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番外編<SIDE勇>
14:お兄さんでは、ダメかも【真翔SIDE】
しおりを挟む俺の母が、余計なことをしてくれた。
俺が毎晩のように散歩を装って、
悠子ちゃんのバイト先に行ってることに
気が付いてしまったのだ。
別に悠子ちゃんを家まで送るだけだから、
ちょっと公園でおしゃべりすることもあるけど
1時間以内には家に帰っている。
気づかれてないと思ったのに、
しっかりバレていた。
それだけならよかったのに、
母は悠子ちゃんに
俺をどう思ってるのかを聞いたらしい。
返事はわかっていたけど、
【お兄ちゃん】だそうだ。
わかってた。
わかってたけど、少しへこんだ。
「私はねー、お母さんだって。
もう、お母さんって呼んでね、って言ったら、
顔を真っ赤にして、お母さん、って
言ってくれたのよー」
なんて嬉しそうに言う母に
殺意を覚えてしまった。
別に俺は「真翔お兄ちゃん」なんて
呼ばれたいわけではないから、
別に羨ましくなんかないが。
……ちょっと、呼ばれてみたいとか、
そんな悠子ちゃんは絶対に可愛いとかは思うけれど。
そんな母とのやり取りがあって、
俺は、悠子ちゃんの店に行くのを
ためらった。
気にすることは無いのだが、
恋人にはなれないんだと
改めて思い知らされて、
悠子ちゃんの顔を見るのが辛かったのだ。
告白したとき…家族愛だと
悠子ちゃんは勘違いしていた。
それでいい、なんて思わなければよかった。
今は恋愛できないから、なんて
自分をごまかしたが、
恋愛できないとか、そんなことは
全く関係なかった。
告白しようが、兄だろうが、
家族だろうが。
形はどうあれ、俺が悠子ちゃんを
気にしていて、やっぱり好きで、
心配なことには変わりないのだから。
それでも、俺は、
悠子ちゃんが好きだから
勉強できなかったとか、
試験に落ちたとか。
そんな言い訳は
したくなかったから、できるだけ
生活リズムは崩さないようにした。
勉強する時間が減らないように。
一日のスケジュールを立てて、
悠子ちゃんの店に迎えに行くときは
勉強の合間の休憩時間に行っていたし、
休日に誘うような真似もしなかった。
だから…悠子ちゃんに
会う時間が少なくて。
会えない時間には
次に悠子ちゃんと会った時には
どうしようかとか、
そんな妄想や夢が膨らんで。
俺はどんどん、
悠子ちゃんのことが
好きになっていった。
悠子ちゃんに好きになって欲しくて
俺は勉強をさらに頑張ったし。
会えない時間の妄想を
実際に悠子ちゃんと会って、
短い時間だけど一緒に夜道を歩いて
公園でペットボトルの紅茶を飲んで。
それだけで、想いを消化して
また、頑張ろうって、気持ちになった。
そんなルーティンが、
母の余計な行動で崩れてしまった。
会いたい…けど。
会う勇気が無い。
ウジウジしてしまって、
でもこんなのは、俺らしくないとか
そんな風にも思えてきて。
その日、俺が勇気を出して
家を出たのは、かなり遅い時間だった。
もう閉店時間だろうな、と
思ったけれど。
もしかしたら、追いかけたら
公園あたりで悠子ちゃんと会えるかもしれない。
そんな気持ちもあって、
俺は悠子ちゃんのバイト先に走った。
そしたら…
店の前で、悠子ちゃんは
あの店長と抱き合っていた。
脳みそが沸騰するかと思った。
俺は何も考えられず、
走って悠子ちゃんの腕をつかみ、
俺の胸に引き寄せた。
悠子ちゃんは酔ってるみたいで。
やっぱりこの男は信用できないと
怒りに燃えた時、
店の中から、あの女性が出てきて
一緒に飲んでて、悠子ちゃんが
酔っぱらってしまったこと。
一人で酔ったまま帰ろとして
慌てて、店長が追いかけたこととかを説明してくれた。
店長は、店の前で悠子ちゃんが
倒れそうになっていたところを
助けていたらしい。
良かった。
店長の説明だけだと、
信憑性を疑ったが、あの女性が
一緒にいたのなら、間違いないだろう。
俺は礼を言って、
悠子ちゃんを連れて家に向かう。
悠子ちゃんは物凄く酔っていて、
俺の言葉も全く理解してないみたいだった。
このまま一人で家に帰らせるのも心配で
俺はいつも寄る公園のベンチに
悠子ちゃんを座らせた。
自動販売機で水を買って、
悠子ちゃんに飲ませたけれど…
「大丈夫?」って聞いても
返事が無い。
「悠子ちゃん?」
って名前を読んだら、悠子ちゃんは
俺にもたれかかってきた。
ヤバイ。
絶対に泥酔しているパターンだ。
とっさに抱き留めたけど、
どうしようかと悩んでいると、
角からあの店長が歩いてくるのが見えた。
なんだ?
