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第一話 栞のラブレター
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「紙?」
「わざわざ、封筒に入れて返してくれたのよ。お母さんは見ない方がいいなんて言われるから、何か変なことが書いてあるんじゃないの?」
まるで、お母さんが恥かいたじゃない、とでも言いたげな口調だったから、睦子はムッとしながら、母の差し出す茶封筒をひったくるようにして受け取った。
「変なことなんて書かないよっ」
怒ってドアをぴしゃりと閉め、ご丁寧にのり付けされた茶封筒を破って中を取り出した。
睦子はそれを見た瞬間、絶句した。
『付き合ってください』
たったそれだけの文字が書いてあるだけの、ちょうど栞サイズの紙だった。
それが村瀬くんの文字だってことはすぐにわかった。菜七子の席に行くたびに、村瀬くんのノートは目にしていたからだ。
村瀬くんは菜七子に告白したんだ。菜七子はそれに気づいてないから、今でも普通に彼とおしゃべりしてる。
こんなの、捨てちゃえばいい。そうしたら、誰にもバレない。
まほろば書房の店主さんが誰にも言わなかったら、何にもわからない。知らんぷりしちゃえばいい。
睦子は紙切れを手のひらでくしゃりと握りつぶした。
それでも睦子は気になって、二十日通りにあるまほろば書房の前を、学校の帰り道に何度か通ってみた。
ロッキングチェアーに背もたれて、きちんと整えられたひげをなでながら、おじさんはいつも本を読んでいて、通りを歩く睦子には気づきもしなかった。
あんなおじさんなら、すぐに忘れちゃうだろう。
そう確信してから、睦子は二十日通りを歩くのをやめた。
冬休みに入る前、進路相談があった。順番を待っていると、村瀬くんが隣のいすに座った。
「次、村瀬くんだったんだ?」
「うん」
村瀬くんは小さくうなずいて、カバンから小説を取り出すと読み始めた。
菜七子とはいつも楽しそうに話してるのに、睦子には無関心だ。睦子に、だけじゃない。村瀬くんは菜七子としか話さない。クラス活動はちゃんと参加するし、先生に言われたことはきちんとこなすけど、特定の男友だちがいる様子もなくて、空気みたいな男子だってクラスメイトからは言われてる。だから、菜七子が心配して面倒見てるんだって。
「菜七子、村瀬くんの本なくしたんだってね」
睦子はそう言ってみた。菜七子は村瀬くんの何が良くて好きなんだろうって、からかう気持ちもあった。
「松永さんに聞いた?」
「うん。私たち、親友だから」
「そっか」
そう言うだけで、また小説を読もうとするから、睦子はむきになって言った。
「怒ってないの? 普通、貸した本なくされたら、仲良くなんてできないよ」
もう菜七子とは仲良くしないで。
そんな気持ちが自分の中にあるんだって再認識した。
睦子はないものねだりをしてた。すべてが優等生の菜七子に憧れて、勝手に嫉妬して、それでもやっぱり菜七子の親友でいたかった。
菜七子の親友は、私しかいない。
それが睦子の誇りだったって気付かされた。
「怒るっていうか……」
村瀬くんは困り顔をすると、足もとに視線を落としてつぶやいた。
「そういうことにしたいんじゃないかって思ってるよ」
そのとき、睦子は本当に最低なことをしたって罪悪感に襲われた。
村瀬くんは菜七子に振られたって誤解してる。白黒つけるより、菜七子と友だちでいることを望んでる。きっと、菜七子がそれを望んでると勘違いしてるから。
睦子は激しく鳴る鼓動を隠すように胸をつかみ、村瀬くんから目をそらした。睦子は知らないふりをした。
私は何も見てない。そう信じ込もうとした。
「わざわざ、封筒に入れて返してくれたのよ。お母さんは見ない方がいいなんて言われるから、何か変なことが書いてあるんじゃないの?」
まるで、お母さんが恥かいたじゃない、とでも言いたげな口調だったから、睦子はムッとしながら、母の差し出す茶封筒をひったくるようにして受け取った。
「変なことなんて書かないよっ」
怒ってドアをぴしゃりと閉め、ご丁寧にのり付けされた茶封筒を破って中を取り出した。
睦子はそれを見た瞬間、絶句した。
『付き合ってください』
たったそれだけの文字が書いてあるだけの、ちょうど栞サイズの紙だった。
それが村瀬くんの文字だってことはすぐにわかった。菜七子の席に行くたびに、村瀬くんのノートは目にしていたからだ。
村瀬くんは菜七子に告白したんだ。菜七子はそれに気づいてないから、今でも普通に彼とおしゃべりしてる。
こんなの、捨てちゃえばいい。そうしたら、誰にもバレない。
まほろば書房の店主さんが誰にも言わなかったら、何にもわからない。知らんぷりしちゃえばいい。
睦子は紙切れを手のひらでくしゃりと握りつぶした。
それでも睦子は気になって、二十日通りにあるまほろば書房の前を、学校の帰り道に何度か通ってみた。
ロッキングチェアーに背もたれて、きちんと整えられたひげをなでながら、おじさんはいつも本を読んでいて、通りを歩く睦子には気づきもしなかった。
あんなおじさんなら、すぐに忘れちゃうだろう。
そう確信してから、睦子は二十日通りを歩くのをやめた。
冬休みに入る前、進路相談があった。順番を待っていると、村瀬くんが隣のいすに座った。
「次、村瀬くんだったんだ?」
「うん」
村瀬くんは小さくうなずいて、カバンから小説を取り出すと読み始めた。
菜七子とはいつも楽しそうに話してるのに、睦子には無関心だ。睦子に、だけじゃない。村瀬くんは菜七子としか話さない。クラス活動はちゃんと参加するし、先生に言われたことはきちんとこなすけど、特定の男友だちがいる様子もなくて、空気みたいな男子だってクラスメイトからは言われてる。だから、菜七子が心配して面倒見てるんだって。
「菜七子、村瀬くんの本なくしたんだってね」
睦子はそう言ってみた。菜七子は村瀬くんの何が良くて好きなんだろうって、からかう気持ちもあった。
「松永さんに聞いた?」
「うん。私たち、親友だから」
「そっか」
そう言うだけで、また小説を読もうとするから、睦子はむきになって言った。
「怒ってないの? 普通、貸した本なくされたら、仲良くなんてできないよ」
もう菜七子とは仲良くしないで。
そんな気持ちが自分の中にあるんだって再認識した。
睦子はないものねだりをしてた。すべてが優等生の菜七子に憧れて、勝手に嫉妬して、それでもやっぱり菜七子の親友でいたかった。
菜七子の親友は、私しかいない。
それが睦子の誇りだったって気付かされた。
「怒るっていうか……」
村瀬くんは困り顔をすると、足もとに視線を落としてつぶやいた。
「そういうことにしたいんじゃないかって思ってるよ」
そのとき、睦子は本当に最低なことをしたって罪悪感に襲われた。
村瀬くんは菜七子に振られたって誤解してる。白黒つけるより、菜七子と友だちでいることを望んでる。きっと、菜七子がそれを望んでると勘違いしてるから。
睦子は激しく鳴る鼓動を隠すように胸をつかみ、村瀬くんから目をそらした。睦子は知らないふりをした。
私は何も見てない。そう信じ込もうとした。
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