13 / 68
第二夜
五
しおりを挟む
「やっぱり……」
小さく呟いて、手を離した。握られていたところがすーすーする。あまり脈がよくなかったのかな。何だか泣きそうに見えたので、急いで声をかけた。
「平気。今日はいつもより調子がいいの、心配しないで……」
けれど、彼は小さく首を振る。
「それはーー」
言いかけた瞬間、少年は弾かれたように背後を振り返った。なに?私もつられて、同じ方向に顔を向ける。
牢屋の道の突き当たりに、もう一つの鉄のドアがある。ドアは閉まっていた。
「どうし……きゃっ!」
突然、強い力で腕を引っ張られる。
「な、なに……」
「こい!!」
逆らう間も無く、近くの牢に引きずり込まれた。男の子は私を床に押し付けて座らせると、素早く牢の扉を閉める。何!?何が起きてるの!?
質問される間も与えられないまま、気づけば額にカードを押し当てられていた。
「あ、あの……」
「シッ」
短く指示されて、口をつぐむ。彼の視線は牢獄道の突き当たり、奥の扉に注がれていた。視線はそのままに、右手で銀色の銃を持ち上げる。また動くと怒られそうなので、目だけでそちらを伺った。
鉄格子越しに見える、鉄の扉。何なの?あの扉から何が来るというのーー。
やがて見守る私たちの前で、ガチャとノブが回った。
「!」
ドアの隙間から顔を出したのは、『私』だった。昨夜見た『私』!
四つん這いの姿勢で、ドアを頭で押し開いて部屋の中へ侵入する。だらんと下げた頭を揺らしながら、並ぶ牢の前をぺたぺたと歩いた。次第に、私たちの牢へ近づいてくる。
「ひっ……」
そんなつもりはなかったのに、思わず声が漏れた。素早く手が飛んできて、私の口を塞ぐ。それと同時に『私』がカッと顔を上げ、私たちの牢に突進してきた。
「ガアッ!」
勢い余って鉄格子に激突。目の前で、赤い顔が鉄格子の隙間に押し付けられた。
「!!」
きつく口を押さえらていたおかげで、何とか声を上げずに済んだ。鉄格子を挟んで、その距離は三十センチもない。
「ひひ……」
笑い声が、生々しく降りかかってくる。怖いのに目を閉じることができない。
お化けの私は私よりも痩せこけていて、妙に手が長かった。なぜか目の前にいる私たちが見えていないのか、キョロキョロと赤い目が揺れる。鉄格子の向こうから差し込まれる長い舌が、探るように宙をうねる。口を押さえている手がぐいと引かれ、私の顔を背けさせて舌先をかわした。
「うあぅ……」
やがて『私』は引きつった笑みを浮かべながら、ぺたぺたと去っていく。『私』の姿が見えなくなると、ようやく男の子は手を離してくれた。
「あれは……」
銃を腰のホルスターに収めながら、何かを呟いて立ち上がる。が、私は座り込んだまま立ち上がれない。冷たい床に手をついて、体を支えているのが精一杯。
長い手、細い足。血に濡れた目。顔はやっぱり私だ。どうして?どうしてあのお化けは、私と同じ顔をしているの?
ぐるぐると頭の中が回る。目を閉じれば、その渦に飲み込まれてしまいそう。渦の中心に何かがあるのに、渦が邪魔をして手が届かない。頭の中がぐちゃぐちゃになっている。ああ。頭を割って中身を引きずり出せたら、蠢くそれを捕まえられるのにーー。
「ーーねえ!」
「!」
突然視界いっぱいに人の顔が割り込んできて、我に返った。男の子が私の視線を邪魔して、下から顔を見上げている。ものすごい至近距離に顔がある。近すぎてピントが合わないくらいだ。
小さく呟いて、手を離した。握られていたところがすーすーする。あまり脈がよくなかったのかな。何だか泣きそうに見えたので、急いで声をかけた。
「平気。今日はいつもより調子がいいの、心配しないで……」
けれど、彼は小さく首を振る。
「それはーー」
言いかけた瞬間、少年は弾かれたように背後を振り返った。なに?私もつられて、同じ方向に顔を向ける。
牢屋の道の突き当たりに、もう一つの鉄のドアがある。ドアは閉まっていた。
「どうし……きゃっ!」
突然、強い力で腕を引っ張られる。
「な、なに……」
「こい!!」
逆らう間も無く、近くの牢に引きずり込まれた。男の子は私を床に押し付けて座らせると、素早く牢の扉を閉める。何!?何が起きてるの!?
質問される間も与えられないまま、気づけば額にカードを押し当てられていた。
「あ、あの……」
「シッ」
短く指示されて、口をつぐむ。彼の視線は牢獄道の突き当たり、奥の扉に注がれていた。視線はそのままに、右手で銀色の銃を持ち上げる。また動くと怒られそうなので、目だけでそちらを伺った。
鉄格子越しに見える、鉄の扉。何なの?あの扉から何が来るというのーー。
やがて見守る私たちの前で、ガチャとノブが回った。
「!」
ドアの隙間から顔を出したのは、『私』だった。昨夜見た『私』!
四つん這いの姿勢で、ドアを頭で押し開いて部屋の中へ侵入する。だらんと下げた頭を揺らしながら、並ぶ牢の前をぺたぺたと歩いた。次第に、私たちの牢へ近づいてくる。
「ひっ……」
そんなつもりはなかったのに、思わず声が漏れた。素早く手が飛んできて、私の口を塞ぐ。それと同時に『私』がカッと顔を上げ、私たちの牢に突進してきた。
「ガアッ!」
勢い余って鉄格子に激突。目の前で、赤い顔が鉄格子の隙間に押し付けられた。
「!!」
きつく口を押さえらていたおかげで、何とか声を上げずに済んだ。鉄格子を挟んで、その距離は三十センチもない。
「ひひ……」
笑い声が、生々しく降りかかってくる。怖いのに目を閉じることができない。
お化けの私は私よりも痩せこけていて、妙に手が長かった。なぜか目の前にいる私たちが見えていないのか、キョロキョロと赤い目が揺れる。鉄格子の向こうから差し込まれる長い舌が、探るように宙をうねる。口を押さえている手がぐいと引かれ、私の顔を背けさせて舌先をかわした。
「うあぅ……」
やがて『私』は引きつった笑みを浮かべながら、ぺたぺたと去っていく。『私』の姿が見えなくなると、ようやく男の子は手を離してくれた。
「あれは……」
銃を腰のホルスターに収めながら、何かを呟いて立ち上がる。が、私は座り込んだまま立ち上がれない。冷たい床に手をついて、体を支えているのが精一杯。
長い手、細い足。血に濡れた目。顔はやっぱり私だ。どうして?どうしてあのお化けは、私と同じ顔をしているの?
ぐるぐると頭の中が回る。目を閉じれば、その渦に飲み込まれてしまいそう。渦の中心に何かがあるのに、渦が邪魔をして手が届かない。頭の中がぐちゃぐちゃになっている。ああ。頭を割って中身を引きずり出せたら、蠢くそれを捕まえられるのにーー。
「ーーねえ!」
「!」
突然視界いっぱいに人の顔が割り込んできて、我に返った。男の子が私の視線を邪魔して、下から顔を見上げている。ものすごい至近距離に顔がある。近すぎてピントが合わないくらいだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる