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第二話 落ちこぼれ魔女の親友
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しおりを挟む宣言通り、アルバイトから帰宅するとすぐ、沙代子はまろう堂を訪れた。
思ったよりはやい来店だったのか、天草さんは苦笑したが、あきれているというより、楽しげだった。
彼は優しいだけでなく、包容力があるように見える。その実、沙代子は彼に弱みを見せてしまった自分を恥じていたが、その負い目さえなかったことにしてくれるような振る舞いに救われていた。
沙代子は、もはや、特等席とも言うべき、本棚の前のカウンター席に着くと、メニュー表を眺めた。
「今月のおすすめはレモンバーム?」
「そう。ローズヒップのブレンドもできるよ」
水の入ったグラスをカウンターに置いて、天草さんはそう言う。沙代子がローズヒップが好きだと言ったのを覚えていたのだろう。
「本当? じゃあ、ローズヒップのブレンドにする」
「お昼は食べた? 食べてないなら、キッシュも一緒にどうかな?」
「キッシュがあるの?」
「常連さんだけの裏メニューだよ」
そう言って、いたずらっ子のような笑顔を見せる。きっと、天草さんのまかないなのだろう。
「食べてみたい。でも、いいの?」
「葵さんほどの常連客はほかにいないからね」
「そんなに来てる?」
ひまさえあれば来てるみたい。恥ずかしくてとぼけるが、天草さんはうれしそうに笑んで、「すぐに用意するよ」とキッチンに入っていこうとする。そのときだった。まろう堂の扉が開いて女の人が入ってくる。
「すみませんっ。来るのが遅くなってしまって」
女の人は真っ先にカウンターに歩み寄ると、丁寧に頭をさげる。腰まで伸びた長い髪がするりと肩から流れ落ち、その横顔はよく見えなかったが、ひどく恐縮しているようだった。
「かまいませんよ。カウンター席にどうぞ」
天草さんは彼女を誘導したあと、本棚の横にある予約箱に視線を移し、さらに沙代子に目くばせした。
あっ、と沙代子は声にならない声をあげる。落ちこぼれ魔女の本を探していた女の人が来店したのだと気づいた。
沙代子は改めて、隣の席に腰をおろす女の人を眺めた。
彼女は席に着くなり、長い髪を後ろで一つに束ねた。ライトグレーのセットアップは春の終わりにふさわしい涼やかな身なりで、ひかえめな性格かもしれないと思わせるほどの薄化粧。年の頃は40代だろうか。
そう考えながら、沙代子は彼女の持つ緑のショルダーバッグに目を移した。お隣のおばさんが、葵さんちを派手な緑のバッグの女の人が覗いていた、と言っていたのを思い出す。
まさかね、と沙代子は彼女から目をそらす。
「葵さん、ちょっと待ってて」
天草さんがそう声をかけてくる。そのとき、カウンターの上に視線を落としていた女の人が、弾かれたように顔をあげてこちらを見た。
目が合った途端、彼女は何か言いたげに薄く口を開いたが、結局、何も言わずに目をそらした。
葵という名前に反応したのは明らかだったが、彼女も、まさか、と思ったのかもしれない。しかし、不確かなまま、見ず知らずの彼女に、今朝、うちを覗いてましたよね? なんて言えるはずもない。
「あ、うん。気にしないで」
沙代子がそう答えると、天草さんは予約箱から本を取り出し、彼女の前にそれを差し出す。
表紙に折り目がついてしまっている、お世辞にもきれいとは言えない、落ちこぼれ魔女と人魚の国だ。
「和久井さま、お探しの本はこちらでよろしかったですか?」
彼女は和久井というらしい。本の予約をしたときに名前を聞いていたようだ。
和久井さんはその本を見た途端、口もとに手を当てた。そして、声を震わせてつぶやく。
「水無月銀先生の落ちこぼれ魔女が本当に見つかるなんて……」
天草さんは黙ったまま、感極まった様子の彼女を見守っている。
「あっ、ごめんなさい。まさか、本当に見つかるなんて思ってなくて」
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