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【人間界5】
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「俺は」
男が少女を、清花を見た。
清花のまぶたの開閉が、より激しくなる。
ふてぶてしい口調で、男はとうとうそれを白状した。
「むなくそ悪かっただけだっつうの」
「むなくそ?」
図らずとも、清花と声が重なってしまった。
男は身体をひねり、転がるようにして四つん這いになった。重くなかなか言うことを聞かない身体は、たったそれだけの動きで根を上げる。呼吸が浅くなる。
「だって、そうだろ。何も知らないバカなガキを、うまいこと口車に乗せて連れていく、なんてよ。風俗に落とす手口みたいじゃねぇか。むなくそ過ぎるだろうが」
「またガキって言った!」
「もっとマシなやり方があるだろうがよ」
「やり方の問題なんですか?」
肩を落とすのと同時に、息が漏れてしまう。
「甘ったれたガキも、もちろん嫌いだ。それよりも俺は、昔からそういうのが本当、虫唾が走るくらい大っ嫌いなんだ」
「そんな潔癖には見えませんが」
男が立ち上がろうとするので、微力ながらサポートする。先程のお返しだ。
「うるせえわ。そんなことどうだっていいだろ。それより見ろよ」
男が顎でしゃくった。示された先を見る。
「カロン」
いつの間に意識を取り戻したのか、片方の膝を立てたカロンが、悪魔たる鬼気迫る形相でこちらを睨んでいた。
「……ふざけたことをしてくれやがって」
浴室内の空気が、さらに重苦しくよどむ。地鳴りのような音が響きはじめた。
「俺を本気で怒らせたようだな。思い知らせてやる」
口では威勢がいいが、ふらつく身体にはまだダメージが残っていることが見て取れた。
「ふざけたことをしているのは、あなたのほうですよ」
盾になるようにして、男の前に出る。
カロンは脂汗を額に滲ませつつも、にやりと犬歯をのぞかせた。
「なす術なく震え上がっていたくせに。お前に何ができるんだよ」
「ええ。まったくお恥ずかしい」
脇に挟むようにして持っていた書籍を、そのまま正面へ差し出す。ブーメランを投げるかのようなフォームだ。
男が、清花が固唾を飲んで、背後で事の成り行きを見守っていることを感じた。
「しかし、新刊にあのようなド根性を見せつけられては、彼らを運ぶ使者として、尻尾を巻いている場合ではありません」
あの瞬間、横っ面に張り手を食らわされたような思いがした。
まさか、新刊の突飛な行動で目を覚まされることになろうとは。しかし、悪くない気分だ。
情けないところを見せてしまった。あのまま、またしてもカロンに魂を奪われたとなれば、ウリエルに顔向けできなかった。
何より、二度と自分を誇れなくなるところだった。
カロンは馬鹿笑いをした。
「なんだよそれ! 魔術の真似っこか?」
「いいえ。そんなつもりは毛頭」
首を振る。
「ただですね。わたくしは魔術は使えませんが、無駄に知識は持っているんですよね」
そう言って、すばやくマントのポケットに片方の手を差し入れる。カロンの視線が引っ張られる。こうなれば、しめたものだ。さっとそれを取り出すと、書籍の影から、空中へと振りかぶって投げた。
天井近くで星のようにきらめく、銀色の光。
「あ?」
カロンの目がくらむ。
それからすぐに、空間が割れるような絶叫がとどろいた。
男が少女を、清花を見た。
清花のまぶたの開閉が、より激しくなる。
ふてぶてしい口調で、男はとうとうそれを白状した。
「むなくそ悪かっただけだっつうの」
「むなくそ?」
図らずとも、清花と声が重なってしまった。
男は身体をひねり、転がるようにして四つん這いになった。重くなかなか言うことを聞かない身体は、たったそれだけの動きで根を上げる。呼吸が浅くなる。
「だって、そうだろ。何も知らないバカなガキを、うまいこと口車に乗せて連れていく、なんてよ。風俗に落とす手口みたいじゃねぇか。むなくそ過ぎるだろうが」
「またガキって言った!」
「もっとマシなやり方があるだろうがよ」
「やり方の問題なんですか?」
肩を落とすのと同時に、息が漏れてしまう。
「甘ったれたガキも、もちろん嫌いだ。それよりも俺は、昔からそういうのが本当、虫唾が走るくらい大っ嫌いなんだ」
「そんな潔癖には見えませんが」
男が立ち上がろうとするので、微力ながらサポートする。先程のお返しだ。
「うるせえわ。そんなことどうだっていいだろ。それより見ろよ」
男が顎でしゃくった。示された先を見る。
「カロン」
いつの間に意識を取り戻したのか、片方の膝を立てたカロンが、悪魔たる鬼気迫る形相でこちらを睨んでいた。
「……ふざけたことをしてくれやがって」
浴室内の空気が、さらに重苦しくよどむ。地鳴りのような音が響きはじめた。
「俺を本気で怒らせたようだな。思い知らせてやる」
口では威勢がいいが、ふらつく身体にはまだダメージが残っていることが見て取れた。
「ふざけたことをしているのは、あなたのほうですよ」
盾になるようにして、男の前に出る。
カロンは脂汗を額に滲ませつつも、にやりと犬歯をのぞかせた。
「なす術なく震え上がっていたくせに。お前に何ができるんだよ」
「ええ。まったくお恥ずかしい」
脇に挟むようにして持っていた書籍を、そのまま正面へ差し出す。ブーメランを投げるかのようなフォームだ。
男が、清花が固唾を飲んで、背後で事の成り行きを見守っていることを感じた。
「しかし、新刊にあのようなド根性を見せつけられては、彼らを運ぶ使者として、尻尾を巻いている場合ではありません」
あの瞬間、横っ面に張り手を食らわされたような思いがした。
まさか、新刊の突飛な行動で目を覚まされることになろうとは。しかし、悪くない気分だ。
情けないところを見せてしまった。あのまま、またしてもカロンに魂を奪われたとなれば、ウリエルに顔向けできなかった。
何より、二度と自分を誇れなくなるところだった。
カロンは馬鹿笑いをした。
「なんだよそれ! 魔術の真似っこか?」
「いいえ。そんなつもりは毛頭」
首を振る。
「ただですね。わたくしは魔術は使えませんが、無駄に知識は持っているんですよね」
そう言って、すばやくマントのポケットに片方の手を差し入れる。カロンの視線が引っ張られる。こうなれば、しめたものだ。さっとそれを取り出すと、書籍の影から、空中へと振りかぶって投げた。
天井近くで星のようにきらめく、銀色の光。
「あ?」
カロンの目がくらむ。
それからすぐに、空間が割れるような絶叫がとどろいた。
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