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1章 学び舎
2話「ソマラ集落」
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(またあいつ、花を見ている。)
ロゼオンは、木刀を肩に置きながら、横目でジェネを見た。
この地域は、国境に近いせいか、隣国にさらわれる者が後を絶たない。
だから、帰る場所のない子供というのが、少なからずでてきてしまう。
そんな子供たちに、自分の家に泊めて、居場所を与えているのが、グランなのだった。
さらにグランは、子供たちに勉強や護身術を教えて、彼らの独り立ちを後押ししている。
学校は国に一つで、遠くの王都にしかないため、教養を積むために、崖の下の集落から来る子供も多いのだ。
そんな、皆が恩師と崇めるグランに、ジェネだけが無関心だ。
ロゼオンは、八才のときに親を亡くし、この崖上の家に来た。その頃すでに、同い年のジェネは居て、様子も今と、ほとんど変わらなかった。
まったく笑わず、ほとんど誰とも話さず、一日中花を見つめている娘。
一人で何かを喋っていることもよくあって、気味が悪い。
ロゼオンは、ジェネのことが、とても苦手だった。
ジェネの笑顔を初めて見たのは、九才の頃だった。
笑顔といっても、薄く微笑むような、小さな表情の変化だ。
そして、それすら花に対しての笑みだった。
「ロゼオン?」
聴き慣れた優しい声が聞こえ、ロゼオンはジェネから目をはずす。
グランが、いつもの樹の下に腰かけて、ロゼオンに微笑みかけた。
「疲れたか?じゃ、あと一度だけ、さっきの動きを繰り返してみるか。な」
「はい。」
応えるとすぐ、木刀を地面と水平に構えた。
ドッ、と強く踏み込むと、なぎ払うように、木刀を横に振り抜き、その勢いのまま、斜めに振り上げる。
これは、グランが編み出した型のようなものだ。
型には、初心者が力をつけるための型、周りを見ながら戦えるようにするための型など、いくつか種類がある。
ロゼオンが今、行っているのは、連続して速く打ち込む練習だ。
木刀を振るたびに、ひゅっ、と風を切る心地良い音が聞こえる。
架空の敵の動きを想像し、ロゼオンは次々とその敵に、攻撃を叩き込んでいった。
最後に、鋭い突きで空を貫き、すうっと静かに、始めの構えに戻る。
この型は、これで完成だ。
「いつもながら、上出来だよ。しかも昨日より動きがなめらかだった。」
グランが立ち上がって、ロゼオンの肩をぽん、と叩く。
「本当ですか。」
「ああ、おまえには才能がある。きっと、アグルのような、立派な戦士になれるだろう」
アグル⋯?
誰だろう、と記憶を探ったのもつかのま、厳しい目をした、父の姿が、頭に甦った。
(ああ、そうか。先生と父上は、同じ修練場だった旧友⋯だったか。)
ロゼオンは、記憶を掘り起こしながらも、褒められたことで、頭がいっぱいになっていた。
(五年間稽古をつけてもらって、将来のことを初めて言われた。)
『アグルのような、立派な戦士になれるだろう』
思わず頬が緩む。
父アグルは、厳しい人だったが、強くて頼りになるので、軍では武人たちの憧憬の的だったらしい。
ロゼオンも、そんな父を敬慕する者の一人なのだった。
「はい」
自分でも、嬉しさが声に滲み出ているのが分かった。
グランは、微笑んだ。
「そうか」
一瞬、彼の見せたことのない色が、その瞳に動いたような気がした。
(⋯気のせいか。)
「それじゃあ、ロゼオン。悪いんだが、集落に降りて、昼餉を持ってきてくれ」
分かりました、と返事をしようとしたロゼオンを遮るように、グランは続けた。
「ジェネと二人で。」
「は?」
間の抜けた声が出た。
思わず、ジェネを振り返る。
ジェネは、見られていることに、気づいているのかいないのか、小さな花の横にしゃがんだままだ。
またグランに目を戻してみると、面白がっているような笑顔が浮かんでいた。
思わず、小さなため息をつく。
(うすうす感じてはいたが、この先生は⋯)
おれがあいつに惚れてると勘違いしてるな。
「おい」
呼んでも、ジェネは顔をあげなかった。
「昼餉をもらいに行くぞ。」
地面に目を落としたまま、ジェネが言葉を返す。
「私はお昼、入らない」
「お前のじゃない。みんなの分だ。」
ロゼオンは喋りづらそうに言った。必要なこと以外で口を聞いたことのない彼女に、どう接すればよいか、いまいち分からなかった。
ジェネはやっと顔をあげた。
