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第三話 思い出を記憶する月刊誌

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 うららがまろう堂に姿を見せたのは、閉店時間が過ぎようとしている時刻だった。

 彼女は藤井さんの姿を見るなり、少々驚き、全身を眺めるように視線を上下させた。彼女が知る彼は、学生らしさが残る青年なのかもしれないと思う。

「お久しぶりですね。ずいぶん、雰囲気が変わってて驚いちゃった」

 沙代子の想像を裏付けるように、彼女は照れくさそうにそう言う。

「お盆休みでこっちに来ててね。元気そうだね」
「渚さんも。今日は私に何か?」
「ああ、うん。明日なんだけどさ、弟が彼女と一緒に遊園地に行くっていうから、うららも一緒に行かないかなって思ってさ」

 明日とはまた、急なお誘いだ。うららも曇り顔をする。

「海くんたちと?」
「そう。俺、来週にはあっちに戻らないといけないし、次はいつ会えるかわからないからさ」
「あー……、ごめんなさい。明日はアルバイトがあるんです」

 手を合わせて謝る彼女を見て、彼はがっかりと肩を落とす。

「そうだよね。急じゃ困るよな。アルバイトはどこで?」
「実家の近く。農園なので、よかったら、遊びに来てください」
「へえ、農園のバイト? 遊びに行けるなら行くよ。場所、教えてもらえる? っていうか、連絡先が知りたいんだけど、いいかな? 海から連絡してもらうのもどうかなと思うし」
「いいですよー」

 うららはあっさり了承すると、藤井さんと連絡先を交換した。彼は心底あんどした様子を見せると、「明日絶対行くから」と言い残して帰っていった。

「急に呼び出して大丈夫だった?」

 隣に座るうららに尋ねるが、彼女はカウンターの上の雑誌に気づいて、さっとほおを赤らめた。

「これ、みんなで見てたんですかー?」
「ケーキを見てたら、藤井さんが来て、それで」
「あ、ケーキって、おばあちゃんの?」
「うん、そう。それでね、いま、雑誌に載ってたミルクティーを天草さんに作ってもらったの」
「ミルクティーいいなぁ。私も飲みたい」
「作ってくるよ」

 天草さんはそう言って、ふたたびキッチンへ入っていく。

「うららちゃん、さっきのお誘い、断ってよかったの?」

 勝手な想像だが、もしかしたらダブルデートのお誘いだったんじゃないかと沙代子は心配したのだ。

「いいんです。私、海くんが苦手で会いたくないから」

 意外な返事が返ってきた。

「そうなの?」
「優しい渚さんとは全然違って、海くんは空気が読めない嫌なやつなんですよー。海くんのせいで高校生活が台無しになったの、今でも許せなくって」

 穏やかな話じゃない。いつも明るいうららの表情がどこか浮かない。

「何があったの?」
「聞いてくれます? これですよ、これ。この雑誌のせい」

 尋ねていいものか迷ったが、うららは待ってましたとばかりに口を開く。聞いてほしかったみたい。

「雑誌が原因なの?」
「そうです。高校三年のときに、海くんの彼女だったクラスメイトの女の子が、私と海くんのお兄さんが載ってるって雑誌を学校に持ってきたんです」
「話題にしたかったのね」
「そうですよ、面白半分でさらされて。クラスメイトの誰かが、普段の私と全然違うってからかって、恥ずかしくて嫌な思いしたんです。そうしたら海くんが、私の写真見て言ったんです」
「なんて言ったの?」
「……かわいいじゃんって」
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