運命のひとーSADAME NO HITOー

朋藤チルヲ

文字の大きさ
50 / 60
【12】

5

しおりを挟む
「え?」
「どういうことなの? パパ」

 わたしだけに留まらず、姉やママまでもが、不審を顔に隠すこともせずパパを見た。

「その前に、これまでの経緯をかいつまんで説明させてくれ。優愛が退院してまもなく、パパたちは福永くんを捜し始めた。どうして捜そうとしたのかはわかるね?」
「あ……お礼を、するため?」

 娘が目の前で溺れかけて、気が動転していたとはいえ、その場でお礼くらいは伝えたはず。
 でも、たまたま通りがかっただけの見ず知らずの少年が、娘のために危険な濁流の中に飛び込んでくれたのだ。言葉だけではとても気が収まらなかったのだろうとは、想像できる。

「その通りだ」

 パパは頷いた。

「ただ、手がかりは名前だけで、そうなると人捜しは容易なことじゃない。でも、パパたちはラッキーだった。あの地域に詳しい人が、仕事関係者の中にいてね。それでも再会が叶ったのは、一年ほどが過ぎた頃だった」

 とっさに頭の中で、福永さんが話したこととの答え合わせをしていた。
 姉と福永さんは同い年だ。事故が起きた時、福永さんも十七歳。自分の前にわたしの両親が現れたのは、高校卒業を目前に控えた時期だと言っていたはずだから、矛盾はない。

「お礼のつもりで……援助するって言ったの?」
「それは違う」

 答えたのは、ママだった。

「何か力になりたいとは思ったけど、それは彼に会ってから決めたのよ」
「どういうこと?」

 パパが言葉を継ぐ。

「一年ぶりに再会した福永くんはね、ひどくやつれてしまっていたんだ」
「え……?」
「驚いたよ。まるで別人だった。優愛を助けてくれた時の、健康的な少年の面影がまるでなくて、人違いかと思ったほどだ」
「それって……」

 胸が詰まってしまって、最後まで言葉にできなかった。
 福永さんは、前触れもなく大事な家族を失った。その悲しみの大きさにすっかり生きる気力をなくして、ただ呼吸するだけの日々を過ごしていたっておかしくない。

 だけど、パパが口にしたのは、思いもよらない言葉だった。

「あの日からずっと、自分を責めて過ごしている、と彼は言った。好きだった水泳をやめた、アルバイトだけは親の負担を軽くするために続けているが、大学進学も諦めた、と」
「え? どうして……?」

 やつれた理由が、わたしを恨んで、ならまだわかる。でも、自分を責めて、だなんて。福永さんがそこまで自責の念に駆られる理由が見えない。

「妹さんが亡くなったのは、自分のせいだと思っているんだ。だから、好きなことをすべて手放した。罪人つみびとである自分が楽しく過ごすなんて、幸せになるなんてことは許されないと思い込んでいるんだよ」

「そんな……!」

 思わず立ち上がりそうになる。

「福永さんは悪くない。悪いのは……」

 わたしなのに、と言うより先にパパが続けた。

「福永くんの妹さんは病弱で、生まれてすぐの頃から、入退院を繰り返していたそうだ。父親は早くにおらず、母親が一人で働いて医療費も工面していたらしい」

 言いたいことを吐き出せず消化不良のままに、それは聞いているという意味合いで、とりあえず頷く。

「あの日、妹さんは朝から顔色があまり優れなかった。だが、母親はどうしても仕事が休めず、福永くんは大事な大会を控えていた」

 それは初めて聞く話。
 今思えば、あの夜の福永さんは、わたしの質問に答える形で十五年前のことを話した。
 そうしようと言ったのは福永さんで、自分から詳しいことを話そうとはしなかった。それも何か考えがあってのことだったのだろうか。

「福永くんや母親が心配しても、妹さんがいつものこと、気にしすぎと笑うから、そうなのかと納得して出かけてしまったんだという。その頃は病状も落ち着いていたし、留守番させるにしても半日だからと、つい油断してしまったそうなんだ」

 福永さんが見せてくれた写真の中の、はち切れそうな眩しい笑顔が目の前に浮かび上がった。
 きっと優しい女の子だったのだ。
 だけど、もういない。わたしのせいで。そう思ったとたん、切り裂かれるような痛みが全身に走り、うめきそうになる。
 何も言っていないのに、姉がそっと背中をさすってくれた。

「福永くんは普段、携帯電話をこまめにチェックしていたそうなんだ。だが、その日に限ってなぜか手に取らなかった。優愛のことがあってもなくても、間に合わなかっただろうと、福永くんは言っていたよ」
「でも、だからって……」

 その程度ではまだ、責任が福永さんのほうにあるという根拠にはならない。

「悪いのは自分で、自分が悔いたり責めたりは当然だ。だが、自分以外の他人が、自分を責めて苦しむ必要はまったくない。優愛が真実を知る時がきたら、やはりそう伝えてほしいとさえ言っていた」
「そんな……」

 それでは、わたしに言ったことと真逆ではないか。

  パパが言う話は本当なのかもしれない。そうだとしたって、それは福永さん家族にとって悪い偶然が重なっただけのことだ。まっすぐ自宅に帰り着くはずだった福永さんの時間を、わたしが奪ってしまった事実は変わらない。

 わたしの思いを察したのか、パパが弱く首を振りながら言った。

「福永くんだけが悪いなんてことはない。でも、優愛だけが悪いなんてこともない。誰がいちばんとかじゃないんだ。あの事故に関係したみんなが、それぞれちょっとずつ罪を背負っているんだと、パパは思っている」

 沈痛な面持ちのまま続ける。

「ただ、その時、パパはどうにも怖くなったんだ」
「怖く……?」
「このまま別れたら、遅かれ早かれ、彼は生きることをやめてしまうかもしれない。そう思ったら、パパはとっさに経営を学んでみないかと言っていた」
「経営を……?」
「そのへんは、パパの十八番だしね」

 ママが痛みを堪えるような顔で微笑む。

「その時に、パパは自分が会社をやっていることを明かし、規模は小さいが、やりがいはあると話した。少しでも興味を持ってくれたらと願ったんだ。パパがあまりにしつこいんで、やり過ごすためだったのかもしれないが、ぼそっとおもしろそうと言ってくれた」
「それならって、大学の受験費用だとか、試験の際の宿泊費用だとかを持たせてほしいって、申し出たって言うか、ちょっと強引に話を進めたのよ」

 話を継いだママは苦笑いでそう言った。

「つまり、パパたちがした援助というのは、生活をカバーするようなものじゃなかった、というわけだ」

 パパはその時だけは、ほっと力が抜けるような笑みを浮かべた。
 その表情を見て、二人が言い出したことがうまく回り、福永さんは生きる目的みたいなものを、徐々に見出していけたのだろうとわかった。

「でも……就職は? うちの会社に福永さんがいるのは、仕事もパパたちがお世話したからじゃ、ないの……?」

 ずっと疑問だったことを問いかけると、意外なことに、ママもパパに向かって不満をぶつけた。

「わたしもそれがずっと引っかかってた。福永くんがうちに就職するってなって、あなたは福永くんが自分から言い出したって言ってたけど、本当にそう?」

 とたんにパパは慌てる。

「それは本当だ。ただ条件があった」
「え。条件って、あなたが福永くんに? それとも逆?」

 パパはそれには答えず、真剣な表情をこちらに向けた。

「優愛、ここからが本題だ。福永くんはおそらく今頃、身の回りを整理し始めているはずだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

『愛が切なくて』- すれ違うほど哀しくて  

設楽理沙
恋愛
砂央里と斎藤、こじれてしまった糸(すれ違い)がほどけていく様子を描いています。 ◆都合上、[言う、云う]混合しています。うっかりミスではありません。   ご了承ください。 斉藤准一 税理士事務所勤務35才 斎藤紀子    娘 7才  毒妻:  斉藤淳子  専業主婦   33才 金遣いが荒い 高橋砂央里  会社員    27才    山本隆行  オートバックス社員 25才    西野秀行   薬剤師   22才  岡田とま子  主婦    54才   深田睦子  見合い相手  22才 ――――――――――――――――――――――― ❧イラストはAI生成画像自作 2025.3.3 再☑済み😇

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...