「あなたが行けばいいでしょ」
言葉は投げやりだが、その声は、億劫そうでもなく、呆れてもいなくて、感情がないようだった。
そのとぼけた目を見ていると、不思議と苛立ちはしなかった。
「先生が、おれとお前で行けってさ」
そう言うと、ジェネはいつも眠たそうな目を、一層眠たそうにして、立ち上がった。
先生の言うことは聞くんだな。
ジェネは、先生には無関心だと思っていたが、心の奥では彼を慕っているのかもしれない。
そんなことを考えながら、ロゼオンはジェネの後を追って歩き出した。
ソマラ集落は、東ジタル王国の北西の端の、小さな集落だ。集落が窪地のようになっていて、その周りを崖が囲んでいる。
しかし崖は西に行くにつれ、緩やかに低くなっていき、やがて集落と同じ高度になって、なくなる。その向こうは、広大な草原が広がっている。
例えると、ソファの座面に集落があり、背もたれとアーム部分がつながって、崖になっていると言えば、伝わるだろうか。
そして、その背もたれの上には、グランの家がある。
この家から集落に行くときは、崖の上をまわり、傾斜を下って、行かなければならない。
ふと、ジェネが立ち止まったので、ロゼオンは眉をひそめた。
「どうした」
ジェネが応えないので、彼女の見つめる方を見てみると、やはり、というか、花が咲いていた。
ロゼオンは呆れて眉をあげた。
「おい、行くぞ。」
すると、ジェネは振り返りもせずに言った。
「言っとくけど、花を見ているんじゃないから」
「⋯じゃあ、何を」
思わずきくと、ジェネは首を振って、歩き出した。
「⋯行こう。」
(やっぱり苦手だな、こいつ)
でも、意外と喋るんだな。
そんなことを考えるロゼオンをよそに、ジェネはすたすたと歩いていく。
「何を見てたんだ?」
気がついたら、そう訊いていた。
ジェネは、応えなかった。
帰り道も、訊いた。
すると、ジェネは歩きながらぽつりと、あれだよ、と言った。
見るとそこには、ただ草原が広がっているだけで、何というものは見当たらなかった。
そこから会話はなくなり、弁当箱がぶつかる音だけが聞こえる。
広がるソマラの草原の上で、雲の影がゆったりと動いていた。
ロゼオンは、木刀を肩に置きながら、横目でジェネを見た。
この地域は、国境に近いせいか、隣国にさらわれる者が後を絶たない。
だから、帰る場所のない子供というのが、少なからずでてきてしまう。
そんな子供たちに、自分の家に泊めて、居場所を与えているのが、グランなのだった。
さらにグランは、子供たちに勉強や護身術を教えて、彼らの独り立ちを後押ししている。
学校は国に一つで、遠くの王都にしかないため、教養を積むために、崖の下の集落から来る子供も多いのだ。
そんな、皆が恩師と崇めるグランに、ジェネだけが無関心だ。
ロゼオンは、八才のときに親を亡くし、この崖上の家に来た。その頃すでに、同い年のジェネは居て、様子も今と、ほとんど変わらなかった。
まったく笑わず、ほとんど誰とも話さず、一日中花を見つめている娘。
一人で何かを喋っていることもよくあって、気味が悪い。
ロゼオンは、ジェネのことが、とても苦手だった。
ジェネの笑顔を初めて見たのは、九才の頃だった。
笑顔といっても、薄く微笑むような、小さな表情の変化だ。
そして、それすら花に対しての笑みだった。
「ロゼオン?」
聴き慣れた優しい声が聞こえ、ロゼオンはジェネから目をはずす。
グランが、いつもの樹の下に腰かけて、ロゼオンに微笑みかけた。
「疲れたか?じゃ、あと一度だけ、さっきの動きを繰り返してみるか。な」
「はい。」
応えるとすぐ、木刀を地面と水平に構えた。
ドッ、と強く踏み込むと、なぎ払うように、木刀を横に振り抜き、その勢いのまま、斜めに振り上げる。
これは、グランが編み出した型のようなものだ。
型には、初心者が力をつけるための型、周りを見ながら戦えるようにするための型など、いくつか種類がある。
ロゼオンが今、行っているのは、連続して速く打ち込む練習だ。
木刀を振るたびに、ひゅっ、と風を切る心地良い音が聞こえる。
架空の敵の動きを想像し、ロゼオンは次々とその敵に、攻撃を叩き込んでいった。
最後に、鋭い突きで空を貫き、すうっと静かに、始めの構えに戻る。
この型は、これで完成だ。
「いつもながら、上出来だよ。しかも昨日より動きがなめらかだった。」
グランが立ち上がって、ロゼオンの肩をぽん、と叩く。
「本当ですか。」
「ああ、おまえには才能がある。きっと、アグルのような、立派な戦士になれるだろう」
アグル⋯?
