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三章〜願いを叶えて〜

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 文化祭一週間前の放課後のこと。大翔と二人で渉が来るのを下駄箱で待っているときだった。俺が偶然文化祭の話題をふると、彼がある伝説を思い出し話して聞かせてくれた。

「知らないのか?ほら、文化祭終了のときにあげる花火あるだろ。あれってパラシュートがふってくる仕掛け花火になってるんだけど、あれを一番に取ることができたら願い事がひとつ叶うらしいぜ。毎年どこで上がるのかわかんないんだけど、噂だと校庭でやってる出し物の一番人気の近くであげるとか、生徒会が密会して決めるとからしい。だから、その下で待ってればいいってわけ。まぁ、花火をあげることはともかく、そんなのとったくらいで願い事叶うとか迷信だろうけどな」

 それを聞いた直後は、誰がそんなモノを取るのだと馬鹿にしていた。だが、遠くからかけてくる渉の姿をみて、俺は笑うことを止めて、ひとつの可能性を考えていた。

 それを手に入れられたら、渉への気持ちがわかるだろうか……と。

 そう考えたら、自然に文化祭で盛り上がるクラスの出し物から逃げることもせず、大翔も誘っての文化祭参加となったわけだ。親友へのいいわけとしては、最後だからという単純な説得でごまかすことが出来た。しかし、嘘の通じない彼にはきっとばれてしまう。ばれてどうするということもないが、やはりなんだか照れくさい。それに、これは俺の問題であって、渉には関係ないことだ。そう考えながら、彼の顔を思い出す。

 好きといわれると嬉しいかもしれないし、いつもはポーカーフェイスの表情が柔らかい笑顔になるのが好きかもしれないし、体に触れられると熱くなるような気がするし……。

「好きなのかなぁ……」
「何がだ?」

 教室前に突っ立っていた俺の背後に、いつの間にか大翔が立っていて大声をあげ心臓を抑えた。

「ちょ、びっくりさせんなよ!」
「お前こそそんなとこに立ってないで、これ切るの手伝え。新しく板貰って来たから」

 取りに行ったベニヤ板を俺に差し出す。はいはいと生返事をして、近くに落ちていたノコギリを手にした。今度は口に出さずに先ほどの自問を唱えた。

 好きなのかなぁ……。

 しかしその気持ちに何かが蓋をして、言葉にすることが苦しいのだ。遠くで誰かのさよならと、トンカチの音が響いた。





「がっかりだよ……」
「なにが?」
「だから、がっかりだっていってるの!」

 午前中は生徒たちが模擬店やゲームをまわる時間で、十二時からは父兄たちを優先する時間割が組まれている。十時から始まった文化祭だが、廊下は少し隙間のある生徒たちの群れであふれ、俺たちのクラスの「バニー喫茶」も盛況というか、まぁ盛況。女子が考案しそうなケーキや紅茶がふるまわれる喫茶店だ。

 ウェイトレスに扮した女子や男子は、制服に白い腰エプロンをして接待する。あとは、頭につけるカチューシャなんだが、これがまたバニー喫茶だけに兎耳だ。ウェイトレス役の大翔も、耳を装着して先ほどから注文を受けている。しかし、俺の役割は少し違って……つまり、それが現在渉に怒られている理由なわけで。

「バニーってきいたから、バニーガールを想像してたよ。けど違うだろうっていうのは、なんとなくわかってた。店員さんが兎耳を付けてるから、さっそく鳴海さんを探した。けど、いないからどうしたんだろうと思った。で今鳴海さんに話しかけられて、俺はがっかりした。分かる?この裏切られた俺の気持ち……」
「なんか……ごめん」

 抑揚のない平坦な声が、俺の心臓を圧倒するように攻め続ける。嘘をついていないと弁解しようとして、直前に口をつぐんだ。こんな渉には火に油だということくらい、短い付き合いで学ばせて頂いた。そのため、先ほどから「ごめん」しか言えない。

 ひととおり文句を言い終えた渉が、盛大なため息をついて俺を残念そうに見つめた。

「つまりさ。バニーはバニーでも、兎の着ぐるみなら最初にそういってほしいって話……」
「ごめん……」

 兎の着ぐるみのなかでこもる声で、本日何十回目の謝罪をした。
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