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第二話 落ちこぼれ魔女の親友
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「父さん、何か手伝う?」
天草さんが尋ねる。
「ああ、これから出荷作業だ。手伝ってくれるか?」
「いいよ。着替えてすぐ行く」
お父さんは、「ごゆっくり」と沙代子に声をかけると、ひと足先に店を出ていく。
「それじゃあ、葵さん、俺、行くから。悪いけど、母さん頼むよ」
「うん、がんばってね」
「手が空いたら、農園案内するからさ」
「ありがとう。またあとでね」
まるで、仕事に出かける夫を見送るような、むずがゆい気持ちになりながら、天草さんに手を振っていると、お母さんが声をかけてくる。
「優美ちゃん、元気にしてる?」
何の話だろうと思ったのか、店を出ようとしていた天草さんが足を止めて振り返るのが見えた。
「母をご存知なんですか?」
「知ってるも何も、高校の同級生なの。だから、優美ちゃんもうちによく遊びに来てくれたのよ」
「えっ、そうなんですか?」
結婚前の母の話を聞くのは初めてだ。両親は恋愛結婚だと聞いたことがあるけど、詳しくは知らないし、両親も語ろうとしなかった。まして、学生時代の話なんてますます知らない。
「天草農園は私の実家なの。お父さんは婿入りでね。優美ちゃんは結婚してからも、銀一さんとふたりでよく遊びに来てくれてたみたいよ」
「そうだったんですか。あ、でも、天草さんは中学生のときにこっちに越してきたって」
「そうなの。私は最初、農園を継ぐ気がなくてね、県外で就職したの。それで、サラリーマンだったお父さんと結婚して、志貴が生まれて。志貴が中学にあがった頃かな、祖父が倒れちゃって。お父さんが農園やってもいいって言ってくれたから、一念発起で戻ってきたのよ」
「じゃあ、母のことは?」
そう問うと、お母さんは複雑そうに笑んだ。
15年前、母は沙代子を連れてこの街を出た。天草さん一家が引っ越してきたのも、ちょうど同じころ。しかし、母と知り合いだったお母さんはきっと、母がなぜ家を出たのか知っているのだろう。
「優美ちゃんの話は祖母から聞いてるわ。沙代子ちゃんも大変だったでしょう。優美ちゃんと銀一さん、おしどり夫婦って言われるぐらい仲良かったのに、残念ね」
「そうですね。けんかしてるところは見たことがなかったので、別居するって決まったときはびっくりしたんです」
両親は10歳ほど歳が離れていて、父はいつも母を甘やかしていた。けんかになるはずのない毎日を送っていた。その刺激のない日々が、もしかしたら別居につながる原因を作ったのかもしれないと思うことがある。
「でも、離婚しなかったんだもの。お互いに元に戻れると思ってたんじゃないかしら」
お互いにだなんて、そんなはずはない。沙代子はそれを知っていたが、そう言ってくれるお母さんの優しさを笑顔で受け止めた。
「あっ、こんな話、嫌よね。ごめんなさいね。沙代子ちゃんのお話、聞かせて。今は銀一さんの家に住んでるのよね」
そう言いながら、座るところ用意するわね、とカウンター内に入っていくお母さんについていきながら、沙代子は振り返る。
まだ天草さんは入り口からこちらを見ていた。今の話、聞こえただろうか。15年も交流を持たず、かといって離婚もせず、今日まで過ごしてきた母を彼はどう思っただろう。そして、その母の娘である自分はどう見えているのだろう。
彼はわずかに険しい表情をしていたが、沙代子が「いってらっしゃい」と手を振ると、ほんの少し笑顔を見せて、今度こそ店を出ていった。
天草さんが尋ねる。
「ああ、これから出荷作業だ。手伝ってくれるか?」
「いいよ。着替えてすぐ行く」
お父さんは、「ごゆっくり」と沙代子に声をかけると、ひと足先に店を出ていく。
「それじゃあ、葵さん、俺、行くから。悪いけど、母さん頼むよ」
「うん、がんばってね」
「手が空いたら、農園案内するからさ」
「ありがとう。またあとでね」
まるで、仕事に出かける夫を見送るような、むずがゆい気持ちになりながら、天草さんに手を振っていると、お母さんが声をかけてくる。
「優美ちゃん、元気にしてる?」
何の話だろうと思ったのか、店を出ようとしていた天草さんが足を止めて振り返るのが見えた。
「母をご存知なんですか?」
「知ってるも何も、高校の同級生なの。だから、優美ちゃんもうちによく遊びに来てくれたのよ」
「えっ、そうなんですか?」
結婚前の母の話を聞くのは初めてだ。両親は恋愛結婚だと聞いたことがあるけど、詳しくは知らないし、両親も語ろうとしなかった。まして、学生時代の話なんてますます知らない。
「天草農園は私の実家なの。お父さんは婿入りでね。優美ちゃんは結婚してからも、銀一さんとふたりでよく遊びに来てくれてたみたいよ」
「そうだったんですか。あ、でも、天草さんは中学生のときにこっちに越してきたって」
「そうなの。私は最初、農園を継ぐ気がなくてね、県外で就職したの。それで、サラリーマンだったお父さんと結婚して、志貴が生まれて。志貴が中学にあがった頃かな、祖父が倒れちゃって。お父さんが農園やってもいいって言ってくれたから、一念発起で戻ってきたのよ」
「じゃあ、母のことは?」
そう問うと、お母さんは複雑そうに笑んだ。
15年前、母は沙代子を連れてこの街を出た。天草さん一家が引っ越してきたのも、ちょうど同じころ。しかし、母と知り合いだったお母さんはきっと、母がなぜ家を出たのか知っているのだろう。
「優美ちゃんの話は祖母から聞いてるわ。沙代子ちゃんも大変だったでしょう。優美ちゃんと銀一さん、おしどり夫婦って言われるぐらい仲良かったのに、残念ね」
「そうですね。けんかしてるところは見たことがなかったので、別居するって決まったときはびっくりしたんです」
両親は10歳ほど歳が離れていて、父はいつも母を甘やかしていた。けんかになるはずのない毎日を送っていた。その刺激のない日々が、もしかしたら別居につながる原因を作ったのかもしれないと思うことがある。
「でも、離婚しなかったんだもの。お互いに元に戻れると思ってたんじゃないかしら」
お互いにだなんて、そんなはずはない。沙代子はそれを知っていたが、そう言ってくれるお母さんの優しさを笑顔で受け止めた。
「あっ、こんな話、嫌よね。ごめんなさいね。沙代子ちゃんのお話、聞かせて。今は銀一さんの家に住んでるのよね」
そう言いながら、座るところ用意するわね、とカウンター内に入っていくお母さんについていきながら、沙代子は振り返る。
まだ天草さんは入り口からこちらを見ていた。今の話、聞こえただろうか。15年も交流を持たず、かといって離婚もせず、今日まで過ごしてきた母を彼はどう思っただろう。そして、その母の娘である自分はどう見えているのだろう。
彼はわずかに険しい表情をしていたが、沙代子が「いってらっしゃい」と手を振ると、ほんの少し笑顔を見せて、今度こそ店を出ていった。
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