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第一話 栞のラブレター
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うっすらと紅色の残るティーカップに視線を落とす沙代子に、彼がそう尋ねる。
「ええ。いろんなお店のリコリスティーを試してみたんですけど、こちらのはあまりにもおいしくて、びっくりしました」
お世辞ではなく、そう言う。毎日足を運んでいたのは、父の本棚が気になったというのはもちろんあるが、いろんな種類のハーブティーを試してみたいと思ったからだった。
「ありがとうございます。本日のリコリスティーは、ローズヒップをメインに、いくつかのハーブをブレンドしたものなんですよ」
「実は、ローズヒップとリコリスの組み合わせがとても好きなんです」
「それはよかった」
うれしげに目を細める青年は、まるで少年のようだ。そう思うのは、彼の顔立ちがかわいらしいからだろう。
「ほんの少しの酸味に、独特の香り。ほかに入ってるのは……、ハイビスカスとシナモンですよね。ブレンドの仕方が特別なのかな。どうしてこんなにおいしいのか、ふしぎ」
つぶやきながら青年を見上げると、彼はにこにこしているだけだ。隠し味があっても教えてくれないだろう。
「やっぱり、素材がいいのかな。ハーブはどちらから?」
ぶしつけな質問をしたが、彼はあっさりと答えてくれる。
「実家がハーブ農家なんです。自慢のハーブですから、そんなふうに言ってもらえるとうれしいです」
「そうなんですね。一般の方にも、売ってみえるの?」
「ええ、近くでハーブ園を営んでいます。昔はあちらでカフェをやっていたんですが、今は移転してこちらに」
「近くなの? そのハーブ園におじゃますることは可能なんですか?」
食い気味に尋ねると、彼はくすりと笑う。ちょっと恥ずかしくなってしまったが、変わった客だと思われているのだろうから、今さらだ。
「ハーブ園の方では一般のお客さま向けの商品もご用意していますから、よかったらぜひ」
そう言って、青年はカウンターの下にしまってあったパンフレットを差し出してくれた。
「天草農園ですね。営業は週末だけ?」
土日営業と書かれた文字をなぞる。
「基本的には。業者の方にはご連絡いただければ、いつでも対応してるんですが、なにせ家族経営なものですから」
どうやら天草農園は、店主の青年とその家族で運営しているらしい。
「業者にも卸していらっしゃるんですね。こんなにおいしいハーブティーになるハーブなら、とびきりおいしいケーキがつくれそう」
「ハーブを使ったケーキですか」
「ええ。こちらのカフェのケーキに、ハーブは使われてないですよね?」
「そうなんです。以前はお出ししていたんですが」
歯切れ悪そうに言うから、今は出していない理由があるのだろう。
「おひとりでカフェをやられてるなら、ケーキまでこちらでっていうのは難しいですよね」
「実は、ハーブを使ったケーキは祖母が作っていまして。祖母の作る味が出せないうちはご提供を控えているんですよ」
ということは、彼の祖母は今はケーキ作りをしていないということだろう。
「あ、すみません。立ち入ったことを聞いちゃいましたよね」
青年はゆるりと首を横に振り、迷うように口を開く。
「こちらも失礼を承知でお尋ねしますが、お客さまはパティシエをされてるんですか?」
「えっ、どうして?」
「なんとなく、そんな気がしたものですから。違ってましたら、すみません」
「違うっていうか……、今は特に」
口ごもるようにそう言うと、青年は何か言いたげな表情をした。しかし、会計待ちの客に気づいて離れていく。
ほっとあんどして、パンフレットに目を落とす。天野農園は近くにあるが、歩いていける距離ではなさそうだ。
それから、まばらにやってくる客の対応で、青年は忙しそうにしていた。
本棚のこと、聞きそびれちゃったな。
沙代子は会計を済ませると、「またお待ちしています」と、にこやかに頭を下げる青年に見送られてカフェをあとにした。
「ええ。いろんなお店のリコリスティーを試してみたんですけど、こちらのはあまりにもおいしくて、びっくりしました」
お世辞ではなく、そう言う。毎日足を運んでいたのは、父の本棚が気になったというのはもちろんあるが、いろんな種類のハーブティーを試してみたいと思ったからだった。
「ありがとうございます。本日のリコリスティーは、ローズヒップをメインに、いくつかのハーブをブレンドしたものなんですよ」
「実は、ローズヒップとリコリスの組み合わせがとても好きなんです」
「それはよかった」
うれしげに目を細める青年は、まるで少年のようだ。そう思うのは、彼の顔立ちがかわいらしいからだろう。
「ほんの少しの酸味に、独特の香り。ほかに入ってるのは……、ハイビスカスとシナモンですよね。ブレンドの仕方が特別なのかな。どうしてこんなにおいしいのか、ふしぎ」
つぶやきながら青年を見上げると、彼はにこにこしているだけだ。隠し味があっても教えてくれないだろう。
「やっぱり、素材がいいのかな。ハーブはどちらから?」
ぶしつけな質問をしたが、彼はあっさりと答えてくれる。
「実家がハーブ農家なんです。自慢のハーブですから、そんなふうに言ってもらえるとうれしいです」
「そうなんですね。一般の方にも、売ってみえるの?」
「ええ、近くでハーブ園を営んでいます。昔はあちらでカフェをやっていたんですが、今は移転してこちらに」
「近くなの? そのハーブ園におじゃますることは可能なんですか?」
食い気味に尋ねると、彼はくすりと笑う。ちょっと恥ずかしくなってしまったが、変わった客だと思われているのだろうから、今さらだ。
「ハーブ園の方では一般のお客さま向けの商品もご用意していますから、よかったらぜひ」
そう言って、青年はカウンターの下にしまってあったパンフレットを差し出してくれた。
「天草農園ですね。営業は週末だけ?」
土日営業と書かれた文字をなぞる。
「基本的には。業者の方にはご連絡いただければ、いつでも対応してるんですが、なにせ家族経営なものですから」
どうやら天草農園は、店主の青年とその家族で運営しているらしい。
「業者にも卸していらっしゃるんですね。こんなにおいしいハーブティーになるハーブなら、とびきりおいしいケーキがつくれそう」
「ハーブを使ったケーキですか」
「ええ。こちらのカフェのケーキに、ハーブは使われてないですよね?」
「そうなんです。以前はお出ししていたんですが」
歯切れ悪そうに言うから、今は出していない理由があるのだろう。
「おひとりでカフェをやられてるなら、ケーキまでこちらでっていうのは難しいですよね」
「実は、ハーブを使ったケーキは祖母が作っていまして。祖母の作る味が出せないうちはご提供を控えているんですよ」
ということは、彼の祖母は今はケーキ作りをしていないということだろう。
「あ、すみません。立ち入ったことを聞いちゃいましたよね」
青年はゆるりと首を横に振り、迷うように口を開く。
「こちらも失礼を承知でお尋ねしますが、お客さまはパティシエをされてるんですか?」
「えっ、どうして?」
「なんとなく、そんな気がしたものですから。違ってましたら、すみません」
「違うっていうか……、今は特に」
口ごもるようにそう言うと、青年は何か言いたげな表情をした。しかし、会計待ちの客に気づいて離れていく。
ほっとあんどして、パンフレットに目を落とす。天野農園は近くにあるが、歩いていける距離ではなさそうだ。
それから、まばらにやってくる客の対応で、青年は忙しそうにしていた。
本棚のこと、聞きそびれちゃったな。
沙代子は会計を済ませると、「またお待ちしています」と、にこやかに頭を下げる青年に見送られてカフェをあとにした。
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