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【人間界4】
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「ネコちゃんが?」
「な……! それは違います! 彼の言葉を鵜呑みにしてはいけません!」
少女は裏切られたような目で睨みつけてきたあと、またカロンに尋ねる。
「魂を成長させたいって、なんで?」
「その辺は、俺にもよくわからねぇけど。そう言われているんだよな。たぶん、神様とか天使様ってやつらは、ピカピカのエリートがお好きなんじゃないのか?」
「適当なことを言わないでください! それは侮辱です!」
どんなに檻の外からわめいたところで、カロンは痛くもかゆくもない。
「じゃあ、わたしが辛かった出来事は、最初から計画されていたってこと?」
「そうそう。ここは優しくない世界だろう?」
「わたしの言葉が、誰にも信じてもらえなかったことも、わたしがひどい目に遭っているのを、みんながただ笑って見ていたことも」
「あぁ、すべて筋書き通り」
「先生や、お父さんお母さんまでもが、飽きれば、そのうち嫌がらせなんて終わるからって、のんきに笑って言っていたことも」
自分の吐き出す言葉でまた傷ついたのか、少女の声は震え出している。
「なんて辛い。聞いている俺の胸も張り裂けそうだ。辛かったなあ。死にたくなって当然だ。かわいそうに」
カロンは沈痛な面持ちをつくり、オーバーなアクションでなげいた。
「おい、やばいんじゃないか」
言いつけ通りに口元を引き結んでいた男が、肘と言葉を挟んできた。
「何か言い返したほうが」
「……言い返せないのです」
食い入るかのように、目の前の場面を凝視する。それしかできない。
カロンの言っていることは、おおよそ正しい。否定すれば、こちらの言い分が、それこそ都合のいい嘘になりかねなかった。
もちろん、彼女の、人間すべての人生のシナリオを決めているのは、我々ではないし、そんなことは我々にはできない。
ただ、逆境にある人間に同情しないところが、我々には確かにある。それが、魂にとって良いことだと認識しているからだということも、本当だ。
過敏になっている少女に、この迷いが伝わってしまえば、それこそ取り返しがつかなくなるのではないか。そう思うと、怖くて何も言い返せなかった。
「辛かった。誰も助けてくれなくて、わたし、ずっとずっと辛かったの」
「わかるぜ。すごくわかる」
同じだ。あの時と、まるで同じ。
「こんな敵だらけの世界に、未練なんてあるか?」
「……ない」
首を振る少女の瞳に、暗い影がさしてきた。カロンの魔術にはまったのだ。
「あいつらのために魂を磨いてやる、義理もないだろう?」
カロンがちらりとこちらを見やる。
「うん、ない」
「こんな理不尽な世界に放り出されたら、バトンタッチした次の魂だって、あまりにかわいそうだ」
「うん、そうだね」
「物わかりがいい子は好きだぜ。じゃあ、こんな世界にはとっととサヨナラしよう。俺と一緒に新世界へ行こう」
「えっと……もう、すぐに?」
なぜなのか、少女はここにきてわずかに迷いを見せた。
カロンがいらつきを漂わせる。彼のほうでも、それは予想できないことだったらしい。
「早いほうがいい。いつまでもここに留まれないって言っただろう?」
「うん」
「お嬢ちゃんの身体は、生きものとしてもう機能していない。わかるよな? 死んだんだから」
「うん……」
少女は頭を傾けて、自分の下半身を見た。死斑が出ていると言われたことを思い出したのだろう。
「魂が出ていくにしろいかないにしろ、このままだと腐っていく」
「腐るの!」
「ああ。意識はありながら、身体はどんどん腐って悪臭を放っていく。虫もわいてくるだろうな。そんなの見たいか?」
少女は強く首を振った。その顔に怯えが浮かんでいる。それはそうだ。自分の身体が腐っていく過程なんて、誰だって見ていたくない。
「本当に……もう辛くなくなるんだよね?」
「辛いことなんて何もない。そんなもの、ちっとも感じなくなるぜ。ちっともな」
カロンが少女に手を差し伸ばす。その手を少女が取れば、これまで生きてきた証しごと、たちまち業火に焼き尽くされてしまう気がした。
「……や、やめてください! 彼女には、生まれ変わる権利があるのです!」
