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章間<…if>
37:愛こそすべて<クリスSIDE>
しおりを挟む礼拝堂から光が消えた。
女神の愛し子の身体が、
ぐらり、と揺れた。
支えなければ倒れてしまうと思ったが、
その杞憂はすぐに消える。
お使いを頼んでいたカーティスが
愛し子の身体を支えていたからだ。
ふと、隣に人の気配がする。
横を見て私は目を見開いた。
「メ…ル?」
水色の髪をした…少年が
私を見ていた。
私とメルは幼馴染だった。
ずっと一緒に居た。
その私が、メルを間違うはずがない。
少年は幼い頃のメルにそっくりだった。
それ以上に、身にまとう魔力が
メルと全く同じだった。
「クリス?」
メルがそっと私に触れた。
「触れる…ねぇ、僕の声、聞こえる?」
「あ、あぁ、聞こえるとも」
私はメルの手を取り引き寄せた。
力任せに抱きしめたくて。
でも、壊れてしまいそうで、
抱きしめられない。
そんな私に腕を回し、
メルはぎゅっと抱きしめて来た。
「ふふ、触れる。
クリスだ」
嬉しそうな、声。
私は涙がこぼれるのを止めることができない。
「僕、なんか小さくなったみたい。
でも、クリスに触れるし、
話もできる…凄いや」
私はメルを抱きしめ返す。
あたたかい。
こんな奇跡があるなんて。
メルの体温を感じていると
カーティスが私の目の前で
愛し子を抱き上げた。
そうだ。
愛し子に謝罪と礼を…。
私はメルの肩を抱き、
カーティスに声を掛けようとしがが、
カーティスは首を横に振った。
声を出すな、ということか。
愛し子は気を失ったのか、
カーティスの腕の中でぐったりしている。
「何があったかは、あとで聞く。
今はユウを連れて帰りたい」
そう言われ、私は頷いた。
カーティスがここに来たと言うことは
私がしていたことを、
それなりに把握している筈だ。
逃げる気はないし、
処分は受けるつもりだ。
カーティスは愛し子を抱き、
「領主の館で待っててくれ」とだけ
言い残した。
私は檻の中を見た。
穏やかな顔をした被験者が眠っている。
恐らく彼はもう大丈夫なのだろう。
<闇>の気配はない。
私はその夜、
研究員の2人とメルと、この被験者と
教会で朝まで過ごした。
と言っても、私とメルは
一晩中、話をしていた。
メルは私のことが心配で
ずっとそばにいてくれたらしい。
私が無茶をしていたことも、
冒険者になり、死に急いでいたことも
全部知っていた。
何度も私を止めようとしたらしいが、
魂の状態では、私に触れることも
声を届けることもできなかったらしい。
私は何度もメルに叱られた。
私は謝ることしかできなかったが、
再びメルと出会えた喜びと、
若くなったメルが必死で怒る様子が
とても可愛らしくて。
何度も抱きしめ、口付てしまった。
そんな私を、またメルが怒る。
他愛のないことだが、
幸せ過ぎて。
一瞬、死んでもいい、とまで思った。
だが、死ねない。
私がしなければならないことは、
まだ残っている。
朝になり、私とメルは先に街に戻ることにした。
被験者も目を覚ましたが、
闇に囚われていた時の記憶はないらしい。
ただ、私と契約を交わしたことは覚えていた。
少し話をして問題がないと判断できたので、
研究員二人と一緒に数日の間、
教会で過ごしてもらうことにする。
私は街に戻り、彼らの迎えの手配をした後、
すべてを王宮に報告するつもりだった。
幸いと言っていいのか、
私が<闇>の魔素の研究を引き継いでからの
被験者は、檻の中にいたあの男だけだ。
研究員の二人はもともとあの研究所の
研究員だったようだが、
新人だったようで、<闇>の魔素の溜め方、
魔素を溜めた魔石の扱い方。
またその魔石に溜めた<闇>の扱い方など
初歩的なことを何も知らなかったのだ。
研究が一からであったため、
人体実験に至るまでにかなりの時間が
かかってしまった。
またあの被験者も、研究員たちとも
契約書を交わしていたため、
無理やり研究に協力させていたわけではないと
立証できる。
罪を軽くして欲しいわけではないが、
メルの立場をしっかり守ってからでなければ
王宮に出頭することもできない。
だからこそ、私は王宮にいる兄に頼った。
包み隠さずすべてを手紙に書き、
メルの保護を頼んだのだ。
早馬を送ったためか、
すぐに兄から返事が来た。
そして兄は私に領主として
このままこの街を収めること。
元領主を見つけ出すことなどを命じられた。
私の処分は、すべてが終わってからになるそうだ。
もちろん、それに異論はない。
メルに関しても兄が手を回してくれるらしい。
私はメルと一緒に領主の館で過ごすことになった。
メルは若返ったとはいえ、
記憶は残っているし、ずっと私のそばに
いてくれたおかげで、知識もある。
そういった経緯から、
メルは私の領主の仕事を手伝い、
その合間に、街へ行き、
<闇>の魔素が街に蔓延していないかを
調べてくれるようになった。
ありがたいばかりだ。
街に蔓延していたはずの
<闇>の魔素は、ほとんど浄化されていた。
メルと一緒に街へ話を聞きに行くと、
その理由が愛し子にあるとわかった。
