長編版・不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら

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166:心配

 ガイがバーンズ侯爵家に
来た日は、両親とガイと僕とで
夕食を食べた。

父は母の隣で
上機嫌でワインを飲んでいた。

なんでも王都でおこなった
商談がうまくいったとかで

「エレの孫の代まで
お金の心配はいらないように
父様が采配しておくからな」

と豪快に笑っている。

母様は「飲み過ぎよ」と
父を窘めながら、
ガイに「ごめんなさいね」と
やんわりと言った。

「この人、ガイディス様が
婿に来てくれたのが
嬉しかったみたいで、
はりきって仕事をしてるのよ」

「ありがたいことです」
とガイは言い、
母に「どうぞ、今後は
ガイディスと。

もう家族になりましたし、
俺も、義母上と呼ばせていただきます」

「あらまぁ、嬉しいわ」

「よし、じゃあ、
俺のことも父上と呼んでいいぞ」

「はい、義父上」

ガイがそう言うと、
父は嬉しそうに笑い、
またワインを飲む。

「はぁ、いいなぁ。
エレは結婚しても
俺のそばにいてくれるし、
婿は優秀だし、
愛する妻はそばにいる。

仕事をする意欲も
湧くってもんだ」

うむうむと、父は頷き、
「エレ」と僕を呼んだ。

すでに食事は終えていて、
食器は下げられていて、
残っているのは
お茶のカップだけだった。

「おいで」

父が椅子から立ち上がる。

「もう、父さま。
僕にいつまでも
甘えてたらダメですよ」

父はすぐに僕に甘えたがる。

嫌じゃないから
僕は抱き着きに行ってあげるけど、

他の家族は、あまり
こういうことをしないんだって、
僕はサイラスやライリーの
話を聞いて知ってしまったんだ。

だから父が僕を抱っこして
すりすりしたり、
ぎゅうしたりするのを
ガイはどう思ってるのかな、って
ちょっと不安になる。

だって、侯爵家の当主が
こんなに甘えたがりだなんて
幻滅しないかな?

