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第二話 落ちこぼれ魔女の親友
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「あら、全部? 本当に?」
「はい。ハーブティーの香りを損なわないお味はもちろんのこと、デザインもかわいいものから綺麗なものまでさまざまで、すごくお気に入りです」
そう答えると、驚きの表情だったお母さんも、感心したようにうなずいた。
「それなら話は早いわ。一緒にお願いできる?」
「……それがその、最近ずっとお菓子作りから離れてて」
「そんなの大丈夫よ。できるできる」
お母さんは簡単なことのように言う。
天草さんが楽天的に感じるのは、お母さん譲りのところがあるからだろう。深刻に考えすぎる沙代子にとって、それは救いでもあった。
「やって……みます。あ、いえ、やらせてください」
頭を下げると、お母さんは優しく沙代子の肩に触れる。
「本当にいいお嬢さん。こちらこそ、よろしくね。……あら、志貴かしら」
お母さんは後ろの方へ視線を向けた。そこには裏口があるようだ。壁に何かを立てかけたような物音とともに、トラックのバックする音が聞こえてくる。作業を終えた天草さんが戻ってきたのかもしれない。
ほどなくして裏口が開き、作業着姿の天草さんがドアの奥に現れた。カフェで見るエプロン姿の穏やかな彼もいいけれど、汗をぬぐって爽やかに笑む姿には、違う一面を見た気がしてどきりとしてしまう。
「葵さん、手が空いたから、農園を案内するよ」
「あっ、うん」
汚れた長靴を気にしたのだろう。中へは入って来ない天草さんが、ドアを大きく開いて待っててくれるから、沙代子はあわてて外へ出た。
「お茶の時間には戻ってきなさいね」と言うお母さんに見送られながら、ふたりで肩を並べて轍のあるゆるやかな坂道を進む。
「ここではさ、バジルにローズマリー、オレガノやミント。それに、タイム、カモミール、レモングラス。あとはー、珍しいものだと、カレーリーフとかね、約20種類のハーブを育ててるよ」
坂道の先にあるビニールハウスに向かいながら、天草さんはそう教えてくれる。
「いろいろ育ててるんだね」
「いろいろって言っても、家族経営だし、あんまり手広くやりたくないっていうのが両親の考えだから、基本的には父さんと母さんふたりでやれる分だけ」
「ハーブティーの茶葉はどうしてるの?」
「ここにないハーブは提携農家からも仕入れてて、加工品は近くに工場を持ってるおじさんにお願いしてる。おじさんっていうのは、母さんの妹さんのご主人だよ」
「もしかして、お手伝いに来てくれるいとこの子って」
「そう、そこの子」
天草さんの祖父母がふたりで始めた農家は、数十年の時を経て、たくさんの人に支えられて大きくなってきたようだ。
「あっ、そうだ。私ね、ケーキ作りのお手伝いを頼まれたの」
「ケーキ作るんだ? それは楽しみだな」
彼はそうなることがわかっていたみたいに、穏やかに微笑む。
「まろう堂で出してもらえるようにがんばるね」
「大丈夫だよ、葵さんなら。レパートリーが増えるかもしれないね」
「上手にできたら、ずっとここで働けるかな?」
「パティスリーの夢は? 別にうちのことは気にしなくていいからさ、やりたい時にやりたいことをやったらいいと思うよ」
「あ……、うん。そうだね」
天草農園で働くことが今やりたいことで、できたら続けていきたいことだったけれど、さっきまで臆病にかまえていたのに、まだ働いてもないうちから意気込んだりして恥ずかしいと、沙代子はそれ以上は言えずに照れ笑いを浮かべた。
「俺は葵さんが夢を叶えてほしいと思うよ」
そう言ってくれるのは、彼の優しさだ。
天草さんの夢は、まろう堂を続けることだろうか。それとも別に、叶えたい夢があるだろうか。
「天草さんもいつかは結婚して、ここを継ぐんだよね」
そうなったとき、沙代子はここを出ていかなきゃいけなくなるだろう。自分の存在を認めてくれる居場所を、これから先もずっと探し続けていくのだ。
「そういうのはまだ考えたこともないけど、まろう堂はやめないよ」
