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終章
196:昼寝と告白
しおりを挟むお茶を飲んで、
ソファーでまったりしていると
急に疲れが出て来た。
温泉に入って何をしようかと
ケーキを食べながら
考えているうちに、
俺は前世のことを思い出してしまった。
温泉でやりたいこと、というのは
前世でずっと考えていたことだからだ。
記憶を思い出したことと、
長時間馬車で移動したことで
疲れがでてきてしまったようだ。
たったこれだけのことで、と思う。
俺の虚弱体質は改善してきて
身体は随分と健康になったが、
俺の魔力量が多いことは事実だし、
身体がそれに追いついていないことも
確かだった。
それゆえ、俺は今だに疲れやすい体質をしている。
いくら温泉に入りたいと言っても
他人の領地で体調を崩すなんてことは
さすがに避けたい。
それに湯の中で寝てしまうと
危険なことぐらいは理解している。
もちろんハーディマン侯爵家の
別荘で寝込むのもダメだ。
となると、今から俺が
することは一つしかない。
俺はソファーに座ったまま
窓をちらりと見た。
出発したのが朝だったので、
時間はまだ昼ぐらいだったし
ケーキを食べたので
昼ご飯はまだ必要ない。
ということは……
昼寝だ。
今から俺は昼寝タイムになる。
と、決まったところで
俺は隣に座っている
ヴィンセントの膝に転がった。
膝に頭を乗せて
ん-っと伸びをする。
「どうした?
猫みたいだな」
とヴィンセントが笑うので
俺は素直に眠くなった、という。
「ヴィンス、膝まくらして」
俺が言うと、ヴィンセントは
了承の言葉の代わりに
俺の髪を撫でる。
幼い頃から俺はいつも
こうやってヴィンセントに甘えていた。
今も、咄嗟に
『ヴィー兄様、膝枕して~』と
言いそうになったぐらいだ。
そう考えると俺は
全然、ちっとも成長していない。
でも、違うこともある。
子どもの頃と同じように
髪を撫でるヴィンセントの
指の動きが違う。
空気が甘くなって、
指がゆっくりと俺の髪を
なぞっていく。
くすぐったいような、
でも嬉しくて、心が
甘く震えるような感覚になる。
「休憩をせずに領地まで
来てしまったからな。
疲れたか?」
優しい声がする。
俺は、そんなことない、と
言いたかったが、
やっぱりヴィンセントに
甘えることにした。
疲れた、なんて言ったら
ヴィンセントは心配するから
本当なら言わない方がいい。
でも、言いたい。
俺は仰向けに寝そべったまま、
ヴィンセントヴに両手を伸ばした。
そして首に腕を回す。
「ぎゅう、ってして」
俺が言うと、
ヴィンセントは膝枕の状態だった俺を
抱き上げて膝の上で抱きしめてくれた。
……安心する。
たまに、前世妹が暴走しているのか
魔力量が突然増えたような感覚があったり
そのせいか感情が不安定になることも
たまにあるのだが、ヴィンセントの
そばにいるだけで俺はいつだって
安心して、心が温かくなる。
「どうした?」
「甘えたくなった」
「……そうか」
少し寝るか?
そう言ってヴィンセントは俺を抱き上げ
寝室に向おうとする。
「ヴィンスも一緒に寝る?」
俺が聞くと、ヴィンセントは
一瞬、足を止めた。
そして俺をまじまじと見下ろす。
「昼寝は嫌?」
「……い、や。
そんなことない」
ヴィンセントは作ったような
笑顔で俺に言うと
俺の身体を支えたまま
寝室のドアを開けた。
俺はベットに身体を下ろされたが、
ヴィンセントにしがみついたままだ。
「疲れすぎたか?
急に甘えたになったな」
「うん、そうかも。
初めての場所だし、
ヴィンスと一緒にいたい」
俺がそう言うと、ヴィンセントは
しょうがないな、と
俺と一緒にシーツに潜ってくれた。
俺はヴィンセントにしがみつく。
疲れた、というのもある。
温泉は楽しみだし、
早く入りたいって思ってる。
でも。
俺は思い出してしまったのだ。
前世で「いつか家族で温泉に行こう」と
早くに亡くなった母と、妹と一緒に
旅行会社のパンフレットを沢山
貰ってきて、小さなこたつの上に
広げてはしゃいでいた時のことを。
温泉に入りたくって
テンションが上がってしまったが、
その理由に、前世で温泉には
行けなかったから、という理由が
あったことに俺は気が付いてしまった。
だからと言って、今更
何をどうすることもできない。
なにせ前世の話だ。
俺の母もどこかに生まれ変わって
いるかもしれないし、
前世妹と温泉などは入れるわけがない。
でも。
あの時のわくわく感を思い出して
少しだけ。
ほんの少しだけ懐かしく、
寂しい気持ちになったのだ。
前世の心残りはすべて解消したのに
ふと、こうやって俺は思い出して
寂しくなったり、苦しくなったりする。
でも、大丈夫。
俺にはヴィンセントがいる。
こうやってそばにいたら
あっと言う間にざわついた心が
穏やかになって、温かくなって
そして……眠たくなるんだ。
俺の背を撫でていたヴィンセントの
大きな手が、優しく俺を抱きしめる。
俺が急に甘える時は、
前世のことを思い出した時だって
ヴィンセントは気が付いていると思う。
だって、いつも俺が甘えたいというと
こうやって抱きしめてくれるから。
そして耳元で必ず言うのだ。
「あいしてる」と。
俺を抱きしめて、
どこにも行かないで欲しいと
訴えるかのように。
「ずっとそばにいる。
俺が守るから」
その言葉に俺がどんなに
救われているのか、
ヴィンセントは知らないだろう。
俺も。
俺だってヴィンセントのことが
好きで。
好きで、好きで。
だから、なかなか進まない関係に
モヤモヤしたりしたんだ。
俺は眠くて動かない指を
必死で動かした。
「イクス?」
俺が眠ったと思っていたのだろう。
いきなりヴィンセントの
頬を強引につかんだせいか
驚いたような声が聞こえた。
それを無視して、
俺はヴィンセントを引寄せる。
……重なった唇の感触は、
少なくともわかった。
すぐに離れてしまったけれど、
ヴィンセントの驚いた顔も見えた。
それから、とけるような、
甘い笑みも見た……気がする。
でも。
そのままヴィンセントに抱きしめられて
あったかい胸に顔をうずめてからのことは
俺は覚えていない。
そのぬくもりで一瞬にして
眠りに落ちてしまったからだ。
だからヴィンセントが俺を抱きしめたまま
何度もキスをしていたとか、
愛を囁きまくっていたとか。
残念ながらこの時の俺は
全く知らなかった。
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