わざわざ追いかけて来たのか?
不信に思って、悠子ちゃんを置いて
店長の前まで行くと、店長は
ほっとしたように、俺に紙袋を渡してきた。
悠子ちゃんは着替えどころか、
カバンまで店に置いて帰っていたらしい。
……やっぱり、泥酔レベルだ。
店長は俺に、いきなり
悠子ちゃんのことは遊びなのか?
なんて聞いてきた。
失礼だと思ったが、
悠子ちゃんを心配していることは
わかったので、そんなことはない、って
それだけは強く主張しておいた。
すると、なぜ、悠子ちゃんに
連絡先を教えないんだとか、
本気なら、もっと態度に示せとか。
都合よく、会いたいときにだけ
悠子ちゃんに会いに来て、
悠子ちゃんを都合のいい女扱いするなら
許さないぞ、みたいなことを言われた。
確かに…俺は俺の都合だけで
悠子ちゃんに会い来ていて。
それは否定できないけれど、
俺は本気で悠子ちゃんのことが好きだし、
それをあんたに言われる筋合いはない、って
言ってやった。
そしたら、店長はにぱっと笑って、
そりゃ、良かった、と言った。
物凄く余裕がある顔で、
癪だったが、大人の男だと思った。
そして、ベンチに座っている
悠子ちゃんを見て、親指を立てる。
悠子ちゃんも同じ仕草をして、
……なんだか分かり合っている二人に
嫉妬してしまった。
その後、足元がおぼつかない
悠子ちゃんを連れて、俺は
悠子ちゃんの家に向かった。
今まで俺は、悠子ちゃんの家まで
彼女を送ったことはなかった。
悠子ちゃんは家の場所を
俺に知られたくないみたいだったし、
男が怖いとか言っていたから、
俺にもそんな気持ちがあったのかもしれない。
だから俺は無理に悠子ちゃんの家まで
送ろうとはしなかった。
だから…
初めて悠子ちゃんの家に来て、
正直、驚いた。
一人暮らしの女性には、
あまりにも古いアパートで、
部屋の中は、簡素だった。
年頃の女性とは思えない、
シンプルで…無駄なものが一切ない部屋だった。
彼女は…こうして、一人で
独りぼっちで、頑張っていたのだろうか。
初めて会った時、
ケーキを食べて、死んでもいい、なんて
言っていたけれど。
どんな重たい感想だよ!って
心の中でツッコんでしまったけど。
あれはきっと。
いや、やっぱり、彼女の本心だったんだ。
彼女は、あんなありふれたケーキさえ
口にすることなく、ずっと、
頑張って生きて来たんだ。
俺は自分が恥ずかしくなる。
俺は確かに片親しかいないけど、
お金には恵まれていたし、
学校にだって行かせてもらっている。
バイトもせず、勉強だけして、
将来の夢に向かって生きている。
それが、どんなに贅沢なことか。
俺は思い知らされた。
俺は悠子ちゃんをこたつに座らせた。
ジャケットを脱いで、
部屋を暖めたくて暖房器具を探したら、
古いエアコンのリモコンが
こたつの上に置いてあるのを見つけた。
でも、あまりエアコンは
使ってないみたいで、
電源を入れたら、ガタガタと音がした。
それでも、温かい風がエアコンから
でてきたので安心する。
こたつの電源も入れて、
悠子ちゃんを見たが、彼女は
こたつに座ったまま、ボーっとしていた。
水を探して冷蔵庫を開けると
簡易の浄水器みたいなのがあった。
その水をグラスに入れたけど、
冷蔵庫の中も、本当に簡素で。
保存用の入れ物に、
お惣菜とか、そんなのがいくつか
入っていたけれど。
無駄なものは一切ないような、
そんな冷蔵庫だった。
うちの冷蔵庫は、母がなんでも入れるので
ソースやマスタード、いつ開けたかわからない
バターとか、賞味期限の切れた卵とか。
何でもごちゃ、っと入っている。
でも、この冷蔵庫には
卵もなく、調味料もない。
きっと必要なもの以外は、買わないんだ。
簡素な部屋。
簡素な冷蔵庫。
必要なもの以外は、何もない部屋。
なら、俺は…?
俺は、彼女にとって必要なんだろうか。
俺が彼女にとって必要なら、
この部屋にいても…いいんだよな?
