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第三話 思い出を記憶する月刊誌

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 金曜日、アルバイトを終えると、うららが一度家に戻るというから、カフェで待ち合わせする約束をした沙代子は、帰宅すると着替えを済ませ、ルッカに向かった。

 ルッカは駅前の大通りの目立つ場所にある。観光客も地元の人も訪れるおしゃれなカフェで、満席に近いほど盛況な様子だ。

 約束の時間になっていたが、うららが来る気配はない。先に店内へ入ると、連れがあとから来るからと店員に伝え、窓際の席に腰かけた。

 沙代子はガラス越しにうららの姿を探しつつ、大通りを眺めた。

 お盆の駅前はいつもより賑わっていた。天草農園もまろう堂も、お盆だからといって営業時間を変えるわけではなく、普段通り過ごしているが、世間はいつもと違う様相を見せている。

 大通りの向こう側には、雑居ビルが立ち並んでいる。飲食店や雑貨店など、さまざまなテナントが入るビルの中に、沙代子は『宮寺みやでら内科』を見つけた。

 沙代子がまだ小学生のころ、風邪をひくと通っていた小児科内科だ。そして、パートタイムで働く母の職場でもあった。

 宮寺内科はお盆で休みなのだろう。窓にはロールカーテンがおりていて、ひっそりとしている。

「葵さん」

 唐突に呼ばれて、沙代子は驚いて店内へ顔を向けた。ここにいるはずのない青年を見つけて、ますます驚く。

「天草さん、どうしたの?」
「うららから、来れなくなったから代わりに行ってくれって連絡が来てさ」
「えぇ、そうなの?」

 アルバイト中も、終えて別れるときでも、全然そんな素振りはなかった。急用でもできたのだろうか。

「まろう堂は?」
「閉めてきた」

 あっさりと驚くようなことを言う。

「いいの?」
「意外と、お盆休みはお客さんが来ないからね」
「それにしたって、わざわざよかったのに。あ、座る?」

 連れが来たと思ったのか、店員さんがお水を運んでくるのに気づいて、沙代子は座るように促す。

 天草さんは向かい側に腰をおろすと、メニュー表をテーブルの上に開く。食べていくみたい。

「天草さんはここに来たことあるの?」
「あるよ。銀一さんとよく来てた」
「父とここに?」
「うん。銀一さんがここによくいるって知って、俺も来るようになっただけなんだけどね。そうそう、銀一さんはいつも葵さんが座ってるその席から大通りを眺めてたよ」
「……そう」

 沙代子はふたたび、大通りへと目を向けた。

 父の瞳に映っていた光景を今、自分も目にしている。父が見ていたのは、きっと……。

「葵さん、ここのケーキはショートケーキがおいしいよ。生クリームがとにかくおいしいお店なんだよ」
「そうなの?」

 沙代子は天草さんの指先に目を落とす。彼はおすすめの人気メニューにある、いちごのショートケーキを指さしていた。
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