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最終話 美味しいハーブティーの作り方
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美しく澄んだブルーは、沙代子の目の前で次第に紫へと変化していった。
「天草さんの淹れるマロウブルーは本当に澄んでて綺麗」
マロウブルーは魔法にかけられたかのように、美しく変化していくハーブティー。
ほれぼれとガラスのカップを眺める沙代子に、天草さんがレモンを乗せた小皿を差し出す。
「レモンを垂らすとね、ピンクに変わっていくよ」
「知ってる。空の色の変化になぞらえて、夜明けのハーブティーって呼ばれてるんだよね」
「同じ色は作れないから、奇跡とも言うね」
「本当に神秘的だよね。天草さんにとって、マロウブルーは特別なの?」
沙代子は思い切って尋ねてみた。彼はきっと、詩音さんとの間にあった出来事を彼女から聞いてると思ったから。
しかし、彼は怪訝そうな顔をした。そうして、ため息をつく。
「特別って……、詩音から聞いた?」
彼も詩音さんを呼び捨てするのだ。そんなあたりまえのことに、沙代子はどきりとした。
「えっと、詩音さんから聞いたでしょ?」
射るような眼差しに戸惑いながら尋ねる。
「あれから、詩音と会った?」
意外にも、彼はそう言う。知らなかったのだろうか。
「あの日、詩音さんが追いかけてきたから」
「……そうなんだ。ごめん。彼女さ、電話してくるって出ていったんだ。葵さんを追いかけていったなんて考えもしなかった。でも……、そうだよな。なんで気づかなかったんだろう」
後悔するように息をつく。
「詩音さんね、私に会いたくてまろう堂に来たみたい」
「葵さんに? どうして?」
「なんだろう。私がどんな人か知りたかったのかも」
詩音さんはまっすぐな人のような気がした。対立する気はないと言ったのも真実だろう。
ただ、知りたかっただけだ。天草さんと付き合ってる女の人って、どんな人なんだろうって。それが、葵沙代子だったから複雑な感情を抱いただけで。相手が沙代子でなくても、詩音さんは確かめに来たんじゃないかと思う。
「どうして知る必要がある?」
彼はどうしても納得がいかないという表情をする。
「気になっただけじゃないかな」
「そんなことで会いに来るかな?」
あきれたような口調で、彼は言った。
「葵家の子どもがどうなったのか、みんな知りたいことだったんじゃないかなって思う」
引っ越しをして、沙代子にとって鶴川の出来事は過去になったけど、鶴川に残されたものにとってはそうじゃなかったのだろう。
「いやな思いしてない?」
「私と天草さんが付き合ってるって誤解してたから、私は会えてよかったって思ってるよ。ちゃんと誤解は解いたから」
「誤解なんだ……」
失望したように彼は息をつく。
「だって私たち、付き合ってない」
「……俺たちが付き合ってたって知ってた? ちゃんと話してたら、こんなふうにはならなかった?」
かたくなな態度に眉をひそめた彼は、ちょっとしたすれ違いの積み重ねを後悔するように言うのだ。前向きな返事ができていないのは、全然そういうことじゃないのに。
「気にしないで。迷惑はしてない」
「気にするよ」
「大丈夫だよ。私、大丈夫だって言ったでしょ? 詩音さんが宮寺院長の娘さんだったのは驚いたけど……」
「葵さんが傷つく必要なんて何もないよ。無神経なうわさ話は気にしなくていい」
「うん。気にしてないよ。詩音さんはまだ天草さんが好きだと思うけど、そういうのも気にしてない」
「そんなはずないよ」
彼は迷惑そうだった。いつも穏やかな彼の表情が険しい。それは、沙代子が余計なことを言ったからだ。誰にだって、触れられたくない過去はあるだろう。
「ごめんね。こんな話……いやだよね」
謝ると、天草さんは苦しげに眉を寄せて、まぶたを伏せる。
