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【天界1】

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 大きな鉄製の扉の前に立ち、見上げる。

 扉の大きさがどれくらい規格外かを表すなら、ちょっとした倉庫の壁一面くらいほどもある、と例えるとわかりやすいだろうか。
 赤銅色の扉は、元々は光沢があったのだろうが、今では錆びて見る影もない。代わりに威圧感のようなものを放っていて、天界と人間界を隔てる扉としては、似合いだと思えた。

 視線を横に移せば、木で出来たボックスに、何枚ものタイムカードが突き刺さるようにして並んでいる。記録保管庫のスタッフの分だけでなく、他の部署のスタッフの分もあり、なかなか壮観だ。
 爪先立ちして、その中から、自分の社員番号が書かれた一枚を抜き取った。

 先程、備品室に寄って、白紙の書を一冊預かってきている。我々の仕事道具だ。左脇には、それを挟んでいた。
 一旦タイムカードを牙でくわえると、ボックスの下に設置されている打刻機を操作する。スライドを「出向(行)」に合わせて、タイムカードを押しこんだ。
 手に引っかかりを感じたあとに、ガシャン、と重い音が鳴る。扉同様に年季が入った打刻機は、それだけでもう、ネジが飛び、バラバラと壊れそうな心もとなさだ。

 タイムカードを元あった場所に戻してから、反対側を向いて、軽く手をあげた。
 扉の上部に届くほどではないが、高い位置に、門番の常駐室がある。出かける合図を受けて、門番が手元で何やら機械を操った。
 ほどなくして、動物が威嚇するかのような、高い金属音を響かせながら、扉がゆっくりと開きはじめた。

 徐々に広がる隙間から、まばゆい光とともに、冷たく鉄臭い風が吹きこむ。マントがあおられ、とっさに手で押さえた。

 数回の瞬きのあと、開いた視界にはてしなく広がるのは、綿あめに似たミルク色の雲海。表面が、玉虫色のセロファンさながらに光っている。下の世界では今、よく晴れているのだろう。

 快晴のもとでは、新刊が少ない。

 どういう根拠からなのかは、今のところ、この天界の誰も解明できていないが、確かなことだ。逆に、暗い雲が重く垂れこめた雨の日は、新刊が多い。

 扉に近づけば、足元の雲海にするすると穴が開いた。ちょうどスタッフ一人が通り抜けられる程度の穴だ。そこから、また風が吹き上がり、白いヒゲを揺らす。

 門番に敬礼する。幸運を、とでも言うように、向こうも敬礼を返してくれた。
 しっかりと本を抱え直して、飛び立つ。
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