生まれ変わって、今度こそ、幸せな生涯を送る権利が。
「な……! それは違います! 彼の言葉を鵜呑みにしてはいけません!」
少女は裏切られたような目で睨みつけてきたあと、またカロンに尋ねる。
「魂を成長させたいって、なんで?」
「その辺は、俺にもよくわからねぇけど。そう言われているんだよな。たぶん、神様とか天使様ってやつらは、ピカピカのエリートがお好きなんじゃないのか?」
「適当なことを言わないでください! それは侮辱です!」
どんなに檻の外からわめいたところで、カロンは痛くもかゆくもない。
「じゃあ、わたしが辛かった出来事は、最初から計画されていたってこと?」
「そうそう。ここは優しくない世界だろう?」
「わたしの言葉が、誰にも信じてもらえなかったことも、わたしがひどい目に遭っているのを、みんながただ笑って見ていたことも」
「あぁ、すべて筋書き通り」
「先生や、お父さんお母さんまでもが、飽きれば、そのうち嫌がらせなんて終わるからって、のんきに笑って言っていたことも」
自分の吐き出す言葉でまた傷ついたのか、少女の声は震え出している。
「なんて辛い。聞いている俺の胸も張り裂けそうだ。辛かったなあ。死にたくなって当然だ。かわいそうに」
カロンは沈痛な面持ちをつくり、オーバーなアクションでなげいた。
「おい、やばいんじゃないか」
言いつけ通りに口元を引き結んでいた男が、肘と言葉を挟んできた。
「何か言い返したほうが」
「……言い返せないのです」
食い入るかのように、目の前の場面を凝視する。それしかできない。
カロンの言っていることは、おおよそ正しい。否定すれば、こちらの言い分が、それこそ都合のいい嘘になりかねなかった。
もちろん、彼女の、人間すべての人生のシナリオを決めているのは、我々ではないし、そんなことは我々にはできない。
ただ、逆境にある人間に同情しないところが、我々には確かにある。それが、魂にとって良いことだと認識しているからだということも、本当だ。
過敏になっている少女に、この迷いが伝わってしまえば、それこそ取り返しがつかなくなるのではないか。そう思うと、怖くて何も言い返せなかった。
「辛かった。誰も助けてくれなくて、わたし、ずっとずっと辛かったの」
「わかるぜ。すごくわかる」
同じだ。あの時と、まるで同じ。
「こんな敵だらけの世界に、未練なんてあるか?」
「……ない」
首を振る少女の瞳に、暗い影がさしてきた。カロンの魔術にはまったのだ。
「あいつらのために魂を磨いてやる、義理もないだろう?」
カロンがちらりとこちらを見やる。
「うん、ない」
「こんな理不尽な世界に放り出されたら、バトンタッチした次の魂だって、あまりにかわいそうだ」
「うん、そうだね」
「物わかりがいい子は好きだぜ。じゃあ、こんな世界にはとっととサヨナラしよう。俺と一緒に新世界へ行こう」
「えっと……もう、すぐに?」
なぜなのか、少女はここにきてわずかに迷いを見せた。
カロンがいらつきを漂わせる。彼のほうでも、それは予想できないことだったらしい。
「早いほうがいい。いつまでもここに留まれないって言っただろう?」
「うん」
「お嬢ちゃんの身体は、生きものとしてもう機能していない。わかるよな? 死んだんだから」
「うん……」
少女は頭を傾けて、自分の下半身を見た。死斑が出ていると言われたことを思い出したのだろう。
「魂が出ていくにしろいかないにしろ、このままだと腐っていく」
「腐るの!」
「ああ。意識はありながら、身体はどんどん腐って悪臭を放っていく。虫もわいてくるだろうな。そんなの見たいか?」
少女は強く首を振った。その顔に怯えが浮かんでいる。それはそうだ。自分の身体が腐っていく過程なんて、誰だって見ていたくない。
「本当に……もう辛くなくなるんだよね?」
「辛いことなんて何もない。そんなもの、ちっとも感じなくなるぜ。ちっともな」
カロンが少女に手を差し伸ばす。その手を少女が取れば、これまで生きてきた証しごと、たちまち業火に焼き尽くされてしまう気がした。
「……や、やめてください! 彼女には、生まれ変わる権利があるのです!」
生まれ変わって、今度こそ、幸せな生涯を送る権利が。
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