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終章
192:初夜の準備?
しおりを挟むヴィンセントの様子はどこか変だった。
いつも馬車に乗ったら俺の隣に
座ってくるか俺を膝に乗せるのに。
そんな気配もなく
ヴィンセントは俺の前に座って
何か言葉を言うが全部空回りしている。
どうしたんだろうか。
やはり仕事が気になるとか?
「ヴィンス、大丈夫?
やっぱり仕事に戻る?」
俺なら大丈夫だ。
1人で義母の餌食になり、
ファッションショーだってやってやるぜ。
「いや、すまない。
大丈夫だ」
ヴィンセントはそう言い、
隣に座っていいか?と聞く。
うん、と答えると
ヴィンセントは俺の隣に
来たかと思うと、
俺を抱き上げ膝に座らせた。
それから俺を背中から
ぎゅっと抱きしめる。
大丈夫だろうか。
らしくもない様子に
俺は何を言えばいいかわからない。
「……すまない。
緊張してるんだ」
緊張!?
自分ん家の別荘に行くのに?
やっぱり義母が何かやらかしてるんだな。
俺は覚悟を決める。
「大丈夫だよ、
いざとなったら僕が全部
受け止めてあげるから」
俺は腹にまわされた
ヴィンセントの手に自分の手を重ねた。
「どんな無茶ぶりだって
僕は笑ってこなす自信はあるから」
そうだ。
前世ではそれなりに
社畜とも言えるサラリーマンだった。
理不尽な要望にだって
応えた経験がある。
もともと前世の俺の方が
ヴィンセントよりも年上だったんだぞ。
どーんと任せとけ!
と俺はヴィンセントを
斜め下から見上げたのだが。
ヴィンセントは曖昧に笑って
俺の頭を撫でた。
その撫で方に違和感しかない。
幼いころからの兄弟みたいな
距離感の撫で方でもなく、
甘い空気をまとうような
伴侶としての撫で方でもない。
何といえばいいのか、
ヴィンセントから伝わってくるのは
ただ、戸惑い? 迷い?
そんな感情だった。
何を迷ってるんだ?
もしかしてこのまま
別荘に行くかどうかを悩んでる?
そんなに迷うぐらい
義母は無茶ぶりしてんのか?
デザイナーとお針子が
山ほど押しかけてるとか?
一応、俺はこの長期休暇中、
気に入ったらいつまでも
滞在してもいいと言われているが、
裏を返せば、結婚式で決めることが
決まるまでは滞在しろよ、と
言われているのだと俺は思っている。
そしてヴィンセントは
仕事が休めるのが1週間だというので
8日目からは俺一人で
衣装だの、招待状だの、演出だの
料理だのを決めねばならないのだ。
……たぶん。
義母の要望をすべて叶うように
俺が義母のリクエストをまとめて
書類にしないとダメなんだろうな。
俺の勝手な想像だが、
そんな未来をすでに俺は覚悟している。
ただ俺はそういうのも
前世では仕事でやって来たし、
嫌いではない。
だから俺が得意なことは
俺に頼ってくれればいいと思うんだ。
「あのね、ヴィンス。
きっと僕は得意だと思うんだ」
「……得意?」
「うん。
やって欲しいって言うことを
全部紙に書き出したり、
それをどうやってするかを
順番にまとめたり。
僕は何を言われても
それをこなす自信があるから
安心して!」
「……俺がどんな要望を言っても?」
ヴィンセントが呟くように言う。
「え? ヴィンスまで
要望があるの!?」
俺は驚いた。
「え、それは……頑張るけど。
でも、義母様とヴィンスの要望だったら
優先順位としては僕は義母様を優先するけど
それでもいい?
も、もちろん、気持ち的には
ヴィンスを優先したいんだよ。
その気持ちはちゃんとある」
でも意見を言うのが二人になると
全て叶えるのは難しくなる。
優先順位は大事だ。
俺としてはもちろん、
ヴィンセントを優先したいが
やはりここは義理を立てるべきだろう。
俺、ヴィンセントも結婚式には
そんなに興味ないと思ってたんだけどな。
違ったのか。
「イクス?
なんでここで母の話になる?」
「なんでって、義母様が
別荘で待ち構えてるんじゃないの?」
「……待ち構える?」
「そう。結婚式のことを決めるんだよね?
僕を別荘に閉じ込めて……じゃない、
軟禁してファッションショー……
でもなかった。
えっと」
言葉を選びたいのだが
うまく言えずに焦る。
「そ……うか。
イクスはそう聞かされてたのか」
聞かされてたと言うか
俺が勝手にそう思ってたのだが。
「違うの?
僕の母さまは、自分が結婚式で着る衣装を
物凄く考えていて、連日、デザイナーが
屋敷に着てるんだよ。
お針子さんたちと一緒に
僕を隣に置いて、僕に意見を聞いて来るんだ」
正直、女性のドレスなど
よくわからないし、レースがどうとか、
飾りボタンの位置がどうとか言われても
何が違うのか理解できない。
物凄く迷惑だけど、
嫌がることができない理由があるのだ。
「僕の結婚式の衣装は
義母様がメインで考えるって
悔しそうに母様が言っていて……
そしたら私のドレスは
イクスに考えさせればいいのね、って」
よくわからない理論を母は言う。
「だから僕は今度は義母様が
結婚式の準備をするから
別荘に招待してくれたのかと思って」
ヴィンセントは、そうか。と
俺の背中で安心したように声を出す。
安心?
何故?
「ヴィンス?」
「……大丈夫だ。
別荘には、母はいない」
「そうなの?」
「あぁ、純粋に温泉を楽しめばいい」
なーんだ。そうなのか。
え?
それじゃあ、めちゃくちゃ楽しみなんですけど。
「ヴィンス、ヴィンス」
俺はぺしぺしとお腹に回された手を叩く。
「うん?」
「じゃあ、向こうではのんびりできるんだよね?」
「あぁ」
「そしたら、月見酒……じゃない、
月見水? 温泉水? 」
なんて言えばいいんだ?
「とにかく!
温泉に浸かって、水飲みたい」
俺の言葉にヴィンセントは首を傾げる。
言葉の意味は伝わっているが、
その良さがわからないのだろう。
ふふん、いいだろう。
俺が温泉の良さを教えてやるぜ。
「ヴィンスはさ、
僕のあとをついてきたらいいよ。
僕がちゃーんと、温泉の素晴らしさを教えてあげるから」
俺はヴィンセントの膝から下り、
馬車の中だと言うのに
胸を張って自慢げに言ってしまった。
馬車の床に膝立ち状態だったけど
俺がヴィンセントに何かを教えるなんて
めったにない機会だ。
ここは自慢させてもらおう。
と、思ったのに。
ガタン、と馬車が揺れて
俺は目の前に会ったヴィンセントの
膝に顔から突っ込むことになった。
せっかく格好良く言い放ったのに。
俺はつい唇を尖らせてしまった。
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