薫れ、落花

古都音

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序章

はじまりの声

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『どうか、あなたに聴こえて⋯。』

 頭の中に、透き通った声が響き、ジェネは目を薄く開いた。
 カーテンの隙間から細く差した光が、寝室をほんのりと金色に照らしている。

 夜明けだ。

『あなただけが、最後の希望⋯。』

 ジェネが起き上がると、その声は消えていった。

「⋯だぁれ?」
 か細い声で呼びかけてみる。

 返事がないので、ジェネは藁のベッドからぴょんと降りて、外へ出ようと裏戸へ向かった。
 草鞋わらじに小さな足をねじ込むや、背のびして戸を開ける。

 その瞬間、眩しい光が飛び込んできて、思わず目を瞑った。
 明るさに慣れてきて、恐る恐る目を開くと、ジェネは感嘆の声を漏らした。
 眼下に広がる小さな集落と、その向こうに広がる一望千里いちぼうせんりの草原が、すべて黄金色こがねいろに染まっていた。

 ふと、ジェネは波打つ草原のなかに別のものを見つけた。
 それは、黒かった。
 漆黒と言ってもまだ足りないほどの、闇がそこにあった。

「⋯あなたがはなちかけてくれたの?」

 ジェネは、そこに向かって、おぼつかない足どりで歩き出した。
 
 ようやくそこへ辿り着いた頃には、金色は失せ、空が青くなりかけていた。
「まっくろなおはな⋯?」
 ジェネがつぶやく。それは、確かに花だった。
 ぎょっとするほど光を失った、黒い花⋯。
「あなたのおこえ、きこえたよ」
 ジェネは、その小さな手で花びらを撫でた。
 
 するとその時、不思議なことに〈黒〉が花から抜けはじめた。
 そして、〈黒〉は湯気のようにゆっくりと花から立ちのぼり、やがて虚空へ消えていった。
 そこには、純白の花が在った。
 
 ジェネは、しばらく食い入るようにその様子を見つめていた。
 そして、無邪気に笑った。
 
「くろいろもきれいだけど、しろいろもきれいだね」

 その時、何か声が聞こえた気がして、ジェネは来た方を振り返った。
 すると、こちらに向かってくる、数人の人影が見えてジェネは立ち上がった。
「おんちゃんたちだ。おはなさん、またおしゃべりしてね」
 にこっと花に笑いかけると、ジェネはひょこひょこと駆け戻って行った。

『ありがとう⋯。』

 草の間からジェネが抱き上げられたのが見えた。
 こちらに向かって手を降っている。

 花は風に揺れた。

『やはり⋯あなたは、きっと⋯』
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