもそんな陳腐な表現しか出てこなかった。大学校の入学のために、そして大学校の一年生のときにあれほど勉強したというのに、語彙力の欠片も身についていなかった。しかし、腕の中に埋もれるフローラは、こくこくと頷き、そのままユースケに身を預けたままだった。
 フローラに出会えて良かった。その言葉を、心の中で何度も繰り返しながら、優しすぎるフローラが泣き止むまでその頭を抱きしめ続けていた。
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