24 / 49
ice
しおりを挟む
神様。
朝日は確かに他人の命を奪う。多くの人にとっては許されない、招かれざる存在なのかもしれない。
だけど、その声で、言葉で、温もりで、心を慰められる人間がいることも、本当だから。少しだけ、大目に見てもらえないかな。
今日も朝日は、誰かの命の灯を消し去る。
でも、その誰かは朝日が選んだわけじゃない。少し乱暴な考え方をすれば、それはその誰かの運命だったのかもしれない。なんて、それはやっぱり乱暴すぎるかな。都合が良すぎるかな。
だけど、私は思う。
朝日の歌声はおそらく、私のもとから去ったあとも、たくさんの人の心を救うんじゃないかって。
それで、朝日のこれまでの罪を帳消しにしてほしいなんて、贅沢は言わない。朝日自身もたぶん、そんなことは望んでいないだろうし。
ただ、もう少しだけ。好きな歌を自由に歌って、ギターを奏でられる時間を延ばしてあげてください。もう少しだけでいいから。神様。
朝日は、私の視線と言葉から逃れるようにして、一旦視線を落とすと、薬莢を一つつまんで、また瞳を上げた。空から伸びてきた赤紫の光が、その中で踊っている。
「……こっちにおいで」
目の動きで、自分の隣を指し示す。
私はレインを抱き上げて丁重に移動してもらうと、のそりと立ち上がった。言われるままに朝日の横に立つ。
顔の角度を少しだけ傾けると、そこにはすぐに朝日の清廉な横顔。至近距離で眺めると、本当にアザもシミもない肌なんだなってことがわかる。でも、年相応に少しだけシワはあった。
朝日は私の視線の下で、指先を軽快に動かし、薬莢の底と先の尖った部分との境をくるりとひねって外した。
出てきたものが、まるでクリスタルみたいにキラキラ輝いていたので、わたしはほぉっと息を吐いてしまった。もっとよく見ようと、膝を少し折って腰をかがめる。その正体に気づいた。
「……氷?」
「そう、正解」
朝日が私の手を取った。あかぎれだらけの手のひらが、子供らしくなくて恥ずかしい。そんなことなどまるで気にしていない様子で、朝日は私の小さな手のひらの上に、クリアな薬莢を乗せた。
それは夕焼けの光を受けて、ルビーみたいに輝く。中心部だけが白く濁っていた。私がそれを指摘すると、朝日は、短時間で急激に冷やすと、逃げ切れなかった空気や不純物まで凍ってしまって、こんなふうにくすんでしまうのだと説明してくれた。
そう言えば、コンビニなんかで売っているロックアイスは完璧な透明度だ。濁りなんてない。あれはきっと特別な装置を使って、ゆっくりと凍らせているのだろう。私の手の中にある氷は、おそらくはリサイクル店で調達してきた、安物の冷凍庫で作られたのだからしかたがない。
「僕が使っているのは、氷の弾丸なんだ」
「氷の弾丸?」
「氷は溶けてしまうから、証拠が残らない。だから、撃ち込んできた正確な方角さえ悟られなければ」
朝日は上半身を傾けると、座ったまま腕を伸ばして、私の頭のてっぺんを覆うように手のひらを乗せた。琥珀色の瞳をゆるやかに細めて微笑む。
「僕は絶対に捕まらない。だから、安心して」
その瞬間に、私の心臓がぎゅうと搾られて息苦しくなったのは、私が不安がっていることを、朝日がちゃんと知っていてくれたからだと思った。私が欲しい言葉を言ってくれたからだと思った。
でも、そうじゃないのだろうか。
頭のてっぺんから、穏やかな熱がじんわりと伝わってくる。レインを抱いた時と同じ温かさが、しゅわしゅわと心を満たした。この温もりを私の中に閉じ込めたまま、この人を独占したい。こんな気持ちは初めて。
でも、そんなことはできっこない。そんなことを考えちゃいけない。朝日は二日後にはここを出て行くんだし、世の中には絶対なんてものはないのだ。
「凛子?」
きゅっと下唇を噛みしめる。どうしてなのか、朝日の顔が直視できない。
それからすぐに解放された口から出てこようとした言葉は、否定的なものだって自分でわかっていた。
ところが、顔を出す寸前に騒音に遮られて、それは喉の奥に引っ込んだ。私に身体から下ろされ、ふて腐れて窓際に寝そべっていたレインが、その音に毛を逆立てる。朝日も視線を外し、二人揃って顔を玄関のほうに向けた。
外が騒がしい……?