誰だろう、と記憶を探ったのもつかのま、厳しい目をした、父の姿が、頭に甦った。
(ああ、そうか。先生と父上は、同じ修練場だった旧友⋯だったか。)
ロゼオンは、記憶を掘り起こしながらも、褒められたことで、頭がいっぱいになっていた。
(五年間稽古をつけてもらって、将来のことを初めて言われた。)
『アグルのような、立派な戦士になれるだろう』
思わず頬が緩む。
父アグルは、厳しい人だったが、強くて頼りになるので、軍では武人たちの憧憬の的だったらしい。
ロゼオンも、そんな父を敬慕する者の一人なのだった。
「はい」
自分でも、嬉しさが声に滲み出ているのが分かった。
グランは、微笑んだ。
「そうか」
一瞬、彼の見せたことのない色が、その瞳に動いたような気がした。
(⋯気のせいか。)
「それじゃあ、ロゼオン。悪いんだが、集落に降りて、昼餉を持ってきてくれ」
分かりました、と返事をしようとしたロゼオンを遮るように、グランは続けた。
「ジェネと二人で。」
「は?」
間の抜けた声が出た。
思わず、ジェネを振り返る。
ジェネは、見られていることに、気づいているのかいないのか、小さな花の横にしゃがんだままだ。
またグランに目を戻してみると、面白がっているような笑顔が浮かんでいた。
思わず、小さなため息をつく。
(うすうす感じてはいたが、この先生は⋯)
おれがあいつに惚れてると勘違いしてるな。
「おい」
呼んでも、ジェネは顔をあげなかった。
「昼餉をもらいに行くぞ。」
地面に目を落としたまま、ジェネが言葉を返す。
「私はお昼、入らない」
「お前のじゃない。みんなの分だ。」
ロゼオンは喋りづらそうに言った。必要なこと以外で口を聞いたことのない彼女に、どう接すればよいか、いまいち分からなかった。
ジェネはやっと顔をあげた。
「あなたが行けばいいでしょ」
言葉は投げやりだが、その声は、億劫そうでもなく、呆れてもいなくて、感情がないようだった。
そのとぼけた目を見ていると、不思議と苛立ちはしなかった。
「先生が、おれとお前で行けってさ」
そう言うと、ジェネはいつも眠たそうな目を、一層眠たそうにして、立ち上がった。
先生の言うことは聞くんだな。
ジェネは、先生には無関心だと思っていたが、心の奥では彼を慕っているのかもしれない。
そんなことを考えながら、ロゼオンはジェネの後を追って歩き出した。
ソマラ集落は、東ジタル王国の北西の端の、小さな集落だ。集落が窪地のようになっていて、その周りを崖が囲んでいる。
しかし崖は西に行くにつれ、緩やかに低くなっていき、やがて集落と同じ高度になって、なくなる。その向こうは、広大な草原が広がっている。
例えると、ソファの座面に集落があり、背もたれとアーム部分がつながって、崖になっていると言えば、伝わるだろうか。
そして、その背もたれの上には、グランの家がある。
この家から集落に行くときは、崖の上をまわり、傾斜を下って、行かなければならない。
ふと、ジェネが立ち止まったので、ロゼオンは眉をひそめた。
「どうした」
ジェネが応えないので、彼女の見つめる方を見てみると、やはり、というか、花が咲いていた。
ロゼオンは呆れて眉をあげた。
「おい、行くぞ。」
すると、ジェネは振り返りもせずに言った。
「言っとくけど、花を見ているんじゃないから」
「⋯じゃあ、何を」
思わずきくと、ジェネは首を振って、歩き出した。
「⋯行こう。」
(やっぱり苦手だな、こいつ)
でも、意外と喋るんだな。
そんなことを考えるロゼオンをよそに、ジェネはすたすたと歩いていく。
「何を見てたんだ?」
気がついたら、そう訊いていた。
ジェネは、応えなかった。
帰り道も、訊いた。
すると、ジェネは歩きながらぽつりと、あれだよ、と言った。
見るとそこには、ただ草原が広がっているだけで、何というものは見当たらなかった。
そこから会話はなくなり、弁当箱がぶつかる音だけが聞こえる。
広がるソマラの草原の上で、雲の影がゆったりと動いていた。
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