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第四夜
一
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闇の中ーー。私を呼ぶ声が聞こえる。
『レナ……』
やめて……呼ばないで……。
『レナ……』
起きたら悪夢が待っている。このまま、眠っていたいの……。
『レナ……』
「キャアアアーー!!」
「!?」
ベッドの上で跳ね起きた。
「今の悲鳴、何!?」
「……さあ?私には悲鳴など聞こえませんでしたが」
落ち着いた声に顔を向けると、窓のほとりにアーウィンが立っている。青白い光が横顔に落ちて、その輪郭を浮かび上がらせた。その目は、いつも通り黒い。
「……夢?」
辺りを見回した。私の部屋……。見慣れた風景。落ち着く場所。そのはずなのに、なんだかしっくりこない。私はまだ夢の中にいる?なんだかよく分からない。何が夢で、何が現実なんだろう。
……もう随分お日様を見ていない。月の光と闇の中では、現実と夢の区別がつかない。それならいっそ。
「何もかも夢だったらいいのに……」
呟いた。
「こんなの全部夢で、目が覚めたら何もかもが元通りで……」
暖かい日の光が差し込むベッドの中、私は目覚める。体の調子だって悪くなっていい。リズがいて、マシューがいて、お母さんがいて……アーウィンがいて。これまでのように。
「もう一度、赤い目でも見せましょうか?」
軽蔑の色を含んだ、冷たい声。涙だけが静かに溢れた。
「生ぬるい夢は終わりです。あなたの頭は今、夢から覚めつつある」
夢……。いままでの生活は全て夢?現実だったことが夢で、夢であって欲しいことが現実なの?
「……私は」
布団に目を落としたまま、呟く。
「眠ったままでいい……起きたくなんかない」
「馬鹿げたことを」
彼は吐き捨てて言った。
「夢は所詮、夢だ。まやかしでしかない。そんなものにしがみつくことは許さない」
微かにアーウィンの言葉に熱がこもる。
「時間です。目を覚ましなさい。本当のあなたを思い出すのです」
「本当……の?」
布団カバーを握る両手が震えた。
「じゃあ、今の私は何なの……ここにいる私は?アーウィンと喋っている私は?偽物だって言うの!?」
ぎゅっと目を瞑って叫ぶ。
「本当の私って何なの!!」
「…………」
黙って見下ろしていた。その沈黙の意味を私は測れない。やがてアーウィンは薄い唇を開いた。
「あなたはトリのーー冥使のヒナだ。いずれ冥使となる運命を背負ったものです」
ーー冥使?冥使って確か、フレディが吸血鬼って言っていたーー。吸血鬼?
「私が吸血鬼のヒナだって言うの!?」
「そうですよ?」
彼は、何を当たり前なことをとでも言いたげだ。世界が……ぐにゃぐにゃに歪む。前に画集で見た、ダリの絵の中みたい。寒気がするのに、汗が出る。
「ただし、あなたは普通のヒナではない。可能性を秘めた特別なヒナだ」
「…………」
言葉が耳を通り抜けていった。考えている余裕なんてない。吸血鬼、その言葉だけが頭の中で回っている。
「あなたのように二つの自我が分離しているヒナは、とても珍しいのですよ」
「……ぶん、り?」
説明に、感情と思考が追いついていかない。アーウィンはゆったりと微笑んだ。
「あの場所で出会ったでしょう?もう一人のあなたーー"影"に」
「!!」
もう一人の『私』。"影"!!ヒナ?私が?吸血鬼?私が!?ふうっと意識が遠のきそうな気がした。吸血鬼!!
「や、だ……嫌……吸血鬼なんて……嫌!!あんなふうになるなんて、絶対に嫌ッ……」
「嫌だと言われても、これは決定事項です。私にもあなたにもどうすることもできない。ひよこが人間に育ちますか?それと同じです。私たちは、そう。生まれついた」
「やだ!いやだ……それでもいやだ!!吸血鬼なんて嫌!!」
嫌!嫌!嫌!どうしようもないなんて、到底受け入れられない。受け入れられるわけない!!両手で耳を塞ぐと、狂ったようにやだという言葉を発し続けた。
『レナ……』
やめて……呼ばないで……。
『レナ……』
起きたら悪夢が待っている。このまま、眠っていたいの……。
『レナ……』
「キャアアアーー!!」
「!?」
ベッドの上で跳ね起きた。
「今の悲鳴、何!?」
「……さあ?私には悲鳴など聞こえませんでしたが」
落ち着いた声に顔を向けると、窓のほとりにアーウィンが立っている。青白い光が横顔に落ちて、その輪郭を浮かび上がらせた。その目は、いつも通り黒い。
「……夢?」
辺りを見回した。私の部屋……。見慣れた風景。落ち着く場所。そのはずなのに、なんだかしっくりこない。私はまだ夢の中にいる?なんだかよく分からない。何が夢で、何が現実なんだろう。
……もう随分お日様を見ていない。月の光と闇の中では、現実と夢の区別がつかない。それならいっそ。
「何もかも夢だったらいいのに……」
呟いた。
「こんなの全部夢で、目が覚めたら何もかもが元通りで……」
暖かい日の光が差し込むベッドの中、私は目覚める。体の調子だって悪くなっていい。リズがいて、マシューがいて、お母さんがいて……アーウィンがいて。これまでのように。
「もう一度、赤い目でも見せましょうか?」
軽蔑の色を含んだ、冷たい声。涙だけが静かに溢れた。
「生ぬるい夢は終わりです。あなたの頭は今、夢から覚めつつある」
夢……。いままでの生活は全て夢?現実だったことが夢で、夢であって欲しいことが現実なの?
「……私は」
布団に目を落としたまま、呟く。
「眠ったままでいい……起きたくなんかない」
「馬鹿げたことを」
彼は吐き捨てて言った。
「夢は所詮、夢だ。まやかしでしかない。そんなものにしがみつくことは許さない」
微かにアーウィンの言葉に熱がこもる。
「時間です。目を覚ましなさい。本当のあなたを思い出すのです」
「本当……の?」
布団カバーを握る両手が震えた。
「じゃあ、今の私は何なの……ここにいる私は?アーウィンと喋っている私は?偽物だって言うの!?」
ぎゅっと目を瞑って叫ぶ。
「本当の私って何なの!!」
「…………」
黙って見下ろしていた。その沈黙の意味を私は測れない。やがてアーウィンは薄い唇を開いた。
「あなたはトリのーー冥使のヒナだ。いずれ冥使となる運命を背負ったものです」
ーー冥使?冥使って確か、フレディが吸血鬼って言っていたーー。吸血鬼?
「私が吸血鬼のヒナだって言うの!?」
「そうですよ?」
彼は、何を当たり前なことをとでも言いたげだ。世界が……ぐにゃぐにゃに歪む。前に画集で見た、ダリの絵の中みたい。寒気がするのに、汗が出る。
「ただし、あなたは普通のヒナではない。可能性を秘めた特別なヒナだ」
「…………」
言葉が耳を通り抜けていった。考えている余裕なんてない。吸血鬼、その言葉だけが頭の中で回っている。
「あなたのように二つの自我が分離しているヒナは、とても珍しいのですよ」
「……ぶん、り?」
説明に、感情と思考が追いついていかない。アーウィンはゆったりと微笑んだ。
「あの場所で出会ったでしょう?もう一人のあなたーー"影"に」
「!!」
もう一人の『私』。"影"!!ヒナ?私が?吸血鬼?私が!?ふうっと意識が遠のきそうな気がした。吸血鬼!!
「や、だ……嫌……吸血鬼なんて……嫌!!あんなふうになるなんて、絶対に嫌ッ……」
「嫌だと言われても、これは決定事項です。私にもあなたにもどうすることもできない。ひよこが人間に育ちますか?それと同じです。私たちは、そう。生まれついた」
「やだ!いやだ……それでもいやだ!!吸血鬼なんて嫌!!」
嫌!嫌!嫌!どうしようもないなんて、到底受け入れられない。受け入れられるわけない!!両手で耳を塞ぐと、狂ったようにやだという言葉を発し続けた。
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