街で芸を練習している者が
愛し子に芸を披露し、褒めてもらうと
心が軽くなった、と言う。
もっと褒めて欲しい、もっと見て欲しい。
もっと芸を極めたいと
生きる気力がわいてきたと、
大通りで、また広場で芸を練習している
者たちは口々に言った。
愛し子は、ただ芸を見るだけで
人々の<闇>を浄化していたようだ。
そう言えば檻の中の被験者もそうだったと思い出す。
被験者はカード手品を愛し子に披露し、
正気に戻っていた。
女神の愛し子とは、
凄い存在だったのだ。
その女神の愛し子は、
まだ目が覚めないらしい。
恐らく『力』を使い過ぎたのだろう。
なにせ、魂だけの状態だった
メルを生き返らせたのだから。
女神は、いた。
そして愛し子は本物だった。
私は…どのように贖罪すればいいのだろう。
「メル、座ってくれるか」
私は執務室で、お茶を淹れてくれている
メルに声を掛けた。
メルはお茶をテーブルにセットすると
ソファーに座る。
私もその前に座った。
「どうしたの?」
メルが首を傾げた。
そんな姿も、可愛いと思う。
「私は…君を愛している」
毎日のように言っている言葉を
また言ってしまった。
「うん。ありがとう」
メルは笑う。
この笑顔をまた見れただけで、
私は十分だ。
「今回の件での私の処分はどうなるかわからない。
だがメルのことは兄に頼んであるから
心配はいらないと思う。
おそらく…孤児として届けをして、
我が家か…メルの家族に話をして
どちらかの家に、養子と言う形で
入ることができると思う」
「家族…」
メルの顔が嬉しそうな顔になった。
「私はできるかぎりのことを
メルにしたい。
だが…」
私はメルを見つめた。
今回してしまったことを、
私は償わなければならない。
それは<闇>の魔素に
手を出してしまったこともあるが、
女神を…女神の愛し子を冒涜して
しまった罪も、だ。
メルは私の言いたいことが
わかっていたのだろう。
立ち上がると、
私の隣に座ってくれた。
そっと手が重なる。
「こうして手を繋げる」
メルは、笑う。
「僕はそれだけで、幸せ」
「……そうだ、な」
私は、こんなにも涙もろい人間だっただろうか。
俯いてしまった私の髪を
メルが撫でた。
「ずっと一緒。
今までも、これからもね」
ふふふ、ってメルが笑う。
その言葉の意味の深さを、
私以外の誰が理解できるというのか。
魂になってもなお、
私の傍にいてくれたメル。
私はメルの手をぎゅっと握った。
指先を絡め、ずっとそばにいると
誓いを込めて。
だが、もし死がまた二人を分かつときがくる。
その時のことを、
先に話しておきたいと思うのは
私が弱いからだろうか。
「メル、愛している。
それだけは、本当だ。
私の心はメルだけのものだ」
「なに?
いきなり、どうしたの?」
メルは私の頬に触れた。
「そんなの、ずっと見てたから
知ってるよ」
そうだった、と、
少し気恥ずかしくなる。
「だが……」
「いいよ」
私が何かを言う前に、
メルが私の頬に口づけた。
「メル?」
「だから、いいよ」
私が何も言っていないのに?
不思議そうな顔をしてしまったのだろう。
メルがまた笑う。
「クリスのことは、ぜーんぶわかるの、僕は」
だから、と私の頬をメルはつつく。
「僕も一緒。
僕の魂は愛し子様に救われた。
僕のこの体も、愛し子様に与えて貰った。
だから、僕もクリスと一緒。
僕のすべてはクリスのものだけど、
命だけは、別。
これは愛し子様に
もらったものだから」
ね、と笑うメルを
私は抱きしめた。
違うとは、言えなかった。
私のわがままを、
メルに押し付ける気などなかったし、
私の判断に付き合えなど、
言えるはずもない。
だが、メルは私の考えてなど
すべてお見通しだった。
「いいのか?
この先…私は、
どのような処罰が下されようと、
どのような状況にあろうと、
愛し子のために…人生を、
この命を使うと決めたのだぞ?」
愛し子のために生きる。
それは、
毛嫌いしていた王宮や神殿と。
…メルの命を奪ったやつらと
邂逅する可能性がある。
それどころか、
そいつらに飼い殺されるかもしれない。
いや、ただ飼い殺しにあるつもりはない。
愛し子のためになるなら、
という前提があってのことだが。
「言ったでしょ?
僕の命も愛し子様のものだって。
だから一緒。
クリスと一緒だから怖くないよ」
一度、死んだから
死ぬのなんて怖くないんだよ。
それよりクリスと離れる方が嫌だ。
と、メルは笑う。
すでにメルは実行済みだ。
否定など、できない。
だから私は…
ただ、ありがとう、とメルを抱きしめた。
女神よ。
あなたに心からの感謝を。
そしてあなたの愛し子を
生涯守り抜くと誓う。
だからどうか、
この先メルが悲しむことが無いよう
見守っていて欲しい。
自然に、女神へ
感謝と祈りを捧げていた。
まるで胸のつかえがとれたかのように。
ふーっと、胸の中に
<聖>なる力が蘇ったような気がした。
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―――
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