やけに力強い言葉に、沙代子はほっとした。まろう堂がある限り、ずっとそばにいる。そう言ってくれたような気がしたのだ。
「はい。ハーブティーの香りを損なわないお味はもちろんのこと、デザインもかわいいものから綺麗なものまでさまざまで、すごくお気に入りです」
そう答えると、驚きの表情だったお母さんも、感心したようにうなずいた。
「それなら話は早いわ。一緒にお願いできる?」
「……それがその、最近ずっとお菓子作りから離れてて」
「そんなの大丈夫よ。できるできる」
お母さんは簡単なことのように言う。
天草さんが楽天的に感じるのは、お母さん譲りのところがあるからだろう。深刻に考えすぎる沙代子にとって、それは救いでもあった。
「やって……みます。あ、いえ、やらせてください」
頭を下げると、お母さんは優しく沙代子の肩に触れる。
「本当にいいお嬢さん。こちらこそ、よろしくね。……あら、志貴かしら」
お母さんは後ろの方へ視線を向けた。そこには裏口があるようだ。壁に何かを立てかけたような物音とともに、トラックのバックする音が聞こえてくる。作業を終えた天草さんが戻ってきたのかもしれない。
ほどなくして裏口が開き、作業着姿の天草さんがドアの奥に現れた。カフェで見るエプロン姿の穏やかな彼もいいけれど、汗をぬぐって爽やかに笑む姿には、違う一面を見た気がしてどきりとしてしまう。
「葵さん、手が空いたから、農園を案内するよ」
「あっ、うん」
汚れた長靴を気にしたのだろう。中へは入って来ない天草さんが、ドアを大きく開いて待っててくれるから、沙代子はあわてて外へ出た。
「お茶の時間には戻ってきなさいね」と言うお母さんに見送られながら、ふたりで肩を並べて轍のあるゆるやかな坂道を進む。
「ここではさ、バジルにローズマリー、オレガノやミント。それに、タイム、カモミール、レモングラス。あとはー、珍しいものだと、カレーリーフとかね、約20種類のハーブを育ててるよ」
坂道の先にあるビニールハウスに向かいながら、天草さんはそう教えてくれる。
「いろいろ育ててるんだね」
「いろいろって言っても、家族経営だし、あんまり手広くやりたくないっていうのが両親の考えだから、基本的には父さんと母さんふたりでやれる分だけ」
「ハーブティーの茶葉はどうしてるの?」
「ここにないハーブは提携農家からも仕入れてて、加工品は近くに工場を持ってるおじさんにお願いしてる。おじさんっていうのは、母さんの妹さんのご主人だよ」
「もしかして、お手伝いに来てくれるいとこの子って」
「そう、そこの子」
天草さんの祖父母がふたりで始めた農家は、数十年の時を経て、たくさんの人に支えられて大きくなってきたようだ。
「あっ、そうだ。私ね、ケーキ作りのお手伝いを頼まれたの」
「ケーキ作るんだ? それは楽しみだな」
彼はそうなることがわかっていたみたいに、穏やかに微笑む。
「まろう堂で出してもらえるようにがんばるね」
「大丈夫だよ、葵さんなら。レパートリーが増えるかもしれないね」
「上手にできたら、ずっとここで働けるかな?」
「パティスリーの夢は? 別にうちのことは気にしなくていいからさ、やりたい時にやりたいことをやったらいいと思うよ」
「あ……、うん。そうだね」
天草農園で働くことが今やりたいことで、できたら続けていきたいことだったけれど、さっきまで臆病にかまえていたのに、まだ働いてもないうちから意気込んだりして恥ずかしいと、沙代子はそれ以上は言えずに照れ笑いを浮かべた。
「俺は葵さんが夢を叶えてほしいと思うよ」
そう言ってくれるのは、彼の優しさだ。
天草さんの夢は、まろう堂を続けることだろうか。それとも別に、叶えたい夢があるだろうか。
「天草さんもいつかは結婚して、ここを継ぐんだよね」
そうなったとき、沙代子はここを出ていかなきゃいけなくなるだろう。自分の存在を認めてくれる居場所を、これから先もずっと探し続けていくのだ。
「そういうのはまだ考えたこともないけど、まろう堂はやめないよ」
やけに力強い言葉に、沙代子はほっとした。まろう堂がある限り、ずっとそばにいる。そう言ってくれたような気がしたのだ。
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