氷の弾丸はジリ、と冷たい。不思議と熱くも感じる。しばらく乗せていたせいで、私の体温で溶けて、ゆるゆると透明な液体を滴らせ始めていた。
朝日は確かに他人の命を奪う。多くの人にとっては許されない、招かれざる存在なのかもしれない。
だけど、その声で、言葉で、温もりで、心を慰められる人間がいることも、本当だから。少しだけ、大目に見てもらえないかな。
今日も朝日は、誰かの命の灯を消し去る。
でも、その誰かは朝日が選んだわけじゃない。少し乱暴な考え方をすれば、それはその誰かの運命だったのかもしれない。なんて、それはやっぱり乱暴すぎるかな。都合が良すぎるかな。
だけど、私は思う。
朝日の歌声はおそらく、私のもとから去ったあとも、たくさんの人の心を救うんじゃないかって。
それで、朝日のこれまでの罪を帳消しにしてほしいなんて、贅沢は言わない。朝日自身もたぶん、そんなことは望んでいないだろうし。
ただ、もう少しだけ。好きな歌を自由に歌って、ギターを奏でられる時間を延ばしてあげてください。もう少しだけでいいから。神様。
朝日は、私の視線と言葉から逃れるようにして、一旦視線を落とすと、薬莢を一つつまんで、また瞳を上げた。空から伸びてきた赤紫の光が、その中で踊っている。
「……こっちにおいで」
目の動きで、自分の隣を指し示す。
私はレインを抱き上げて丁重に移動してもらうと、のそりと立ち上がった。言われるままに朝日の横に立つ。
顔の角度を少しだけ傾けると、そこにはすぐに朝日の清廉な横顔。至近距離で眺めると、本当にアザもシミもない肌なんだなってことがわかる。でも、年相応に少しだけシワはあった。
朝日は私の視線の下で、指先を軽快に動かし、薬莢の底と先の尖った部分との境をくるりとひねって外した。
出てきたものが、まるでクリスタルみたいにキラキラ輝いていたので、わたしはほぉっと息を吐いてしまった。もっとよく見ようと、膝を少し折って腰をかがめる。その正体に気づいた。
「……氷?」
「そう、正解」
朝日が私の手を取った。あかぎれだらけの手のひらが、子供らしくなくて恥ずかしい。そんなことなどまるで気にしていない様子で、朝日は私の小さな手のひらの上に、クリアな薬莢を乗せた。
それは夕焼けの光を受けて、ルビーみたいに輝く。中心部だけが白く濁っていた。私がそれを指摘すると、朝日は、短時間で急激に冷やすと、逃げ切れなかった空気や不純物まで凍ってしまって、こんなふうにくすんでしまうのだと説明してくれた。
そう言えば、コンビニなんかで売っているロックアイスは完璧な透明度だ。濁りなんてない。あれはきっと特別な装置を使って、ゆっくりと凍らせているのだろう。私の手の中にある氷は、おそらくはリサイクル店で調達してきた、安物の冷凍庫で作られたのだからしかたがない。
「僕が使っているのは、氷の弾丸なんだ」
「氷の弾丸?」
「氷は溶けてしまうから、証拠が残らない。だから、撃ち込んできた正確な方角さえ悟られなければ」
朝日は上半身を傾けると、座ったまま腕を伸ばして、私の頭のてっぺんを覆うように手のひらを乗せた。琥珀色の瞳をゆるやかに細めて微笑む。
「僕は絶対に捕まらない。だから、安心して」
その瞬間に、私の心臓がぎゅうと搾られて息苦しくなったのは、私が不安がっていることを、朝日がちゃんと知っていてくれたからだと思った。私が欲しい言葉を言ってくれたからだと思った。
でも、そうじゃないのだろうか。
頭のてっぺんから、穏やかな熱がじんわりと伝わってくる。レインを抱いた時と同じ温かさが、しゅわしゅわと心を満たした。この温もりを私の中に閉じ込めたまま、この人を独占したい。こんな気持ちは初めて。
でも、そんなことはできっこない。そんなことを考えちゃいけない。朝日は二日後にはここを出て行くんだし、世の中には絶対なんてものはないのだ。
「凛子?」
きゅっと下唇を噛みしめる。どうしてなのか、朝日の顔が直視できない。
それからすぐに解放された口から出てこようとした言葉は、否定的なものだって自分でわかっていた。
ところが、顔を出す寸前に騒音に遮られて、それは喉の奥に引っ込んだ。私に身体から下ろされ、ふて腐れて窓際に寝そべっていたレインが、その音に毛を逆立てる。朝日も視線を外し、二人揃って顔を玄関のほうに向けた。
外が騒がしい……?
氷の弾丸はジリ、と冷たい。不思議と熱くも感じる。しばらく乗せていたせいで、私の体温で溶けて、ゆるゆると透明な液体を滴らせ始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】
積み上がった伏線の回収目前!!
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる