花まつり

shingorou

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花まつり

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 蒙古が襲来して、日の本中が大騒ぎになっていた頃の話。鎌倉に近いある静かな村に、大きなつづらを背負った90歳に手の届こうかという一人の老僧が、年と旅の疲れのせいか、あるおばあさんの家の前で行き倒れてしまった。親切なおばあさんは、この老僧を手厚く看病してあげた。そのおかげか、老僧は気力を取り戻した。
 カン、カン、カン。
 おばあさんが、老僧のもとへ、お粥をもっていったところ。老僧が何やら、一生懸命に造っていた。
「これは、お坊様。もう起きていてもよろしいのですか。」
 おばあさんが遠慮がちに声をかけると、老僧は言った。
「このたびはお世話になり申した。私は、高円坊と申す。もはや、先の長くない身であるが、何かお礼をしなくてはならないと思い、ひいなを造っているところです。」
 数日後、高円坊は、おばあさんに、若く凛々しいお殿様と、それはそれは美しいお姫様の人形を渡した。
「私は、仏像を彫っておりましたが。手慰みに時々人形も造るのです。こちらのお殿様とお姫様は、私が若い頃お仕えしていた方々に似せて造ったものです。お殿様は、大変ご立派な賢君であられたうえ、一途な愛妻家で、ご正室ただ一人を大切にされ、他の方には一切目を向けられることはなかった。お二人は、誠に仲睦まじくお似合いのご夫婦でした。」
 高円坊の懐かしそうな話しぶりにおばあさんもにこやかな顔で答えた。
「それは、まことによいお話でございますなあ。ところで、お坊様のあの大きなつづらにも、懐かしい方々のお人形が入っているのですか。」
 おばあさんの問いに、高円坊は、苦笑しながら答えた。
「私は、実は、最初は、こちらのお殿様の兄君様にお仕えしていたので、先に、兄君様の人形を造ったのです。兄君様の方も、武勇に優れた大変立派なお殿様であられたのですが、こちらは色好みなお方でしてな。兄君様の人形は、魂をもったかのように、夜な夜な若く美しい娘に不埒なことをしでかそうとするので、13人の若い女人の人形を造ってお側にお仕えさせたところ、やっと大人しくなったのです。再び、悪さをしでかすことがないようにと、兄君と13人の女人の人形は、つづらにお札を貼って封印しているのです。」
 間もなくして、高円坊は、高齢だったこともあってか、ふたたび床に臥した。
「こちらのお殿様とお姫様は、大層花がお好きでした。お殿様は、特に梅の花を好んでいらっしゃいました。どうか、お二人に、美しい季節の花々を欠かさず見せて差し上げてください。」
 そう言って、高円坊は、その年の暮れに、おばあさんの家でそのまま亡くなった。
 おばあさんは、高円坊を手厚く葬った。そして、高円坊の遺言どおり、おばあさんは、お殿様とお姫様の夫婦の人形の前に、梅、桜、桃、藤など、季節の美しい花々を欠かさず飾ってあげた。
 高円坊が亡くなって季節がひとめぐりした、ある上巳の節句の夜のことだった。
 その夜、おばあさんは、酒の瓶の入った蔵の中からガタガタと音がするのに気がついて、泥棒でもやって来たのではないかとビクビクしながら、蔵の中を覗き込んだ。中には誰もいないはずなのに、それでもガタガタという音は止まない。おばあさんが、暗闇の中、あかりをともしながら近づいて行くと、ガタガタと音をさせていた正体は、高円坊が置いていった大きなつづらだった。
 おばあさんが耳を澄ませてみると、なにやらつづらの中から、一人の若い男と、たくさんの若い女人の声がしてくる。
「朝盛の奴め!儂をこのような暗く狭いところに、閉じ込めおってからに!」
「ほほほ。殿は、暗く狭いところでも、このようにお楽しみであられたくせに。」
「それはそうだがな。やはり、こういうことは、日の当たる広い世界で、楽しむべきなのじゃ。」
「まあ、殿ったら。」
 しばらく、おばあさんは、つづらの中の声を聞いていたが。やがて、つづらの中の若い男がおばあさんの方に向かって言った。
「やい、ばあさん。聞こえているんだろう!このつづらのうえに貼ってあるお札を剥いで、いい加減儂らを外に出せ!さもなくば、その身に恐ろしい災いが降りかかるぞ!」
 若い男の声に心底恐怖を覚えたおばあさんは、震えながら、言われるままにつづらのお札を剥いでしまった。
 その瞬間、つづらの中から、若い男と13人の若い女人の人形が、一斉に飛び出してきた。それには、おばあさんも、腰が抜けんばかりに驚いた。
「ああ。窮屈であった。」
 若いお殿様の人形は、大きく背伸びをして、蔵の中にある酒の瓶の方に目をやって、おばあさんに言った。
「よいものがあるではないか。よこせ。」
 そう言って、お殿様と13人の女人の人形は、蔵の中でどんちゃんさわぎを始めた。そのあまりの喧しさにおばあさんは耐えきれなくなったのか、自分の部屋に戻っていった。
 次の日の朝、おばあさんは、自分の部屋で目が覚めた。あれは夢だったのだろうかとおばあさんが首をかしげていたところ。おばあさんのもとに、娘婿がすっ飛んできて言った。
「大変です、お母さん!泥棒が入って、蔵の中がめちゃくちゃになっています!」
 おばあさんが慌てて蔵を確かめたところ。何も盗まれてはいなかったが。高円坊が置いていった大きなつづらから、若いお殿様と13人の女人の人形が出ており、瓶に入った酒が底をついていた。お殿様と13人の女人の人形の顔は、どこか赤らんで見えた。
「儂が、つづらの封印を解いてしまったんじゃ!どうしよう!」
 おばあさんは真っ青になったが、いつまでも暗いところに人形たちをしまっておくのもかわいそうになったのか、お殿様と13人の女人の人形を、弟のお殿様とお姫様夫婦の人形と一緒に飾って、花を見せてあげることにした。
 その日の夜のこと。今度は、人形の飾ってある部屋から声が聞こえてくる。目が覚めたおばあさんは、その様子をそっと覗いていた。
「おう、久しぶりだな、千幡!いや、鎌倉右大臣様か!」
 つづらの中に入っていた方のお殿様が、弟と思われるお殿様に声をかけた。弟のお殿様は、恭しく兄君に頭を下げて挨拶をした。
「これは、兄上。ご無沙汰いたしております。」
 すると、兄君の方は、にたりと笑って、弟君の隣にいたお姫様の方に近づいて行こうとした。
「ほう、そちらが右大臣様の御台所様か。さすが、やんごとなき京の姫君は、坂東の田舎娘とは比べ物にならんわい。」
 兄君のその言葉に、ムッときた弟君は、大切な御台所を守るように抱きしめて、兄君の前に立ちはだかった。
 兄君の言葉には、兄君のお側にいた13人の女人たちも一斉に抗議の声をあげて、部屋の中は一段と騒がしくなった。
 その次の日の朝、おばあさんは、それまでの出来事を娘婿に語った。時の執権北条時宗様の屋敷に下男奉公していたことがあった娘婿は、おばあさんに言った。
「弟のお殿様とお姫様の人形のご夫婦は、鎌倉右大臣源実朝公とその御台所様で、兄君のお殿様は源頼家公ではないでしょうか。その人形を造った高円坊というお坊様は、和田義盛様のお孫様で、和田朝盛様ではありますまいか。」
 それを聞いたおばあさんは、これまで以上に、毎日のようにたくさんの花を飾って、将軍様たちを楽しませてあげることにした。
 やがて、将軍様の人形達を一目見ようと、噂を聞いた人たちがたくさん訪れるようになった。
「弟君の右大臣様は、母君の尼御台様に似て、御台所様一途の愛妻家であられたというのに。どうして、こうも同じ御兄弟で性格がちがうのかなあ。」
「そりゃ、兄君様の女好きは、父君の頼朝公に似たに決まっておるわい。」
「しかし、頼家公は、13人もの美人に囲まれて、なんとも羨ましいもんだわ。」
「13人の美人は誰じゃろうなあ。若狭局様、辻の方様、木曽の方様、美濃局様、三浦の方様、昌寛殿の娘御、強奪した安達景盛様のお妾に舞女の某……。」
 男たちは、頼家公に仕える13人の美人達の名を指折り数えながら考えている。
 その後、実朝公とその御台所のもとには、真面目な者がお参りにくるようになり、お二人は、学業成就や家内円満の御利益の象徴として崇められるようになった。
 一方の頼家公と13人の若い女人達のもとには、遊び好きな者が、商売を繁盛させて財産を築き、たくさんの美女に囲まれるなどの色事の成就をお祈りするようになったという。
 鎌倉の将軍様兄弟とそのゆかりの方々のことを偲んで、人々は長く語り継いでいったとのことだ。

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