85 / 101
第四話 『無色の終夜』を君へ
16
しおりを挟む
「神社はこっちよ」
右手を指差し、沙代子が先に人混みを進む。遠くから、太鼓の音が聞こえてくる。練り歩きが始まったようだ。
よく見える場所に行こうと前へ進むが、人の波がゆるゆると動きを止める。これ以上は前に進めないみたい。
「悠馬、すごい人だからお城の方に……」
振り返り、沙代子は「悠馬っ?」と視線をさまよわせる。てっきり後ろからついてきていると思っていたのに、姿が見えない。
あわてて神社に向かって流れてくる人波をかき分けるようにして進むと、さっきまでいた橋のたもとに出る。辺りを見回すが、やっぱり悠馬は見当たらない。
「どこ行っちゃったの……」
つぶやいたとき、ポケットの中でスマートフォンが揺れる。見ると、『先に帰ってる』と、悠馬からメールが入っていた。
「もう、勝手なんだから」
仕方なく、まろう堂の夜店に戻ろうと足を踏み出したとき、割れた人波の中から天草さんが現れた。
「葵さんっ。……あれ? 悠馬くんは?」
「天草さんこそどうしたの?」
「いま、両親が手伝いに来てくれたんだよ。悠馬くんが来てるって話したら、一緒に祭り見てこいって言われてさ」
「悠馬、先に帰っちゃったみたい」
「そっか。さっき、見かけた気がしたんだけど、帰るところだったかな」
「ごめんね。お店に戻ろう」
来た道を戻ろうとする沙代子を引き止めるように彼は言う。
「せっかくだから、見て帰ろう。ここからでも見れるから」
天草さんは橋のたもとにある石柱の側に移動する。
石柱には、『玉音橋』と書かれている。その文字には見覚えがあった。『たまね?』と読んだ沙代子に、父が『たまお』だよと教えてくれたから。
「あ、そっか」
沙代子はつぶやいて、夜空へと視線を向けた。
「何かあった?」
見上げる方をのぞくように顔を寄せてくる天草さんと一緒に、沙代子は次第にこちらへ移動してくる山車へと目を移す。
厳かな光を灯す提灯が無数に並ぶ山車は、笛や太鼓の音色に包まれながら、活気あふれる神輿とともにゆっくりと前進してくる。
「私ね、ここからあの山車を眺めてたの。お父さんに肩車してもらって」
沙代子はてっきり、自分の中にある提灯祭りの記憶は、メインストリートに掲げられた提灯を眺め見上げたときのものだと思い込んでいたが、違うと気づいた。
あれは、父に肩車され、父に寄り添う母と見上げた山車の提灯だったのだ。
「懐かしいなぁ」
目の前に現れる山車は壮大で、周囲からあがる歓声を聞きながら、沙代子は懐かしい過去を思い出す。
同時に、こうした父との記憶は悠馬にはないのだと思う。彼にももちろん、父親代わりのように接してくれた牛込のおじさんとの思い出がたくさんあるだろう。それは沙代子にはないものだ。
だけれど、沙代子にはある色とりどりの銀一との思い出が、悠馬にないのは明白だ。
「数年後……、いや、十数年後にまた、俺たちはこの光景を懐かしんでるかな」
ぽつりとつぶやいた天草さんの声はすぐに太鼓の音にかき消された。それでも沙代子の耳にはしっかりと、優しい言葉として残るのだった。
右手を指差し、沙代子が先に人混みを進む。遠くから、太鼓の音が聞こえてくる。練り歩きが始まったようだ。
よく見える場所に行こうと前へ進むが、人の波がゆるゆると動きを止める。これ以上は前に進めないみたい。
「悠馬、すごい人だからお城の方に……」
振り返り、沙代子は「悠馬っ?」と視線をさまよわせる。てっきり後ろからついてきていると思っていたのに、姿が見えない。
あわてて神社に向かって流れてくる人波をかき分けるようにして進むと、さっきまでいた橋のたもとに出る。辺りを見回すが、やっぱり悠馬は見当たらない。
「どこ行っちゃったの……」
つぶやいたとき、ポケットの中でスマートフォンが揺れる。見ると、『先に帰ってる』と、悠馬からメールが入っていた。
「もう、勝手なんだから」
仕方なく、まろう堂の夜店に戻ろうと足を踏み出したとき、割れた人波の中から天草さんが現れた。
「葵さんっ。……あれ? 悠馬くんは?」
「天草さんこそどうしたの?」
「いま、両親が手伝いに来てくれたんだよ。悠馬くんが来てるって話したら、一緒に祭り見てこいって言われてさ」
「悠馬、先に帰っちゃったみたい」
「そっか。さっき、見かけた気がしたんだけど、帰るところだったかな」
「ごめんね。お店に戻ろう」
来た道を戻ろうとする沙代子を引き止めるように彼は言う。
「せっかくだから、見て帰ろう。ここからでも見れるから」
天草さんは橋のたもとにある石柱の側に移動する。
石柱には、『玉音橋』と書かれている。その文字には見覚えがあった。『たまね?』と読んだ沙代子に、父が『たまお』だよと教えてくれたから。
「あ、そっか」
沙代子はつぶやいて、夜空へと視線を向けた。
「何かあった?」
見上げる方をのぞくように顔を寄せてくる天草さんと一緒に、沙代子は次第にこちらへ移動してくる山車へと目を移す。
厳かな光を灯す提灯が無数に並ぶ山車は、笛や太鼓の音色に包まれながら、活気あふれる神輿とともにゆっくりと前進してくる。
「私ね、ここからあの山車を眺めてたの。お父さんに肩車してもらって」
沙代子はてっきり、自分の中にある提灯祭りの記憶は、メインストリートに掲げられた提灯を眺め見上げたときのものだと思い込んでいたが、違うと気づいた。
あれは、父に肩車され、父に寄り添う母と見上げた山車の提灯だったのだ。
「懐かしいなぁ」
目の前に現れる山車は壮大で、周囲からあがる歓声を聞きながら、沙代子は懐かしい過去を思い出す。
同時に、こうした父との記憶は悠馬にはないのだと思う。彼にももちろん、父親代わりのように接してくれた牛込のおじさんとの思い出がたくさんあるだろう。それは沙代子にはないものだ。
だけれど、沙代子にはある色とりどりの銀一との思い出が、悠馬にないのは明白だ。
「数年後……、いや、十数年後にまた、俺たちはこの光景を懐かしんでるかな」
ぽつりとつぶやいた天草さんの声はすぐに太鼓の音にかき消された。それでも沙代子の耳にはしっかりと、優しい言葉として残るのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる