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決意
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チャポン…ジャブ、ジャブ
アリスは湯舟に小さな波を立てながら、真っ直ぐソラの元へと歩み寄ると、その隣に身体をうずめた。
ソラの姿を眺めているとふいに、今日、起きた色々な出来事が頭の中に思い浮かんでくる。
ソラの母親の事、その母親の新しい男、馴れ馴れしい男の事…そして、在りえないような事件。自分と同じ人間の血
…しかし、思い起こされるのは嫌な事ばかりだった。
アリスは笑顔でいることが、だんだんと出来なくなってくる。
『……。』
先ほどまでとはうって変わり、俯(うつむ)いて元気のまるで無いアリス。横目で見ていて心配になったソラは寄りかかっていた上半身を起こし、声をかける。
『アリス…どうかした?』
その言葉に反応し、アリスはゆっくりと頭をあげるとソラの方へ視線を向け口を開く。
『…なんか、今日、あったいろんなこと思い出して…いやなことばっか』
『…そっか、確かにいろいろあったね、今日は…』
『…はい』
『う~ん』
ソラは再び、湯舟に身を任せながら後ろに寄りかかると、今日あった出来事を思いおこすべく、ゆっくりと目を閉じてゆく。そして、同じようにゆっくりと目をあけ、アリスの方を向くと言った。
『…でも、私はやなことばかりじゃなかった』
『…えっ』
アリスは、ソラの目をみつめたまま言葉の続きを待った。
『…イフ、ジェネのことはあまり気分のいいものじゃないし、親のことも確かにショックだった…でもさ、なくしていた大切なものを取り戻すことができた気がするんだ』
『大切なもの…?』
『そう、大切なもの…う~ん、具体的には説明できないけど、アリス、あんたのおかげということは確かかな』
ソラはアリスに笑顔を向ける。
『…わたし、なんもしてないですけど』
『そんなことないって…』
ソラは、徐々に意識が朦朧としてくるのを感じた。
『…うぅ、なんかちょっとのぼせてきたかも…ごめんアリス、先にあがってる』
ソラの体が湯舟から徐々に抜け出し、あらわになってゆく。
アリスはその様子をごく自然に眺めていた。
『…ソラさんスタイルいいな』
『へっ?…』
かあぁぁ
アリスの口から自然と出た言葉に、ソラは不意打ちをうけ顔を赤くしてゆく。
『なっ、なんだよきゅうにっ、変な事いうなよ、はずかしいじゃんっ』
恥ずかしがってるソラをよそに、アリスはタオル越しの自分の胸とソラの胸を交互に見比べる。
『…はぁ…いいなぁ…どうやったらそんなにでっかくなるんですか?』
『し、しらないってそんなのっ…ったく、あがるからね。アリスものぼせない程度にしなよっ』
そう言うとソラは顔を赤らめたまま、脱衣所の方へと足早で進んでいき、充満している湯気の中へとその姿を消した。
ソラの後ろ姿を見送ったアリスは、ゆっくりと湯に身を任せるように背もたれに寄りかかる。再度、自分の胸に視線を向けると小さなため息をついた。
『はぁ…ヨルコとかどうやって大きくしたんだろな…私はなんでないのよ…ふぅ、かんがえてもわかんないし…まぁ、なるようにしかならないよね
…それにっ!、ちっちゃくてかわいいじゃん!アリスのおっぱいっ!!…はぁ、むなしっやめっ』
(…でも、ソラさんがげんきになったからよかった…アリス、ちょっとでもちからになれたのかな…)
『…ふぅ…それにしても…いいきもち…あぁ』
アリスは目を閉じ首を後ろに傾けた。
―それから五分くらいたち―
『うぅ…そろそろ、あがろっ』
バシャッ
『…っとお』
急に立ち上がったせいか、アリスはたちくらみに襲われる。
ふらふらと湯の中を歩き、脱衣所へと到着する。
ガララッ
スライド式の戸をあけ、乾燥機にかけてある自分の服を取りに向かう。
『あっ、これ、アリスのふくだ』
アリスは乾燥機の側の台にきちんと折りたたんである自分の服をみつける。
『…ソラさんがやってくれたんだ…やさし』
アリスはいちばん最初に着用しなくてはならない下着をかごの中からあさる。
(…うぅ…したぎもたたんでくれたってことだよね、はずかしっ)
アリスは体を拭き、ちゃっちゃと着替えをおえて髪をドライヤーである程度乾かすと、これもまたソラが用意してくれたであろう、小さめのタオルで髪の毛の残りの水分をとりながら脱衣所を後にした。
それからすぐ隣のリビングで、アリスはソラの後ろ姿をみつけると、人懐っこい笑みをうかべながら歩み寄る。
しかし、ソラは下を向いたまま、小さく体を震わせている。
『…ソラさん?』
アリスは声のトーンをさげ、遠慮がちに声をかけるとソラの視線の先、何か紙切れのようなものに目をむける。
― 二十二の刻、お前の母親を殺す…それがお前の望みだろう。
興味があるなら来るがいい 秦鷹 ―
(…うわっ、これって)
『ソ、ソラさんっ!!」
アリスは勢い良くソラの顔見ると、焦り気味に名前を叫ぶ。
『…アリス、上がったんだ』
ソラは静かな声でつぶやいた。
『は、はいっ、とても気持ちよかったですっ…てちがっ、ソラさんこの手紙は!?』
『ん…あぁ、そこ、足元にきをつけなよ。矢がおちてるから』
感情を殺したような口調でソラが言う。その顔には先ほどまでの笑顔はなかった。
『えっ!?』
アリスは、自分の足の付近を見回す。
『…ほんとだ』
アリスはかがみこみ矢を手に取ると、まじまじと全体を眺め、鋭い矢の先端を見た。
『…アリス、いま何時かわかる?』
ソラは、アリスの方を向かず無表情のまま声をかける。
『あっ、は、はい、携帯見れば』
ソラから感じる、見えない圧力のような何かに押され、アリスはあたふたと二つおりの携帯電話をひらく。
『えと、九時二十分です』
『そう…今から行けば間に合うね』
『 !! 』
力の抜けたようなソラの言葉に、アリスは自分の背中に悪寒が走るのを感じた。
『ソラさん…まさか!?』
『…なに?』
(…まさかほんとに、ソラさんのママが死ぬのを見に行く気なの…ううん、ぜったいちがうっ。ソラさんはそんな人じゃないっ、きっと助けに行くんだ)
『…アリス、どうかした?』
『ソラさんっ、アリスもソラさんのママたすけるの手伝うっ』
『!!…アリス、なんでっ』
ソラは、心底驚いた表情をアリスに向けるが、すぐに悲しさを感じさせる真剣な眼差し(まなざし)に変わる。
『…ありがとう、アリス…でも、それはできない…秦鷹…イフ、ジェネだと思うんだけど、あいつらは本物の刀を持ってるんだ…正直、自分で言ってても違和感バリバリなきがするけど…命の保障はない
…アリスには家族、大事にしてくれるパパ、ママがいるじゃん…その人たちから、アリスを奪うなんてできないっしょ』
『…ソラさん』
アリスは悲しそうな表情でつぶやく。
『ほ、ほらっ…私の場合、そんな家族なんていないし…悲しむ奴もいない…じゃんっ』
無理に笑顔をつくり、言葉の語尾を上げるソラの目には涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうになっていた。
『…いるよ』
『え…』
『アリスがいる…コウだって、ヨルコだってきっと泣くよっ、みんな、ソラさんのこと大好だもんっ』
『…アリスぅ…うぅ…ありが…と…う』
ソラの頬を大粒の涙がつたって落ちる。
『ソラさん、いそごっ』
『うんっ』
笑顔のアリスに、ソラも笑顔で応える…つかの間の幸せ。二人の瞳はすでに明日を見据え輝いていた。
嫌な思い渦巻く、自宅に向け無言で、ただ闇雲に走り続けるソラ、何とかその後に続くアリスの二人の少女。
何故そうするのか、お互い正しい答えを出せぬまま、目的地であるソラの家が二人の視界に映り込む。
(…あれは!!)
『やめろおぉぉぉー!!』
ソラの大きな怒声に、少女達がゆっくりと振り返る。小さな手には、月明かりに反射し、怪しい光を放つ刀を持っている。イフ(秦)、ジェネ(鷹)だった。
『…なぜ止める?これはお前が望んでいた事のはずだ』
ゆっくりと振り返った秦は、かも当たり前のようにソラを見据え、言葉を投げかける。
『…確かにあんたの言う通りかも知れない…心のどこかでそれを望んでいる私がいるのかもしれない』
『…ソラ』
ソラの母親は、自分の今までしてきた事の罪悪感を感じたのだろう、下を向いたままただ、一言名前を呟く事しかできなかった。
『…そうだろう、ならば…』
『…でもさ』
秦の言葉を遮るようにソラは静かに言葉を続けた。
『…でも、お母さんが生んでくれなければ、私はアリスのようないい奴と知り合うこともなかったんだ』
ソラは目の前のイフ(秦)、ジェネ(鷹)から視線をはずすと母親にできる限りの笑顔を向けた。
『ありがとう、お母さん』
『ソラ…』
ソラの母親は涙を溜めながら顔をゆっくりあげ、娘の顔を恐る恐る見た。ソラの寂く、優しげな笑顔にソラの母親の頬を涙が伝う。
何か言わなくてはならないと、口を開こうとするソラの母親だが、
『もう…何もいわないでっ、こいつ等を何とかしたらもう二度とあんたの前に姿を現さないよっ』
そんなソラの必死な否定の言葉によって遮られ、ソラの母親はその場に泣き崩れるしかなかった。
ソラは母親への未練を断ち切るように視線をイフ(秦)達に戻すと、鋭い眼光で睨み付ける。
『…口で言うのは簡単だ…だが、果たして本当に自分の命を犠牲にしてまでそいつを守れるのか?憎いそいつをっ』
イフ(秦)は最後の確認をするように、死刑宣告をするかのよう、ソラに問う。
『……。』
無言のソラ。しかし、目に迷いはない。
『…そうか、わかった。覚悟はいいなっ、いくぞっ!!』
イフ(秦)は素早く刀を構えると一気にソラとの間合いをつめ、殺意のこもったそれを振り下ろす。喧嘩の経験が多少あるとはいえ、実戦経験のないソラがそれに反応できる筈もない。
『くっ』
カアアァァァッッ
『ぐっ、なにぃっ』
神々しい金色の光がイフ(秦)の前に広がる。
カキイイィィィンッ
『…これって』
ソラは広がり続ける光の中で、首から提げていたペンダントを無意識に目の前にかざしていたことに気づく。
《…ソラ、よく、頑張りましたね…》
『…えっ…?』
ソラは優しげな女性の声に導かれるように天を見上げる。
《私はあなた方、人間で言う神という存在…》
『ええぇぇぇっ!?』
あまりの出来事にソラは大きな驚きを覚え、それが声となってあふれ出る。
《驚くのも無理はありません…》
『え…あの』
ソラはあまりの現実離れした出来事に開いた口がふさがらないといった感じで天を見上げ続けていた。そんな様子のソラを、再び神の声が包み込む。
《…ソラ…あなたはどうしたいのですか?》
『…どうしたい…?』
(…死にたくない…違う…私は…どうしたいんだろう…お母さん…アリス…イフ、ジェネ…)
ソラの意識が徐々にもどっていき、今の状況が脳裏によみがえり昂ぶる気持ちが力強い言葉となる。
『私…守りたいんだ…アリスを、そしてお母さんを…イフとジェネをっ…理由なんてない…ただ守りたいっ!!』
それがソラの本当の気持ちだった。力強さ、優しさを感じずにはいられない言葉。
《その気持ち…わかりました。あなたのその強い心を信じて宝具の封印を解きましょう》
『えっ…』
《あなたが手にもっているペンダントのことです。それは私の存在する天上界の神器…》
『…天上界の…神器?』
《それは、その人間の心の強さを武器にかえる…そう、あなたの強い心ならとても強力な武器となるでしょう》
3
『…すごい』
《…秦、鷹》
『…えっ』
ソラは手紙に書いてあった名前を思い出し、その言葉に反応する。
《…目の前のイフ、ジェネらの体を支配している者たちの名前です…親に殺(あや)められ、この世を去った可哀想な兄弟』
ソラは神の心が泣いているのを感じ取った。
『そう…だったんだ…可哀想だね』
《そうですね…ですが、このままにしておけば罪のない犠牲者が増えるばかり…それはなんとしても避けなければなりません…》
『…うん』
《…ソラ…お願いがあります》
『…えっ?』
果たしてこの世の中に神から頼まれごとをされる人間はいない。
《…あの子らを救い出してほしいのです。怨念という呪縛から…。無理なお願いとはわかっています。ですが、
我々天界の者達は本来であれば、下界に関与してはならないのです。今、こうして時間を一時的に止め、あなたと話しているのも私が独断でやっていること》
『…なんでそこまで…ううん、私には関係ないか…わかった、頑張ってみるよっ』
《…えっ?》
ソラのそんな言葉に今度は神が驚く番だった。
『…でっ、具体的にはどうすればいい?』
《えっ?…あ、じ、神器を使って、あ、あなたに秦鷹を説得していただきたいのです。あなたのその強い思いで》
驚きをごまかすように神は威厳に満ちた声でたんたんと話を続ける。
アリスは湯舟に小さな波を立てながら、真っ直ぐソラの元へと歩み寄ると、その隣に身体をうずめた。
ソラの姿を眺めているとふいに、今日、起きた色々な出来事が頭の中に思い浮かんでくる。
ソラの母親の事、その母親の新しい男、馴れ馴れしい男の事…そして、在りえないような事件。自分と同じ人間の血
…しかし、思い起こされるのは嫌な事ばかりだった。
アリスは笑顔でいることが、だんだんと出来なくなってくる。
『……。』
先ほどまでとはうって変わり、俯(うつむ)いて元気のまるで無いアリス。横目で見ていて心配になったソラは寄りかかっていた上半身を起こし、声をかける。
『アリス…どうかした?』
その言葉に反応し、アリスはゆっくりと頭をあげるとソラの方へ視線を向け口を開く。
『…なんか、今日、あったいろんなこと思い出して…いやなことばっか』
『…そっか、確かにいろいろあったね、今日は…』
『…はい』
『う~ん』
ソラは再び、湯舟に身を任せながら後ろに寄りかかると、今日あった出来事を思いおこすべく、ゆっくりと目を閉じてゆく。そして、同じようにゆっくりと目をあけ、アリスの方を向くと言った。
『…でも、私はやなことばかりじゃなかった』
『…えっ』
アリスは、ソラの目をみつめたまま言葉の続きを待った。
『…イフ、ジェネのことはあまり気分のいいものじゃないし、親のことも確かにショックだった…でもさ、なくしていた大切なものを取り戻すことができた気がするんだ』
『大切なもの…?』
『そう、大切なもの…う~ん、具体的には説明できないけど、アリス、あんたのおかげということは確かかな』
ソラはアリスに笑顔を向ける。
『…わたし、なんもしてないですけど』
『そんなことないって…』
ソラは、徐々に意識が朦朧としてくるのを感じた。
『…うぅ、なんかちょっとのぼせてきたかも…ごめんアリス、先にあがってる』
ソラの体が湯舟から徐々に抜け出し、あらわになってゆく。
アリスはその様子をごく自然に眺めていた。
『…ソラさんスタイルいいな』
