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第三話 思い出を記憶する月刊誌
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「そうそう、そんなことあったわね。うららちゃんが高校生の時じゃない?」
おばさんも思い出して相づちをうつ。
「高1の冬ですよ。あれがきっかけで、経営学部目指すことにしたんです」
「うららちゃん、大学は経営学部なんだね」
「はい。当時は漠然とだったけど、経営者になりたかったんです。志貴くんがまろう堂を出すって言ったときは先にやられたって思ったなぁ」
冗談っぽく悔しそうに顔をしかめて、うららは笑う。
すっかり手が止まっている彼女にグラニュー糖を測るようにお願いすると、沙代子は次にレモンの皮をすりおろした。
そうしてすべての材料がそろうと、沙代子はボウルに入った卵黄を溶きほぐし、その中へ、刻んだローズマリーとレモンの皮を入れて混ぜていく。
「オリーブオイル入れようか」
ローズマリーの芳醇な香りに惹かれるように隣へやってきたうららにそう言うと、彼女はオリーブオイルを少しずつボウルにくわえてくれる。彼女は手際がいい。おばさんをいつもこうやってフォローしてきたのだろう。
「メレンゲに混ぜるときは、こうやってボウルの底から大きくすくいあげてね」
「沙代子さん、すごい。私がやるとなかなかうまく混ざらなくて」
「いつでも練習に付き合うよ」
うららにコツを教えながら作業を進め、メレンゲと合わせた生地を型に流し込む作業を終えると、おばさんが尋ねてくる。
「沙代子さんはお店、やらないの? あなたぐらい腕のいいパティシエなら、すぐにでもやれるわよ」
「……実は、考えてはいたんですけど」
沙代子はおずおずとそう言ってみた。開業の夢を話そうと思ったのは、魔がさしたとしか言いようがないけれど、話してみたくなったのだ。
「そうなの? あっ、それで鶴川に越してきたのね」
合点がいったようにおばさんが一方的に納得するのと同時に、うららが興味津々で身を乗り出す。
「沙代子さん、お店出すの? だから、志貴くんが沙代子さんらしいレシピで作ったらいいって言ってたんだー」
型に入れた生地をオーブンに入れながら、どきりとしてしまう。どういうわけか、おばさんの前で天草さんの話になるのはいまだに慣れない。
「まあ、志貴がそんなことを? 沙代子さんのこと気にかけてるのねぇ」
心底感心するおばさんには、からかうような邪心がまったくない。それでも、沙代子は落ち着かない。
「あ、えぇ、まぁ。気にかけるっていうか……、あっ、私のことはいいんです。そうだ、うららちゃん、さっきの雑誌の話だけど、今でも持ってる?」
「おばあちゃんのケーキが紹介された雑誌のこと?」
「うん、そう。どんなケーキが紹介されてたのか知りたくて」
「なんだったかなぁ、ケーキ。あの雑誌は……」
そう言いかけて、うららは急に渋い表情をする。
「うららちゃん?」
どうしたのだろう。何か嫌なことでも思い出させてしまったのだろうか。
「あっ、なんでもないです」
彼女はあわてて首を振る。
「そういえば、あの雑誌、銀一さんにあげたって言ってなかった?」
「あー、そうでしたそうでした。あげるって言ったら、銀一おじさん、買ってくれたんですよね」
おばさんに言われて、うららは思い出したようだ。
「父の古本屋に売ったの?」
「ま、そういうことになります」
照れるように笑った彼女は、それ以上は聞いてほしくなさそうに、使い終わったボウルと泡立て器をつかむと、そそくさと流し台に向かった。
おばさんも思い出して相づちをうつ。
「高1の冬ですよ。あれがきっかけで、経営学部目指すことにしたんです」
「うららちゃん、大学は経営学部なんだね」
「はい。当時は漠然とだったけど、経営者になりたかったんです。志貴くんがまろう堂を出すって言ったときは先にやられたって思ったなぁ」
冗談っぽく悔しそうに顔をしかめて、うららは笑う。
すっかり手が止まっている彼女にグラニュー糖を測るようにお願いすると、沙代子は次にレモンの皮をすりおろした。
そうしてすべての材料がそろうと、沙代子はボウルに入った卵黄を溶きほぐし、その中へ、刻んだローズマリーとレモンの皮を入れて混ぜていく。
「オリーブオイル入れようか」
ローズマリーの芳醇な香りに惹かれるように隣へやってきたうららにそう言うと、彼女はオリーブオイルを少しずつボウルにくわえてくれる。彼女は手際がいい。おばさんをいつもこうやってフォローしてきたのだろう。
「メレンゲに混ぜるときは、こうやってボウルの底から大きくすくいあげてね」
「沙代子さん、すごい。私がやるとなかなかうまく混ざらなくて」
「いつでも練習に付き合うよ」
うららにコツを教えながら作業を進め、メレンゲと合わせた生地を型に流し込む作業を終えると、おばさんが尋ねてくる。
「沙代子さんはお店、やらないの? あなたぐらい腕のいいパティシエなら、すぐにでもやれるわよ」
「……実は、考えてはいたんですけど」
沙代子はおずおずとそう言ってみた。開業の夢を話そうと思ったのは、魔がさしたとしか言いようがないけれど、話してみたくなったのだ。
「そうなの? あっ、それで鶴川に越してきたのね」
合点がいったようにおばさんが一方的に納得するのと同時に、うららが興味津々で身を乗り出す。
「沙代子さん、お店出すの? だから、志貴くんが沙代子さんらしいレシピで作ったらいいって言ってたんだー」
型に入れた生地をオーブンに入れながら、どきりとしてしまう。どういうわけか、おばさんの前で天草さんの話になるのはいまだに慣れない。
「まあ、志貴がそんなことを? 沙代子さんのこと気にかけてるのねぇ」
心底感心するおばさんには、からかうような邪心がまったくない。それでも、沙代子は落ち着かない。
「あ、えぇ、まぁ。気にかけるっていうか……、あっ、私のことはいいんです。そうだ、うららちゃん、さっきの雑誌の話だけど、今でも持ってる?」
「おばあちゃんのケーキが紹介された雑誌のこと?」
「うん、そう。どんなケーキが紹介されてたのか知りたくて」
「なんだったかなぁ、ケーキ。あの雑誌は……」
そう言いかけて、うららは急に渋い表情をする。
「うららちゃん?」
どうしたのだろう。何か嫌なことでも思い出させてしまったのだろうか。
「あっ、なんでもないです」
彼女はあわてて首を振る。
「そういえば、あの雑誌、銀一さんにあげたって言ってなかった?」
「あー、そうでしたそうでした。あげるって言ったら、銀一おじさん、買ってくれたんですよね」
おばさんに言われて、うららは思い出したようだ。
「父の古本屋に売ったの?」
「ま、そういうことになります」
照れるように笑った彼女は、それ以上は聞いてほしくなさそうに、使い終わったボウルと泡立て器をつかむと、そそくさと流し台に向かった。
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