「葵さんにそんな顔をさせるなら、詩音と付き合うんじゃなかったって思うよ」
美しく澄んだブルーは、沙代子の目の前で次第に紫へと変化していった。
「天草さんの淹れるマロウブルーは本当に澄んでて綺麗」
マロウブルーは魔法にかけられたかのように、美しく変化していくハーブティー。
ほれぼれとガラスのカップを眺める沙代子に、天草さんがレモンを乗せた小皿を差し出す。
「レモンを垂らすとね、ピンクに変わっていくよ」
「知ってる。空の色の変化になぞらえて、夜明けのハーブティーって呼ばれてるんだよね」
「同じ色は作れないから、奇跡とも言うね」
「本当に神秘的だよね。天草さんにとって、マロウブルーは特別なの?」
沙代子は思い切って尋ねてみた。彼はきっと、詩音さんとの間にあった出来事を彼女から聞いてると思ったから。
しかし、彼は怪訝そうな顔をした。そうして、ため息をつく。
「特別って……、詩音から聞いた?」
彼も詩音さんを呼び捨てするのだ。そんなあたりまえのことに、沙代子はどきりとした。
「えっと、詩音さんから聞いたでしょ?」
射るような眼差しに戸惑いながら尋ねる。
「あれから、詩音と会った?」
意外にも、彼はそう言う。知らなかったのだろうか。
「あの日、詩音さんが追いかけてきたから」
「……そうなんだ。ごめん。彼女さ、電話してくるって出ていったんだ。葵さんを追いかけていったなんて考えもしなかった。でも……、そうだよな。なんで気づかなかったんだろう」
後悔するように息をつく。
「詩音さんね、私に会いたくてまろう堂に来たみたい」
「葵さんに? どうして?」
「なんだろう。私がどんな人か知りたかったのかも」
詩音さんはまっすぐな人のような気がした。対立する気はないと言ったのも真実だろう。
ただ、知りたかっただけだ。天草さんと付き合ってる女の人って、どんな人なんだろうって。それが、葵沙代子だったから複雑な感情を抱いただけで。相手が沙代子でなくても、詩音さんは確かめに来たんじゃないかと思う。
「どうして知る必要がある?」
彼はどうしても納得がいかないという表情をする。
「気になっただけじゃないかな」
「そんなことで会いに来るかな?」
あきれたような口調で、彼は言った。
「葵家の子どもがどうなったのか、みんな知りたいことだったんじゃないかなって思う」
引っ越しをして、沙代子にとって鶴川の出来事は過去になったけど、鶴川に残されたものにとってはそうじゃなかったのだろう。
「いやな思いしてない?」
「私と天草さんが付き合ってるって誤解してたから、私は会えてよかったって思ってるよ。ちゃんと誤解は解いたから」
「誤解なんだ……」
失望したように彼は息をつく。
「だって私たち、付き合ってない」
「……俺たちが付き合ってたって知ってた? ちゃんと話してたら、こんなふうにはならなかった?」
かたくなな態度に眉をひそめた彼は、ちょっとしたすれ違いの積み重ねを後悔するように言うのだ。前向きな返事ができていないのは、全然そういうことじゃないのに。
「気にしないで。迷惑はしてない」
「気にするよ」
「大丈夫だよ。私、大丈夫だって言ったでしょ? 詩音さんが宮寺院長の娘さんだったのは驚いたけど……」
「葵さんが傷つく必要なんて何もないよ。無神経なうわさ話は気にしなくていい」
「うん。気にしてないよ。詩音さんはまだ天草さんが好きだと思うけど、そういうのも気にしてない」
「そんなはずないよ」
彼は迷惑そうだった。いつも穏やかな彼の表情が険しい。それは、沙代子が余計なことを言ったからだ。誰にだって、触れられたくない過去はあるだろう。
「ごめんね。こんな話……いやだよね」
謝ると、天草さんは苦しげに眉を寄せて、まぶたを伏せる。
「葵さんにそんな顔をさせるなら、詩音と付き合うんじゃなかったって思うよ」
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