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第1章 異世界で暮らそう

1話 異世界転移

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 トンネルを抜けると異世界であった。
 
 目の前に広がる光景にそんな言葉が頭に浮かんだ。

 
 
 僕の名前は桜原(さくらはら)春優(はるまさ)。
 
 僕は今さっきまで通いなれた小さなトンネルを通っていたはずだ。
 
 家から徒歩で通えるからという理由で選んだ学校。
 
 そこに通じる通学路の途中にあるありふれた……あ、そういえば小さい頃に神隠しの伝説が残る心霊スポットとかって一時期話題になってたっけ。
 
 まあ、そんなこともすっかり忘れ去られたようなありふれたトンネル。
 
 家の近所にあるから通学路になる前から何度も通ったトンネル。
 
 いつもと同じく見慣れたトンネルに入って、歩き慣れた暗闇を歩いて、なんかいつもより眩しく見える出口から出たら……。
 
 森だった。
 
 意味がわからない。
 
 トンネルを抜けたらいつもの見慣れた道が続いてて、ちょっと先の方を見ると学校の校舎が見えてくる。
 
 そうなるはず。
 
 そうならなきゃおかしい。
 
 ……なのに。
 
 森。
 
 見回す限りただひたすら木。
 
 それも、公園にあるようなひょろっとしたような木じゃない。
 
 細い木でも僕がなんとか一抱え出来るかくらいの立派な木がそこら中に生えてて、空すら見えなくて薄暗い。
 
 いつの間にやら僕の真後ろに立ってた一際太い木なんか僕が何人いれば抱え込めるかわからない。
 
 改めていう。
 
 意味がわからない。
 
 夢かと思って、地面に寝っ転がって目を閉じてみたり――落ち葉がふかふかしてて気持ちよかった――、思いっきり自分の頬をつねってみたりしたけど目の前の景色は変わらない。
 
 制服が汚れて頬が痛くなっただけだ。
 
 あまりの意味のわからなさに頭がくらくらしてきた……。

 
 
「とりあえず歩こう」
 
 一通り呆然とし尽くして――1時間位何も考えずにただ体育座りしていたと思う――思いついたのはそれだった。
 
 木々が生い茂りすぎてて空も見えないので近くにある建物どころか太陽すらどこにあるのかわからない。

 方角がわからない上に、現在地がわからないんだからどっちに向かっていいかなんてわからない。
 
 それでも歩こうと思った。
 
 遭難したときの鉄則としては元来た道を戻るかその場で救助を待つかだって聞いたことがある。
 
 でも、元来た道、僕の背後には巨木が立っているだけだし、救助は期待できる気がしない。
 
 死にたくなければとにかく歩くしかない。
 
 それが僕の命をかけた決断だった。

 

 ――――

 
 
 僕が歩き始めてから3日目の朝を迎えた。
 
 たまたま持って来ていた500mlのペットボトルをちびちび飲むことで昨日の夜まではなんとか水分が取れた。
 
 夜は自分の手のひらすら見えないくらい真っ暗で凶暴な動物が来ないか怖かったけど、無事に朝を迎えられている。
 
 お腹は減りすぎてもう空腹感なんて感じなくなっていたけれど、歩いていても汗をかかないくらいに涼しいのでまだ今日も歩けそうだ。
 
 正直真っすぐ歩けているかも自信がない。
 
 森や山で遭難した場合、同じ場所でぐるぐる回って力尽きることがままあるそうだ。
 
 そんなことを思い出してしまって背筋がゾッとする。
 
 頭を振って嫌な考えを消し飛ばすと、起き上がって前に……僕が前だと信じている方へ歩き出した。

 

 ――――

 
 
 歩き始めて4日目。
 
 ……と言っていいのかちょっとわからない。
 
 なんせ3日目の朝から寝ずに歩き続けているから4日目に入ったっていう気がしない。
 
 夜があったはずだけど全くおぼえていない。
 
 足は痛くて棒のようだし、頭は靄がかかったようにぼーっとしてふらふらする。
 
 もういっそ横になってしまおうかとも何度も思ったけど、多分、そうしたらもう起き上がれないんだろうなって何となく分かる。
 
 なんていうかもうヤケになってるんだと思う。
 
 死ぬときは前のめりでっ!……誰の言葉だったっけ?
 
 もう自分が何を考えているのもよくわからない。
 
 ただ、自分が前だと信じる方へ足を進める。

 

 ――――

 
 
 歩き始めて……もう何日なのかわからない。
 
 まだ4日目だっけ?それも5日目?
 
