上 下
68 / 75
10年後の約束

16

しおりを挟む
「兄が殺したって言うんですか?」

 光莉を見つめる視線が冷たい。基哉が千華を守ってきたように、彼女もまた、兄を慕い、守ってきたのかもしれない。

「関わってるのは間違いないと思ってます」
「そう思うなら、警察に話せばいいですよね? 話せないのは、やっぱり証拠がないんですよね」
「前にも言いました。理乃を苦しめた犯人は許せないけれど、自首してほしいって思ってます」

 それは、せめてもの願いだった。拓海が悲しむ姿を見るのは最低限にしたかった。罪を償う姿勢を見せてくれたら、何か救われる気持ちもあるんじゃないかと思った。しかし、そんな気持ちは思い上がりだったかもしれない。

「初めて月島さんとシオンに来たときから、兄を疑ってたんですか?」
「それは違います。拓海は純粋にシオンが好きなんです。最初は何も疑ってませんでした。きっかけは、拓海が持っていた、理乃からのプレゼントの腕時計です。あれがなければ、何も疑わなかったのに」
「余計なことをしましたよね?」

 ほんの少し、千華が悲しそうにまばたきをする。

「はい。基哉さんは千華さんを大切に想ってますね。あなたも、基哉さんとお付き合いしてたんですよね?」
「私たちが本当の兄妹じゃないって、知ってるんですね」

 傷ついたような表情をして、千華はそう言う。

「刑事の前山さんから聞きました。心配してましたよ。前山さんのお父さんも、あなたたち兄妹を気がかりに思っていたそうですから」
「確かに、そういうお話は聞いたことがあります。だからなんですね、前山さんがたびたびシオンの前をパトロールしていたのは」
「それでも、相談できませんでしたか?」
「相談?」

 彼女はほんの少し、首をかしげる。親身になってくれる警察官が身近にいたのに、考えたこともなかったのだろうか。

「理乃は千華さんに嫌がらせしたんですよね? 基哉さんと付き合ってるあなたが許せなくて。そうじゃなきゃ、理乃があなたを階段から突き落とすはずがない」

 千華は無意識にか、理乃につかまれたのだろう腕を押さえる。

「どうして警察に言わなかったんですか? 基哉さんに知られたくなかったからですか?」
「……違います」
「違う?」
「理乃さんに突き落とされてなんかいません。自分で落ちたんです」
「じゃあ、どうして理乃をニュースでしか知らないって嘘をついたんですか? 理乃とトラブルがないなら、嘘をつく必要はなかったはずです」
「……こうやって、ないことをさもあるように言われるのが嫌だっただけです」

 違うのだろうか。基哉と千華は交際しておらず、理乃と彼女の間にももめごとはなかった。だったらなぜ、理乃は殺されたのか。

「理乃は9月11日に殺されました。このつかさ公園で」

 光莉はそう切り出す。
しおりを挟む

処理中です...