ふと、簡素な部屋に
写真立てが存在感を持って飾られていた。
写真が2枚入っていて、1枚はたぶん
施設の子どもたちとの写真だろう。
あと1枚は…見知らぬ男性…
たぶん、年下だろう。
でも、悠子ちゃんが見たこともない
幸せそうな顔で写真に写っていた。
この男は、誰だ?
急に独占欲が生まれて、
悠子ちゃんに写真立てを見せる。
すると、彼の写真を見た途端、
悠子ちゃんは悲しそうな顔をした。
「僕が生きていく理由を作ってくれた…人…」
そして、そんな言葉を言う。
大切な人だというのは、
その表情から、すぐにわかった。
「もう…二度と会えないかもしれないのに。
僕は何も言えなくて。
ありがとうって、もっと言いたかったのに。
ほんとは、ほんとは…
僕のために…僕を守るために…
行ってしまったのに。
なんで…僕は…」
ぽろぽろ泣く悠子ちゃんは
寂しそうで、辛そうで。
この男性は…死んだんだろうか。
何があったか、聞きたい。
今度は俺が守るから、って。
俺が守ってやるから、またこの
写真みたいに笑って欲しいって。
そう言いたくて。
でも。
「こんな…弱い、甘えた僕は
……大っ嫌いだ」
って言われて。
俺はたまらず、
悠子ちゃんの肩を掴み
彼女に口付けた。
それ以上、彼女の言葉を聞きたくなかった。
「俺は…好きだよ」
もう一度、彼女に告げる。
「俺は…悠子ちゃんの過去を知らないし、
悠子ちゃんの傷を癒すことは
できないかもしれない。
もう会えないという…この子の
代わりには、俺はなれない。
でも。
俺は、君が好きだ。
君が自分のことを嫌いだとしても、
俺は…好きだ」
「好…き?」
悠子ちゃんは驚いたように
俺を見た。
俺の言葉を信じていないのかもしれない。
でも、何度でも、俺は言う。
好きだって。
愛してるって。
俺は彼女に笑顔になって欲しいんだ。
俺は悠子ちゃんの隣に座った。
一人用のこたつだから、
狭くて、彼女と体が引っ付いてしまう。
狭かったから、
彼女の肩を抱き寄せた。
「俺の気持ちは…迷惑?」
もし、拒絶されたら、
諦め…られないけど、頑張って
諦めようとは思う。
悠子ちゃんは何も言わない。
だから、さっきの店長との
会話のことを話した。
そして。
「俺は…ほんとは、
連絡先だって聞きたかったんだ。
でも、君に嫌だって
目の前で言われるのが怖くて、
聞けなかった。
母がいるから、連絡先なんか
教えてもらわなくてもいいって思ってた。
でも、そうじゃなくて…
ほんとは、君の連絡先を知りたくて。
いつだって、声が聞きたくて、
会いたくて、でも迷惑って言われたくなくて」
俺の気持ちをわかってほしくて。
俺は必死になってしまった、
都合よく悠子ちゃんを扱っていたわけじゃない。
ただ、俺が臆病で…
誰かを好きになるなんて初めてで、
俺は、君に嫌われたくないんだ。
「悠子ちゃんの…連絡先、
俺に教えて?」
って、物凄い勇気を出して伝えた。
緊張して、肩を抱き寄せていた指が
震えてしまった。
なのに。
悠子ちゃんからの返事は
全く違ったものだった。
「ユウって、呼んで…?」
「ユウ?」
悠子だから、ゆう?
「そう…僕の…名前…」
「ユウ?」
呼んでみると、悠子ちゃんは
物凄く嬉しそうな顔をした。
うっとりするような…
甘えるような、顔。
俺は名前を呼ぶぐらいで
悠子ちゃんが喜ぶならと、
何度も名前を呼んであげた。
悠子ちゃんは嬉しそうな顔をして、
でも、すぐに悲しそうになって
俺にしがみついてきた。
「うーっ」と声をだして
泣くのを我慢してるみたいだから、
泣いていいよ、って抱きしめた。
俺の前だけは、我慢しなくていい。
俺の前だけは、頑張らないで欲しい。
悠子ちゃんは、俺に顔をうずめて
小さな声で…
本当に、小さな声で。
「ダイスキです」
って言った。
……俺は、正直、
頭がまわらなくて。
何を言われたのか、
一瞬、わからなかった。
ダイスキ?
大好き?
俺を……?
ちゃんと聞きたくて、
悠子ちゃんを見たら、
悠子ちゃんは俺の腕の中で
スヤスヤ眠っていた。
なんだ?
この…モヤモヤ感は。
俺はどうしたらいいんだ?
俺は途方に暮れて…
でも、こんな時に頼れるのは
一人しかなくて。
俺は仕方なく携帯電話を手に取った。
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……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
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