 もしかして1ヶ月くらい歩き続けたかもしれない。
 
 そんなわけないか。
 
 そんな馬鹿なことを考えていたとき。

 
 
 ずーっと続いていた森。
 
 永遠に続くのかと思うくらいうっそうと茂りまくってた木々。
 
 それがようやく途切れた。

「…………やっぱり異世界転移かぁ……」
 
 途切れた森の先には……僕の近所にはなかった、それどころか日本にあるはずのないそびえ立つ城壁と石壁の西洋風のお城があった。

「…………あ、いや、もしかしたらシン○レラ城かも」

 ようやくたどり着いた人の痕跡に気が抜けてその場にへたり込んでしまう。
 
 そのまま僕は意識を失った。
 
 

 ――――

 
 
 目を覚ますと見知らぬ無精髭を生やしたおじさんがいた。
 
 びっくりして上半身を起こして後ずさってから、ようやくベッドの上にいることに気づいた。
 
 というかこれはベッドなんだろうか?木の箱の上にシーツが引かれているだけで布団がないけど。

「■■■■■■■■」

 色々混乱している僕に見知らぬおじさんが話しかけてくるけど、その言葉は日本語じゃなくて何を言っているのかわからない。

「えっと……分かりません……」
 
 素直にそう言うとおじさんは顔をしかめて頭を振った。
 
 しばらく難しい顔で黙って何かを考え込んでいるおじさん。
 
 僕の言葉も通じてないようなので、僕も黙っていることしかできない。
 
 異世界転移って言葉は通じるようにしてくれるものじゃないのかよ……。
 
 せっかくたどり着いたのに意思疎通もできないんじゃ助けを求めることもできない。
 
 それどころか今の僕は身元もわからず言葉も通じない不審者だ。
 
 助けてもらうどころかどんな目にあっても不思議じゃない。
 
 このままじゃ良くて牢獄、悪くて……せっかく生き延びて人里までこれたのにあまり考えたくない。

「あの……」
 
 コンコンコン。
 
 せめてこちらに悪意がないことだけでも伝えられないかと口を開いたところでノックの音がした。
 
 おじさんは口を開こうとした僕に手で待つように示すと、ドアの方に歩いていく。
 
 このときようやく部屋の中を見回したけど、ここは僕の寝かされているベッド1つとおじさんの座っていた木の椅子しかない小さな部屋で、窓もなくていまノックされたドアも厚い金属製に見えた。
 
 まるで、と言うか明らかに独房だ。
 
 さっき良くて牢獄なんて考えていたけど、すでに牢獄に入れられていたみたいだ。
 
 今の状況に気づいて落ち込んでいると、戻ってきたおじさんがお盆に乗ったパン?とスープ?を渡してくれた。

「えっと……これって……」
 
 多分食べていいってことなんだろうけど、下手なことをして印象を悪くしちゃいけないと思って戸惑っていると、おじさんが手真似でパンとスープを食べる真似をして、最後にぎこちなくだけど笑ってくれた。

「あ、ありがとうございます……」
 
 食べていいって言ってくれた――と思う――おじさんにお礼を言って深々と頭を下げる。
 
 言葉は通じてないだろうけど、お辞儀の文化があればいいんだけど。

「■■■■■■■■」
 
 おじさんは驚いた顔をしたあと、なにか言いながら僕の肩をポンとひとつ叩いた。
 
 何を言っているかは相変わらず分からなかったけど、多分励ましてくれている気がした。
 
 おじさんはそのまま立ち上がると最後に僕の方を向いて『待っているように』というような手真似をしてドアから出ていった。
 
 ぐぎゅるるる……。
 
 おじさんがいなくなって気が抜けたのか、スープの匂いにお腹が盛大な音を鳴らした。
 
 何日かぶりに食べたパンとスープは食べ慣れない味だったけど、美味しくて温かくて涙が出た。
 
 僕は生きている。

 

 ――――

 
 
 あれから2時間以上経った。
 
 いつもならスマホで暇つぶしをしているところだけど、当然電波はないし、電池がもったいないので森の中から切ったままだ。
 
 他に暇つぶしもないから日本史の教科書を読んでる。
 
 こんなに真剣に教科書を読んだのは初めてかもしれない。
 
 それくらい暇だ。
 
 おじさんは待っているように言っていた――と思う――けどいつまで待っていればいいんだろう?
 
 餓死させる気はないみたいだから待ってろって言うならいくらでも待ってるけど、暇すぎる。

 
 
 暇すぎるとろくでもないことばかり考えてしまう。
 
 ここはどこなのだろう?
 
 僕は帰れるのかな?
 
 お父さんとお母さんは心配しちゃってるかな?

 夏樹は僕がいなくなって泣いていないかな?
 
 もう帰れないのかな?
 
 ここで死んじゃうのかな?
 
 ……本当にろくでもないことしか浮かんでこない。

 
 
 気分を変えようと教科書から目を上げて、ふと気づく。
 
 そういえばおじさんが出ていったとき鍵をかけた音がしなかったような?
 
 ここから出てどうしようって気はないし、出ていったところで言葉も通じなきゃ生きていけるとは思えない。
 
 でも、もしかしたらこの殺風景な部屋から出られるかもしれない。
 
 その誘惑に逆らえずにふらつく足でドアに近づいて……。
 
 ゴンっ!
 
