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第二話 落ちこぼれ魔女の親友
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「その女の子は銀一さんと一緒に来てたって言ってた。葵さんで間違いないよ」
沙代子の戸惑いに気づく様子もなく、彼はそう断言する。
「じゃあ、小学生の頃だよね。父にはいろんな場所に連れていってもらったから、農園にもおじゃましたことあるのかな。全然覚えてなくてごめんね」
「小学生の頃の出来事なんて、覚えてることの方が少ないよね」
笑顔なのに、切なそうな目をしてそう言った彼が気になったが、すぐに「着いたよ」と言うから、沙代子は視線を外に向けた。
天草農園と書かれた看板の先に、ゆるやかな坂道がある。天草さんの運転する車が、その道を進んでいくと、すぐに広い場所へと出た。先には、しゃれたレンガ造りの建物と、その奥にビニールハウスが見えている。
「たぶん、父はビニールハウスで、母は販売所にいると思う」
車から降りると早速、天草さんはレンガ造りの家へ向かって歩き出す。
「もしかして、前はカフェだったところ?」
沙代子は向かう先を指差して、そう言う。
「よくわかったね」
「だって、すごくかわいらしい建物だもの。まろう堂もおしゃれだし、天草さんって、ご家族そろってセンスがいいね」
「ありがとう。あの建物のデザインは祖父がしたみたいだよ。まろう堂も祖父にデザインしてもらいたかったんだけどね」
そう言って、天草さんはさみしそうな表情をする。
「じゃあ……」
「うん。祖父母は亡くなってる」
「そうなの……」
「あ、ごめん。しんみりさせちゃったね。亡くなったのはもうずいぶん前のことだから、大丈夫なんだよ」
「ううん。私の方こそ」
カフェを移転したと聞いた時点で、気づくべきだったかもしれない。それに、ハーブを使ったケーキは祖母が作っていて、今は提供していないと言っていたじゃないか。
「葵さんって、誰かの痛みに優しいよね」
「え?」
思いがけない言葉に、沙代子は驚いた。そうだろうか。どちらかというと、誰かを思いやっているようで、実は自分のことばかりだったのではないかと思うことの方が多い。
「前からそう思ってた。繊細なんだね。きっと、葵さんの作るデザートも繊細なんだろうなって思うよ」
「なーに、急にデザートの話?」
「そう思ってるって話だよ」
天草さんがにっこりとした時、レンガ造りの家の扉が開き、中から年配の女の人が姿を見せた。その女の人は天草さんを見つけるとすぐに、笑顔でこちらへ向かって手を振る。そのしぐさが天草さんに似ている。
「母親」
やっぱり、そうだ。彼のお母さんだ。
「似てるね。優しそう」
「優しいっていうか、明るい人ではあるね」
そう言って、苦笑いする天草さんについていき、満面の笑みを浮かべるお母さんに頭をさげる。
「こんにちは。はじめまして」
「はじめまして、沙代子ちゃんね。志貴から聞いてるわ。あの銀一さんの娘さんがこんなにかわいらしいお嬢さんだなんて」
「銀一さんもカッコいい人だよ」
「そんなこと言ったら、お父さんが妬くじゃない?」
天草さんがたしなめると、お母さんは笑い飛ばす。彼は終始苦笑いだけど、とても仲のいい親子のようだ。
「あのー、生前は父がお世話になりました。ごあいさつが遅くなりまして」
持参した手土産を差し出すと、お母さんはありがたく受け取りながら、
「わざわざありがとう。そんな堅苦しいあいさつはいいのよ。中に入って」
と、販売所に沙代子たちを招き入れた。
沙代子の戸惑いに気づく様子もなく、彼はそう断言する。
「じゃあ、小学生の頃だよね。父にはいろんな場所に連れていってもらったから、農園にもおじゃましたことあるのかな。全然覚えてなくてごめんね」
「小学生の頃の出来事なんて、覚えてることの方が少ないよね」
笑顔なのに、切なそうな目をしてそう言った彼が気になったが、すぐに「着いたよ」と言うから、沙代子は視線を外に向けた。
天草農園と書かれた看板の先に、ゆるやかな坂道がある。天草さんの運転する車が、その道を進んでいくと、すぐに広い場所へと出た。先には、しゃれたレンガ造りの建物と、その奥にビニールハウスが見えている。
「たぶん、父はビニールハウスで、母は販売所にいると思う」
車から降りると早速、天草さんはレンガ造りの家へ向かって歩き出す。
「もしかして、前はカフェだったところ?」
沙代子は向かう先を指差して、そう言う。
「よくわかったね」
「だって、すごくかわいらしい建物だもの。まろう堂もおしゃれだし、天草さんって、ご家族そろってセンスがいいね」
「ありがとう。あの建物のデザインは祖父がしたみたいだよ。まろう堂も祖父にデザインしてもらいたかったんだけどね」
そう言って、天草さんはさみしそうな表情をする。
「じゃあ……」
「うん。祖父母は亡くなってる」
「そうなの……」
「あ、ごめん。しんみりさせちゃったね。亡くなったのはもうずいぶん前のことだから、大丈夫なんだよ」
「ううん。私の方こそ」
カフェを移転したと聞いた時点で、気づくべきだったかもしれない。それに、ハーブを使ったケーキは祖母が作っていて、今は提供していないと言っていたじゃないか。
「葵さんって、誰かの痛みに優しいよね」
「え?」
思いがけない言葉に、沙代子は驚いた。そうだろうか。どちらかというと、誰かを思いやっているようで、実は自分のことばかりだったのではないかと思うことの方が多い。
「前からそう思ってた。繊細なんだね。きっと、葵さんの作るデザートも繊細なんだろうなって思うよ」
「なーに、急にデザートの話?」
「そう思ってるって話だよ」
天草さんがにっこりとした時、レンガ造りの家の扉が開き、中から年配の女の人が姿を見せた。その女の人は天草さんを見つけるとすぐに、笑顔でこちらへ向かって手を振る。そのしぐさが天草さんに似ている。
「母親」
やっぱり、そうだ。彼のお母さんだ。
「似てるね。優しそう」
「優しいっていうか、明るい人ではあるね」
そう言って、苦笑いする天草さんについていき、満面の笑みを浮かべるお母さんに頭をさげる。
「こんにちは。はじめまして」
「はじめまして、沙代子ちゃんね。志貴から聞いてるわ。あの銀一さんの娘さんがこんなにかわいらしいお嬢さんだなんて」
「銀一さんもカッコいい人だよ」
「そんなこと言ったら、お父さんが妬くじゃない?」
天草さんがたしなめると、お母さんは笑い飛ばす。彼は終始苦笑いだけど、とても仲のいい親子のようだ。
「あのー、生前は父がお世話になりました。ごあいさつが遅くなりまして」
持参した手土産を差し出すと、お母さんはありがたく受け取りながら、
「わざわざありがとう。そんな堅苦しいあいさつはいいのよ。中に入って」
と、販売所に沙代子たちを招き入れた。
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