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君を守りたくて

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「理乃は高2の春に母親を病気で亡くしたって。そのあと、祖父母に引き取られて、私のいる高校を探し出して転校してきた。昔にね、理乃が私に嫌がらせしたから、私の母が理乃を嫌ってて。もし、また理乃と私が会うようなことがあれば、すぐに転校しようって話になってた」
「それで、光莉は引っ越したのか……」

 理乃がいなければ、自分たちは別れる必要はなかった。それに拓海も気づいたのか、どことなく悔しそうに唇をかむ。

 彼の記憶にあるのは光莉の顔と名前だけなのに、まるで、当時の恋心まで思い出したかのような表情を見せるのだ。

 今でもまだ間に合う? そう尋ねたくなったけれど、そんな資格はないのだと思い直し、光莉は話を続けた。

「父の会社は海外に支店があるから、海外赴任の希望を出して、その年の冬には転勤が決まったんだ。海外なら理乃がついてこれないからっていう、母の意向が大きかったかな。私たち家族は父についてロサンゼルスに渡って、今でもあっちで暮らしてる。だから、高校以来、私は理乃に会ってない」
「お姉さん……あー、いや、松村と親父さんは、ずっと連絡取ってた?」

 お姉さんと呼んでほしくないと言ったから、拓海は松村と言い直してくれた。

 高校時代の彼も、理乃を松村と呼んでいた。理乃は積極的に拓海に話しかけていたけれど、彼はクラスメイトの一人として彼女に接していただけだった。友だちの美帆だって、理乃が二人で出かけようって声かけてくるのを迷惑がっていた。小学生の頃のようにうまく光莉を孤立させられなくて、理乃は悔しかっただろう。

「はっきりは聞いてないけど、連絡は取ってたと思う。理乃には私以外に兄弟がいないし、いとこもいない。理乃の祖父母にあたる人も、今はみんな亡くなってるから、理乃には父しか頼る人がいなかっただろうし」
「じゃあ、身寄りは……」
「うん。私と父だけ」

 赤村に理乃は天涯孤独だと話した。弱みを見せたのは、本当にさみしかったからじゃないだろうか。

 高校時代、理乃と上手に和解できていたら、今でも彼女は生きていたかもしれない。

 彼女の死は自分の罪でもあるのだろうか。なぜ、理乃は死ななければならなかったのか。光莉はそれを知らなきゃいけない気がした。

「そっか。じゃあ、いくら複雑な事情があるって言っても、光莉もつらいよな。これからどうする?」
「父がこっちに来ないと動けないから……。あっ、今夜泊まるホテル、どうしようかな。父に連絡して……」

 バッグからスマートフォンを取り出そうとすると、拓海に手をそっとつかまれる。

「今日もここに泊まれば?」
「え?」
「親父さんが来てから、どうするか決めたらいいよ」
「あ、うん」

 あまりにも自然に言われたから、思わずうなずいてしまった。

「そう言えば、昨日の男ってなんだったんだろう」

 閉め切られたカーテンの方へ目を向けて、彼はつぶやく。

「あっ、あれはね、理乃の恋人で、赤村さんっていう人。さっき、会ってきた」
「会ってきた?」

 拓海は昨夜の奇行を間近で見ただけに、なんて軽率なんだと言わないばかりにひどく驚いて、目をしばたたかせた。

「理乃の居場所を知ってるか聞きたかったけど、何も知らないみたいだった」
「本当に何も知らなかったのか?」
「知ってたら、昨日、アパートになんか来ないよね」
「まあ、そうか。じゃあ、その赤村ってやつ、松村が亡くなったの、知らないってことだよな」
「全然知らないと思う。警察から父に連絡が入ったのも、ついさっきだと思うし」

 寝耳に水の出来事で、父はあわてているようだった。警察の連絡を受けて、すぐに光莉に電話をかけてきたのだろう。

「……待てよ。松村って、東京湾で見つかったって言ってたよな?」
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