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二章〜最後の鬼ごっこ〜

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 鳴海さんから逃避して四日目の今日。先刻の三日のように学校へ向かう一本道をそれて、裏カジノにしけこんだ。

 夕方三時ごろ相手方の賭け金が底をつき、仕方なくお開きとなった。そうして、次のカジノを探していた時だった。胸元にいれていた携帯が震える。

 鳴海さんとの連絡が取りやすいようにと、それだけのために買った。光る理由なんて、ひとつしかない。

 しばらく、画面に表示される石本鳴海の文字に、唾を飲む。そしてもう数コールの後、電話に出た。

「……鳴海さん?」
「悪いな。俺だ、星野だ」
「……なんだ」

 その瞬間、止めていた息を吐き出す。電話の向こうで、彼がから笑いする。

「で、なんの用ですか?」
「この状況でお前に電話する理由なんて、ひとつしかないだろう?」
「……鳴海さん、元気にしてますか?」
「いや、知らないな」
「え?」
「お前と同じで、この三日学校に来てないんだ」

 なるほど。告白した相手も、された相手も同じ考えということか。鳴海さんの行動様式を考えたら、それが妥当だな。
 俺は近くにある花壇に腰をおろして問いかける。

「星野さんのことだから、俺たちに何があったか予想できてるんでしょ?」
「鳴海から一日に三十回も電話がかかってきて、そのたびに本題を話す勇気がもてず。また今度って電話を切られれば、お前関連しかないだろ」
「そうですか……」
「俺があの日、昼休みにしかけたせいか?」

 俺はポケットにしまっていた煙草を口に咥えた。火をつけようとしたが、ライターがないことにきづいて小さく舌打ちする。

「……いや、いつかこうなってたさ」
「まぁ、お前のことだからな」
「たぶん、もう学校にはいきませんよ。鳴海さんに、もう心配しなくていいっていっておいてください。あの人、もう俺に会いたくないだろうし。それじゃ」

 これ以上彼のことを思い出すのは苦痛だったので、早々に話をきりあげようとした。だが、

「逃げるのか?」

 耳から遠ざけようとしていた手が、一瞬動きを止める。星野さんがもう一度「逃げるのか?」と明言した。

「どういう意味ですか?」
「逃げるんだろう、あの坂崎渉が。勝負の行方を見定めもせずに」
「分かりきってると思いますが」
「お前もお前だよな……。わかった、今から賭けをしよう」
「賭け?」
「今日の夕方四時に、俺たちの教室に来い。そこで四時に待ってる。お前が鳴海を諦めるつもりがなければな、四時に来い。もちろん、どうでもいいっていうなら来なくていい。だが、お前が来たら全力で協力しよう」
「それは賭けじゃない。そもそも賭けるものなんて、ないと思いますけど?」
「お前が賭けてなくても、俺とのぶさんが賭けてるんだよ。信さんが来ない方に200万。俺は来る方に100万ほどな」

 心底愉快そうに話す星野さんに、ラブラブカップルのお遊びかと呆れてため息しか出なかった。だが、そんな他人の賭け金なんてどうでもいい。ただ鳴海さんを諦めるか諦めないかの言葉だけが、胸に詰まった。

「あんたが来る方に賭けた根拠はなに?」
「そんなの、誰が一番お前らのそばで見てきたと思ってるんだよ。鳴海も親友だが、お前のことも親友だと思ってるんだぜ。俺は」

 今度は、声をもらす番だった。たしかに、あんたには最初のころからお世話になっていたな。

「そんなこといって、将来俺たちをあんたの仕事に巻き込むつもりだろ」
「よくわかったな」

 彼は今、笑っているだろう。それは立川に向けるような愛のこもったものではなく、親友同士の打ち解けた笑み。それを思い出すと同時に、今まで姿を思い出すことさえ避けてきた鳴海さんの笑顔が浮かんだ。それだけで、決心も何もない。こんなたかが色恋ごときで、俺が震えているのはしょうにあわない。心が思うままに、あの人を捕まえよう。

「今から行きますよ」

 そうして、小さな機械の通信を切った。
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