 突然開いた分厚い鉄のドアに思いっきり頭をぶつけてしまった。

「~~~~~っ!」
 
 不意打ちでびっくりした上に痛すぎて声も出せないでのたうち回る。

「■■■■■■■■っ!?」
 
 おじさんが慌てた声を上げて介抱してくれる。
 
 相変わらず何を言ってるかはわからないけど。

「■■■■■■■■」
 
 強かにぶつけたおでこを見てくれていたおじさんが安堵した様子でなにかを言う。
 
 ものすごく痛いけどどうやら大したことはなかっ誰だお前っ!?
 
 目の前になんかイケメンがいた。
 
 そのイケメンの口からおじさんの声が出ている。
 
 ボーボーに生え散らかしてた無精髭を全部剃って、なんか髪型も服装もきっちり整えたおじさんはかなりのイケメンだった。
 
 年もおじさんっていうのは申し訳ないくらいで、20才くらい?
 
 なんか思ってたより相当若かった。
 
 これからはお兄さんって呼ぼう。
 
 急にドギマギしだした僕におじ……お兄さんは不思議そうな顔をしていたけど、何かを思い出したような顔をすると慌てて立ち上がって、僕が立ち上がるために手を貸してくれた。
 
 お兄さんの大きな手に掴まって立ち上がると、それを見届けたお兄さんがドアの方に向かって敬礼しながら何かをいう。

「■■■■■■■■っ!」

「■■■■■■■■」
 
 お兄さんの声に答えて、穏やかな声でやはり僕にはわからない何かを言いながら誰かが入ってきた。

 
 
 今さっき人生で直接出会った最上級のイケメンが更新されたと思ったら、もうその上が出てきた。
 
 ドアから入ってきた人はファンタジーでよく見る神官さんとかが着ているような白地に金糸で刺繍のされたヒラヒラとした服を着ていた。
 
 シミひとつない白い服。

 その白以上に鮮烈に印象に残る雪のような白髪をポニーテールで束ねた、深海のような深い紺色の瞳を持った絵画かなんかでしか見たことないような美しい顔。
 
 その美形さんの額には尖った小さな角が生えている。
 
 そのありえないほどに整った顔に驚いて。
 
 あり得ない額の角に驚いて。
 
 とどめを刺したのは白髪をかき分けて生える白い、髪と同じ色をした馬の耳と、見え隠れする同じく真っ白なフサフサした尻尾だった。
 
 じゅ、獣人だぁ。
 
 あまりに整いすぎていて見逃していたけど、人間ならあるはずの位置に耳がない。
 
 長めのサイドの髪で隠れているのかと思ったけど、よく見れば確かに顔の横に人間の耳がない。
 
 そのかわりに頭の上から馬の耳が生えている。
 
 色んな意味で驚きすぎて顔を凝視していたら、ニコッと微笑まれた。
 
 あ、これ死ぬやつだ。
 
 そんな馬鹿なことを考えている僕に美形さん……馬の獣人さん……白馬さん、うん、白馬さんがなにか話しかけてくる。

「■■■■■■■■」

 穏やかな声は耳に心地いいけど、相変わらず何を言っているのかはわからない。

「……わかりません」
 
 申し訳ない気持ちになりながら頭を横にふる。

「▲▲▲▲▲▲▲▲」
 
 そうすると今度は白馬さんは歌うような口調でなにかを言った。
 
 急に歌いだしたわけじゃないだろうから、多分別の言語なんだろうけどやっぱりわからない。

「ごめんなさい、わからないです」
 
 謝りながら頭を振ると、また白馬さんは違う響きで話しかけてくれる。
 
 だけどそれもわからない。
 
 10種類近くだろうか?白馬さんは違う言語を試してくれるけど全部だめ。
 
 僕も一応と、マイネームイズハルマササクラハラとかやってみるけど、やっぱり通じない。
 
 とうとう白馬さんも話せる言語が尽きたのか、お兄さんとなにか話しをしだしている。

 この感じからすると多分白馬さんは通訳さんとかそういうのなんだろうけど、その彼でも駄目となると……。
 
 絶望かもしれない。
 
 僕が沈んだ顔で見てるのに気づいた白馬さんがまたニコって微笑んでくれた。
 
 白馬さんはお兄さんになにか告げると懐から豪華な装飾をした箱を出して、その中から銀色の細いシンプルなネックレスを取り出すとそれを首につけて……。

「私の言葉がわかりますか?」

 ああ……。
 
 思わず白馬さんを抱きしめた。
 
 隣に立っていたお兄さんが剣の柄に手をかけるのを白馬さんが手で制している。
 
 でも、僕はそんなことも気にもとめずに白馬さんに抱きついて泣きじゃくりながら

「わかります……わかります……わかります……」
 
 と言い続けていた。
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