『へっ?…』
かあぁぁ
アリスの口から自然と出た言葉に、ソラは不意打ちをうけ顔を赤くしてゆく。
『なっ、なんだよきゅうにっ、変な事いうなよ、はずかしいじゃんっ』
恥ずかしがってるソラをよそに、アリスはタオル越しの自分の胸とソラの胸を交互に見比べる。
『…はぁ…いいなぁ…どうやったらそんなにでっかくなるんですか?』
『し、しらないってそんなのっ…ったく、あがるからね。アリスものぼせない程度にしなよっ』
そう言うとソラは顔を赤らめたまま、脱衣所の方へと足早で進んでいき、充満している湯気の中へとその姿を消した。
ソラの後ろ姿を見送ったアリスは、ゆっくりと湯に身を任せるように背もたれに寄りかかる。再度、自分の胸に視線を向けると小さなため息をついた。
『はぁ…ヨルコとかどうやって大きくしたんだろな…私はなんでないのよ…ふぅ、かんがえてもわかんないし…まぁ、なるようにしかならないよね
…それにっ!、ちっちゃくてかわいいじゃん!アリスのおっぱいっ!!…はぁ、むなしっやめっ』
(…でも、ソラさんがげんきになったからよかった…アリス、ちょっとでもちからになれたのかな…)
『…ふぅ…それにしても…いいきもち…あぁ』
アリスは目を閉じ首を後ろに傾けた。
―それから五分くらいたち―
『うぅ…そろそろ、あがろっ』
バシャッ
『…っとお』
急に立ち上がったせいか、アリスはたちくらみに襲われる。
ふらふらと湯の中を歩き、脱衣所へと到着する。
ガララッ
スライド式の戸をあけ、乾燥機にかけてある自分の服を取りに向かう。
『あっ、これ、アリスのふくだ』
アリスは乾燥機の側の台にきちんと折りたたんである自分の服をみつける。
『…ソラさんがやってくれたんだ…やさし』
アリスはいちばん最初に着用しなくてはならない下着をかごの中からあさる。
(…うぅ…したぎもたたんでくれたってことだよね、はずかしっ)
アリスは体を拭き、ちゃっちゃと着替えをおえて髪をドライヤーである程度乾かすと、これもまたソラが用意してくれたであろう、小さめのタオルで髪の毛の残りの水分をとりながら脱衣所を後にした。
それからすぐ隣のリビングで、アリスはソラの後ろ姿をみつけると、人懐っこい笑みをうかべながら歩み寄る。
しかし、ソラは下を向いたまま、小さく体を震わせている。
『…ソラさん?』
アリスは声のトーンをさげ、遠慮がちに声をかけるとソラの視線の先、何か紙切れのようなものに目をむける。
― 二十二の刻、お前の母親を殺す…それがお前の望みだろう。
興味があるなら来るがいい 秦鷹 ―
(…うわっ、これって)
『ソ、ソラさんっ!!」
アリスは勢い良くソラの顔見ると、焦り気味に名前を叫ぶ。
『…アリス、上がったんだ』
ソラは静かな声でつぶやいた。
『は、はいっ、とても気持ちよかったですっ…てちがっ、ソラさんこの手紙は!?』
『ん…あぁ、そこ、足元にきをつけなよ。矢がおちてるから』
感情を殺したような口調でソラが言う。その顔には先ほどまでの笑顔はなかった。
『えっ!?』
アリスは、自分の足の付近を見回す。
『…ほんとだ』
アリスはかがみこみ矢を手に取ると、まじまじと全体を眺め、鋭い矢の先端を見た。
『…アリス、いま何時かわかる?』
ソラは、アリスの方を向かず無表情のまま声をかける。
『あっ、は、はい、携帯見れば』
ソラから感じる、見えない圧力のような何かに押され、アリスはあたふたと二つおりの携帯電話をひらく。
『えと、九時二十分です』
『そう…今から行けば間に合うね』
『 !! 』