義理とはいえ父親になるんだし。

そう思いつつ、
僕が父の前まで行くと、
父は僕を抱き上げ
「可愛い、可愛い」と
僕を抱っこしたまま
くるくる回る。

父ってば、
随分、酔ってるみたいだ。

「ほら、あなた。
そんなことをしていたら
酔いがまわってしまいますわ」

母が父を止めると、
父は今度はガイを呼んだ。

「ガイディス君、
交代だ」

「え? はい」

ってガイが戸惑うように
父のそばに来ると、
父は僕をガイに
そっと手渡した。

「俺の可愛い、
大事な息子だ。

大切にしてやってくれ」

「……もちろんです」

真剣なガイの声に、
僕はなんだか、
胸がぎゅっとした。

「さぁ、今日はもう
お休みしましょう」

母が父の背を押す。

「また明日ね」

「はい、母さま。
父さま、おやすみなさい」

僕がガイの腕の中で
頭を下げると、
ガイも同じように頭を下げる。

二人を見送り、
僕はガイの腕から
下ろしてもらった。

「もう、父さまってば
酔っぱらいすぎ」

「嬉しかったんだろうな」

ガイの言葉に僕は首を傾げる。

「愛する子どもが
幸せになるのを見れるのは
嬉しいことだろう?」

確かに、って思った。

特に父は僕を屋敷の外に
出したがらなかったから、
結婚しても、ずっと
バーンズ侯爵家にいることが
決まった今、
物凄く嬉しいんだと思う。

「父さまは、本当に
心配性で過保護だから」

兄もそうだったけれど。

「そんなエレと結婚した俺は
責任重大だな」

おどけるように言うガイに
僕は大丈夫だよ、って笑う。

「父さまも、兄さまも、
もちろん、母さまも。

僕が望むことは
なんでも叶えてくれるもん。

僕がガイと一緒に
居たいんだから。

一緒にこうしていてくれるだけで、
僕は幸せだもの。

だから大丈夫」

大きな手を握ると、
ガイの顔が赤くなる。

僕よりも年上なのに、
いつもは冷静な顔のガイが
僕のことになると
こうやって感情を出してくれるのも、
僕は好きだった。

「ぼっちゃま、
湯の準備が整っております」

アンナが声を掛けて来てくれた。

「うん、ありがとう。
じゃあ、ガイ、またね」

「あぁ」

ガイが頷くのを見て、
僕はアンナと一緒に
自分の部屋に戻る。

そうだ。
初夜の話をちゃんと
していなかった。

僕はいつでもいい、って
言ったけれど、
具体的な日付を
決めておけばよかった。

それを思い出したのは
猫足のバスタブに浸かった後だった。

アンナに髪の毛を洗ってもらって、
ゆっくりとお湯の中に
体を沈めていて思い出したのだ。

食堂には、アスクの姿は
無かったけれど、
イリアスとプトレは控えていた。

ブレイトン公爵家から来た3人には
使用人用の棟に部屋を与えられている。

イリアスとプトレは侍従として
食事の場にいたんだろうけど、
ガイはお風呂とか大丈夫かな、って
心配になってきた。

お風呂から上がり、
僕はアンナに手伝ってもらって
寝間着を着た。

「ぼっちゃま。
今日はお疲れになったでしょう。
どうぞお休みくださいませ」

アンナが部屋の明かりを
少し落として言う。

僕は冷たい水を飲み干して、
「うん、ありがとう」と
グラスをアンナに渡した。

アンナは僕がベットに
入るのを見届けて
部屋から出て行ったけれど。

僕はガイのことで頭がいっぱいだった。

女神のステンドグラスが
淡く光ったけれど、
それすらも気にならない。

だって今日からガイは
知らない家で生活を
始めるんだよ?

僕がいなかったら、
何もわからないんじゃないかな。

お風呂に入れないとか、
湯上りにお水が飲めないとか。

普通なら侍女や侍従が
そばにいて世話をしてくれるけど、
その侍従だって、
今日、この屋敷に来たばかりだ。

勝手がわからず、
困ってるかもしれない。

そう思うと、
僕は居ても立っても居られずに
ベットから起き上がった。

室内用のスリッパを履いて、
僕はそっと部屋の扉を開ける。

廊下はもう薄暗くて、
ちょっぴり怖い。

しかもガイの部屋は
廊下の一番奥だ。

僕が普段、行かない場所。

アンナを呼ぼうかな。

でもアンナも僕の世話が終わって
休んでいるかもしれないし、
やっぱり僕が勇気を出して
頑張るしかない。

僕が廊下に出た。

めちゃくちゃ怖い。

でもガイが困ってるかもしれないし。

僕は一生懸命、
足を動かして廊下の奥に向かう。

貴族の屋敷では、
最上階は屋敷の主人や家族が
生活する部屋しかない。

そしてその主人たちの
部屋に行く階段を
上ることができる
侍従や侍女も、
限られた者だけだ。

つまり、アンナが下がった今、
この階には、
僕とガイしかいない。

両親は離れの棟に
戻ってしまったし、

呼び鈴を呼べば、
下の階から誰かが
来てくれると思うけれど、
こんな夜に僕が部屋を
抜け出したことがバレたら
それこそ、父や兄に
叱られてしまう。

話し声どころか、
物音もしない廊下を
僕は頑張って歩いた。

そしてようやく
一番奥の部屋に来たとき、
僕はもう、安堵して
涙目になっていた。

コンコン、って
ノックをしてみたけれど
返事がない。

もしかして、
ガイはもう寝ちゃったのかも?

それならそれで良いけれど、
一人で自分の部屋に
戻れる自信がない。

もうガイと一緒に
寝るしかない。

僕は部屋の扉を開けた。

「ガイ?」

そっと部屋に入ると、
そこには上半身裸で、
腰にタオルを巻いた姿のガイが、
濡れた髪をごしごしと
拭いているのが見えた。

「なんだ、良かった」

お風呂、入れたんだ。

「エレ? 
どうしたんだ?」

ガイが目を見開いて僕を見る。

「良かったー」

僕の目の端から涙が落ちた。

「え? どうした?
何かあったのか?」

ガイが早足で僕のそばにきて
抱っこしてくれる。

「怖かったの」

僕はガイにしがみついた。

「廊下、真っ暗だったー」

ガイの首に回した腕に
力をこめると、
ガイは僕を抱き上げたまま
背中をぽんぽんと叩いてくれる。

「怖い思いをしてまで
俺に会いに来てくれたのか?」

「うん。ガイが困ってると思って」

「俺が?」

「うん。
お風呂入れてるかなって」

「あぁ、今日が
引っ越し初日だからか。
心配してくれたんだな」

ガイは僕の耳もとで
ありがとう、と言う。

「うん」

物凄く怖かったけれど、
僕はそれだけで
心があたたかくなった気がした。

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