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最終話 美味しいハーブティーの作り方
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志貴はすぐに母へ電話を入れた。祖父母が鶴川の水を飲みたがってるとうそをついたら、翌日には水を送ってくれた。
鶴川の水を使ったハーブティーに、祖父母は顔を見合わせて、全然違う、と声をそろえた。祖母の作るハーブティーの足元にも及ばないが、志貴は満足していた。また来年、沙代子ちゃんに飲んでもらえばいい。それまでにもっともっと練習すればいい。そう思っていた。
その年、母方の祖父が倒れ、引っ越しが決まった。急な話で、友だちが同じ高校に行けると思ってたのにと残念がってくれたときはさみしい気持ちにもなったが、一方で、胸弾む思いもあった。沙代子ちゃんにハーブティーを飲んでもらえる。その思いは強かった。
そして、鶴川を訪れたある日、沙代子ちゃんは銀一さんと浮かない表情で農園に来ていた。いつもカフェにいるのに、その日は祖母と立ち話をしていた。
「そう。引っ越すの。さみしくなるわね」
祖母のそんな言葉だけがはっきりと耳に届いた。
なんだ。沙代子ちゃんも引っ越しちゃうんだ。胸にぽっかりと穴が空いたような気分になった。
それから沙代子ちゃんは母親と一緒に鶴川を去った。
引っ越しの理由は誰も言わないし、聞いたらいけないような雰囲気があって、誰にも聞かなかった。初恋の終わりはあっけなかった。
引っ越しの荷物をまとめるとき、志貴はあの本を見つけた。捨ててしまおうと思ったが、母に見つかるのも嫌で、引っ越しの荷物に入れた。
のちに、銀一さんが古本屋を営んでいると知り、高校生になるとその本を持って、まほろば書房を訪れた。
「おじさん、本買い取ってくれる?」
「どんな本かな?」
「これ」
志貴はリュックから本を取り出す。
「美味しいハーブティーの作り方かぁ。いいのかい? 売って」
「いいから売りたいんだ」
「そうかぁ」
銀一さんはあごひげをなでながら、何やら考え込む。
「だめ?」
「まあ、だめではないけどね、まだ志貴くんは高校生だから。お父さんかお母さんと一緒にまたおいで」
「じゃあ、いいや」
「ご両親に知られたくない本かい?」
どことなく冷やかすような目をして、銀一さんは口もとをゆるめる。
全部見透かしてるんだ、この人は。
そう思って、志貴はぽつりと告白した。
「小学生のときに好きな女の子がいて……。その子に美味しいハーブティーを淹れてあげようと思ったんだ。だけどもう、その子は引っ越して会えないから、この本は必要ないんだ」
「ほう、小学生のときか」
銀一さんはちょっと眉をあげた。きっと気づいただろう。相手は沙代子ちゃんじゃないかと。
「また会えるかもしれないよ?」
「会えないよ。お母さんがこっちにはもう来ないだろうって言ってたから」
「来ないと決まったわけじゃない」
「でも、いいんだ。マロウブルーが二度と同じ色にはならないように、俺は祖母と同じものが作れない」
志貴がぶっきらぼうに本を突き出すと、銀一さんは茶化すような笑みを消して、しっかりと本をつかんだ。
「この本はおじさんが預かっておこう。いつか、必要になったら取りに来なさい」
鶴川の水を使ったハーブティーに、祖父母は顔を見合わせて、全然違う、と声をそろえた。祖母の作るハーブティーの足元にも及ばないが、志貴は満足していた。また来年、沙代子ちゃんに飲んでもらえばいい。それまでにもっともっと練習すればいい。そう思っていた。
その年、母方の祖父が倒れ、引っ越しが決まった。急な話で、友だちが同じ高校に行けると思ってたのにと残念がってくれたときはさみしい気持ちにもなったが、一方で、胸弾む思いもあった。沙代子ちゃんにハーブティーを飲んでもらえる。その思いは強かった。
そして、鶴川を訪れたある日、沙代子ちゃんは銀一さんと浮かない表情で農園に来ていた。いつもカフェにいるのに、その日は祖母と立ち話をしていた。
「そう。引っ越すの。さみしくなるわね」
祖母のそんな言葉だけがはっきりと耳に届いた。
なんだ。沙代子ちゃんも引っ越しちゃうんだ。胸にぽっかりと穴が空いたような気分になった。
それから沙代子ちゃんは母親と一緒に鶴川を去った。
引っ越しの理由は誰も言わないし、聞いたらいけないような雰囲気があって、誰にも聞かなかった。初恋の終わりはあっけなかった。
引っ越しの荷物をまとめるとき、志貴はあの本を見つけた。捨ててしまおうと思ったが、母に見つかるのも嫌で、引っ越しの荷物に入れた。
のちに、銀一さんが古本屋を営んでいると知り、高校生になるとその本を持って、まほろば書房を訪れた。
「おじさん、本買い取ってくれる?」
「どんな本かな?」
「これ」
志貴はリュックから本を取り出す。
「美味しいハーブティーの作り方かぁ。いいのかい? 売って」
「いいから売りたいんだ」
「そうかぁ」
銀一さんはあごひげをなでながら、何やら考え込む。
「だめ?」
「まあ、だめではないけどね、まだ志貴くんは高校生だから。お父さんかお母さんと一緒にまたおいで」
「じゃあ、いいや」
「ご両親に知られたくない本かい?」
どことなく冷やかすような目をして、銀一さんは口もとをゆるめる。
全部見透かしてるんだ、この人は。
そう思って、志貴はぽつりと告白した。
「小学生のときに好きな女の子がいて……。その子に美味しいハーブティーを淹れてあげようと思ったんだ。だけどもう、その子は引っ越して会えないから、この本は必要ないんだ」
「ほう、小学生のときか」
銀一さんはちょっと眉をあげた。きっと気づいただろう。相手は沙代子ちゃんじゃないかと。
「また会えるかもしれないよ?」
「会えないよ。お母さんがこっちにはもう来ないだろうって言ってたから」
「来ないと決まったわけじゃない」
「でも、いいんだ。マロウブルーが二度と同じ色にはならないように、俺は祖母と同じものが作れない」
志貴がぶっきらぼうに本を突き出すと、銀一さんは茶化すような笑みを消して、しっかりと本をつかんだ。
「この本はおじさんが預かっておこう。いつか、必要になったら取りに来なさい」
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