力の抜けたようなソラの言葉に、アリスは自分の背中に悪寒が走るのを感じた。
『ソラさん…まさか!?』
『…なに?』
(…まさかほんとに、ソラさんのママが死ぬのを見に行く気なの…ううん、ぜったいちがうっ。ソラさんはそんな人じゃないっ、きっと助けに行くんだ)
『…アリス、どうかした?』
『ソラさんっ、アリスもソラさんのママたすけるの手伝うっ』
『!!…アリス、なんでっ』
ソラは、心底驚いた表情をアリスに向けるが、すぐに悲しさを感じさせる真剣な眼差し(まなざし)に変わる。
『…ありがとう、アリス…でも、それはできない…秦鷹…イフ、ジェネだと思うんだけど、あいつらは本物の刀を持ってるんだ…正直、自分で言ってても違和感バリバリなきがするけど…命の保障はない
…アリスには家族、大事にしてくれるパパ、ママがいるじゃん…その人たちから、アリスを奪うなんてできないっしょ』
『…ソラさん』
アリスは悲しそうな表情でつぶやく。
『ほ、ほらっ…私の場合、そんな家族なんていないし…悲しむ奴もいない…じゃんっ』
無理に笑顔をつくり、言葉の語尾を上げるソラの目には涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうになっていた。
『…いるよ』
『え…』
『アリスがいる…コウだって、ヨルコだってきっと泣くよっ、みんな、ソラさんのこと大好だもんっ』
『…アリスぅ…うぅ…ありが…と…う』
ソラの頬を大粒の涙がつたって落ちる。
『ソラさん、いそごっ』
『うんっ』
笑顔のアリスに、ソラも笑顔で応える…つかの間の幸せ。二人の瞳はすでに明日を見据え輝いていた。
嫌な思い渦巻く、自宅に向け無言で、ただ闇雲に走り続けるソラ、何とかその後に続くアリスの二人の少女。
何故そうするのか、お互い正しい答えを出せぬまま、目的地であるソラの家が二人の視界に映り込む。
(…あれは!!)
『やめろおぉぉぉー!!』
ソラの大きな怒声に、少女達がゆっくりと振り返る。小さな手には、月明かりに反射し、怪しい光を放つ刀を持っている。イフ(秦)、ジェネ(鷹)だった。
『…なぜ止める?これはお前が望んでいた事のはずだ』
ゆっくりと振り返った秦は、かも当たり前のようにソラを見据え、言葉を投げかける。
『…確かにあんたの言う通りかも知れない…心のどこかでそれを望んでいる私がいるのかもしれない』
『…ソラ』
ソラの母親は、自分の今までしてきた事の罪悪感を感じたのだろう、下を向いたままただ、一言名前を呟く事しかできなかった。
『…そうだろう、ならば…』
『…でもさ』
秦の言葉を遮るようにソラは静かに言葉を続けた。
『…でも、お母さんが生んでくれなければ、私はアリスのようないい奴と知り合うこともなかったんだ』
ソラは目の前のイフ(秦)、ジェネ(鷹)から視線をはずすと母親にできる限りの笑顔を向けた。
『ありがとう、お母さん』
『ソラ…』
ソラの母親は涙を溜めながら顔をゆっくりあげ、娘の顔を恐る恐る見た。ソラの寂く、優しげな笑顔にソラの母親の頬を涙が伝う。
何か言わなくてはならないと、口を開こうとするソラの母親だが、
『もう…何もいわないでっ、こいつ等を何とかしたらもう二度とあんたの前に姿を現さないよっ』
そんなソラの必死な否定の言葉によって遮られ、ソラの母親はその場に泣き崩れるしかなかった。
ソラは母親への未練を断ち切るように視線をイフ(秦)達に戻すと、鋭い眼光で睨み付ける。
『…口で言うのは簡単だ…だが、果たして本当に自分の命を犠牲にしてまでそいつを守れるのか?憎いそいつをっ』
イフ(秦)は最後の確認をするように、死刑宣告をするかのよう、ソラに問う。
『……。』
無言のソラ。しかし、目に迷いはない。
『…そうか、わかった。覚悟はいいなっ、いくぞっ!!』
イフ(秦)は素早く刀を構えると一気にソラとの間合いをつめ、殺意のこもったそれを振り下ろす。喧嘩の経験が多少あるとはいえ、実戦経験のないソラがそれに反応できる筈もない。
『くっ』
カアアァァァッッ
『ぐっ、なにぃっ』
神々しい金色の光がイフ(秦)の前に広がる。
カキイイィィィンッ
『…これって』
ソラは広がり続ける光の中で、首から提げていたペンダントを無意識に目の前にかざしていたことに気づく。
《…ソラ、よく、頑張りましたね…》
『…えっ…?』
ソラは優しげな女性の声に導かれるように天を見上げる。
《私はあなた方、人間で言う神という存在…》
『ええぇぇぇっ!?』
あまりの出来事にソラは大きな驚きを覚え、それが声となってあふれ出る。
《驚くのも無理はありません…》
『え…あの』
ソラはあまりの現実離れした出来事に開いた口がふさがらないといった感じで天を見上げ続けていた。そんな様子のソラを、再び神の声が包み込む。
《…ソラ…あなたはどうしたいのですか?》
『…どうしたい…?』
(…死にたくない…違う…私は…どうしたいんだろう…お母さん…アリス…イフ、ジェネ…)
ソラの意識が徐々にもどっていき、今の状況が脳裏によみがえり昂ぶる気持ちが力強い言葉となる。
『私…守りたいんだ…アリスを、そしてお母さんを…イフとジェネをっ…理由なんてない…ただ守りたいっ!!』
それがソラの本当の気持ちだった。力強さ、優しさを感じずにはいられない言葉。
《その気持ち…わかりました。あなたのその強い心を信じて宝具の封印を解きましょう》
『えっ…』
《あなたが手にもっているペンダントのことです。それは私の存在する天上界の神器…》
『…天上界の…神器?』
《それは、その人間の心の強さを武器にかえる…そう、あなたの強い心ならとても強力な武器となるでしょう》
3
『…すごい』
《…秦、鷹》
『…えっ』
ソラは手紙に書いてあった名前を思い出し、その言葉に反応する。
《…目の前のイフ、ジェネらの体を支配している者たちの名前です…親に殺(あや)められ、この世を去った可哀想な兄弟』
ソラは神の心が泣いているのを感じ取った。
『そう…だったんだ…可哀想だね』
《そうですね…ですが、このままにしておけば罪のない犠牲者が増えるばかり…それはなんとしても避けなければなりません…》
『…うん』
《…ソラ…お願いがあります》
『…えっ?』
果たしてこの世の中に神から頼まれごとをされる人間はいない。
《…あの子らを救い出してほしいのです。怨念という呪縛から…。無理なお願いとはわかっています。ですが、
我々天界の者達は本来であれば、下界に関与してはならないのです。今、こうして時間を一時的に止め、あなたと話しているのも私が独断でやっていること》
『…なんでそこまで…ううん、私には関係ないか…わかった、頑張ってみるよっ』
《…えっ?》
ソラのそんな言葉に今度は神が驚く番だった。
『…でっ、具体的にはどうすればいい?』
《えっ?…あ、じ、神器を使って、あ、あなたに秦鷹を説得していただきたいのです。あなたのその強い思いで》
驚きをごまかすように神は威厳に満ちた声でたんたんと話を続ける。
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