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最終章〜You're My Only Shinin' Star〜
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「瑞生」
聞き覚えのある声に呼ばれて振り返るとそこにいたのは夕日を受け金色の髪をキラキラと光らせた背の高い男だった。まさか、と心臓が嫌な音を立てる。もう会うこともないと思っていたのに……痛ましい記憶が蘇り、瑞生はとっさに逃げようと背をそむけた。
だが一足先にその人物が動き腕をつかまれた。
最後に会った時にはまだ幼ささえ残っていた彼が、今は瑞生よりも背が高く体も大きくなっている。つかまれた腕から押さえつけられた時の痛みが蘇る。
「待って、瑞生逃げないでよ」
「……Ally」
通りかかる人がみんな振り返るような、さらに美貌に磨きをかけたAllyがそこにはいた。
「瑞生に聞きたいことがあるんだ」
「離して……っ」
「頼むよ。話を聞いて……禄朗のことなんだ」
困ったような声は低く落ち着いている。それは冷たさを含んだ以前とは打って変わった大人の声色だった。
「……禄朗の、」
様子をうかがいながら言葉を返すと安堵したように頷き、ひょいと体をかがめて瑞生を覗き込む。困ったように淡く微笑むAllyに以前の面影はなかった。ずいぶんと雰囲気が違う。
油断しちゃだめだと言い聞かせながら瑞生はAllyと向き合った。
「もうあんなことしないから、そんなに怯えないでよ」
震える瑞生に気がついたのか慌てたように腕を離し、危害は与えないとアピールするように両手を上げた。よく映画などで見かける降参のポーズさえヤケに絵になる。
そうは言われてもまだ恐怖は残っている。屈強な男たちに犯される夢を今でも見て飛び起きることもある。怯えるなというほうが無理だ。あの時に味わった絶望は忘れられるはずがない。
「ぼくが知ってることなんかなにもないよ。あれから禄朗とは会ってないし、連絡も取りあってない」
ぶっきらぼうに答える瑞生にAllyは小さく頷いた。
昔もらった写真を飾っているだけなのにそれさえも許されないのか?俯き怯える瑞生にAllyは小さく息を吐き、頭を下げた。
「本当にあの時はごめん。反省してるし、もう二度としない。約束する」
おずおずと視線を向けると、真剣な表情のAllyの視線とかちあった。違う意味で心臓がばくりと音を立てる。
引きこまれそうだ、とAllyの薄い色素の瞳から目が離せなくなった。一度は体をつなげ、気持ちさえひとつになったと勘違いしてしまいそうな体験をした相手だ。好きでもないのに触れあう場所から通じ合い、同じ存在のように思えたあの不思議な瞬間。
Allyの持つ吸引力に引きずり込まれ、飲み込まれそうになる。だけど必死で踏みとどまりゆるゆると頭を振った。
「わかった。でも禄朗のことを聞かれても答えられることは何もないよ。きみのほうがぼくより詳しいだろ?」
「そっか」
Allyは少しだけ考え込む風にしてから「ちょっと時間もらえるかな」と聞いた。
さすがに瑞生も懲りていたからすぐには答えられなかった。彼を信用しきるほどお人よしでもないし、これも何かのたくらみなのかと勘繰ってしまう慎重さもある。瑞生の逡巡を悟ってか、Allyは困ったようにうなずいた。
「OK。じゃあ、公園でちょっとだけ話せる?」
「わかった」
さすがに人目のある公の場で何かをしようとは思わないだろう。なるべく賑やかな場所を選び少しでもおかしいそぶりを見せたら逃げたり助けを呼ぼう。そう決めて頷くとAllyは初めて安心したように笑みを浮かべた。
並んで歩きだすとAllyの身長ははすでに瑞生を追い越し、仰向かなければ顔も見れなくなっていた。以前もモデルのように綺麗だと感心したけど、今はさらに大人の色気も感じさせている。
「 元気だった?」
「まあ、なんとか」
なんでこんなことになっているのか理解できないまま、ぼそぼそと会話を続ける。あの時は牙をむいた獣のようだったのに、今の彼はとても紳士的な雰囲気をまとっている。瑞生に向けられていた敵意も全くというほど感じられなかった。
そんな心の内を読んだようにAllyは小さく息を吐いた。
「あの時は本当にごめん。謝っても許されることじゃないってわかってるけど……」
「うん」
「怪我とか、した、よね、やっぱり」
「しばらく入院してた」
「そっか。本当に申し訳ないことをした……ごめん」
気持ち悪いくらいしおらしく、それはそれで何かたくらみがあるのかと訝しい。どうしたらいいかと頭を悩ましたが、考えてみれば今の瑞生に失うものも怖いものもない。
そうか、何があっても全然平気なんだと思ったら一気に気が楽になった。
瑞生の会社から歩いてすぐのところに自然豊かな公園があるのでそこへ向かうことにした。
薄暮の中、母親に手を引かれた子供たちが賑やかな声を振りまきながら帰宅の途についていく。花もよく公園で遊んでいたなとほほえましく眺めてしまう。帰り道に手をつなぎながらつたなくも楽しかった話を聞くのはとても楽しかった。
秋は日が落ちるのが早い。
ベンチを見つけて腰を掛けたころには賑やかだった公園が静けさを取り戻し、時々ランニングや犬の散歩をしている人たちが足早に通り過ぎていく。
「何か飲む?」
Allyはベンチの近くに自動販売機を見つけるとにコインを入れながら瑞生に声をかけた。
「瑞生はどれがいい?」
「いや、いいよ」
「さすがのぼくも自販機には仕込めないから心配しないでよ」
前回の失敗を覚えている瑞生の不信を受け止めて、Allyは眉を落とした。
「ていっても信用ないよね。じゃあ、自分で押して」
「……ありがとう」
ガコンと大きな音がして、あたたかなコーヒーが転がり落ちてきた。両手に包み込むとぬくもりにほっと安堵の息をつく。
お互いに飲み物で暖を取りながらベンチに腰を掛けると、目の前を犬の散歩をしたひとが通り過ぎて行った。
「禄朗のことなんだけど」と静寂を破るようにAllyは話し始めた。
「行方不明になった」
「……えっ?」
予想もしていなかった言葉にびっくりして缶を落とすと鈍い音をたてへこんで転がった。それをAllyは拾うとほこりをほろい綺麗なものを瑞生の手の中へと返した。
「今までだってよくあることだったんだ。ふらっといなくなって、少ししたら連絡があって、どこかに写真を撮りに行っていたり。でも今回は違う」
「違うって」
「カメラを置いていった」
Allyは両手を組みそこにあごを乗せると、ふうと息を吐きだした。とても重たい空気が広がっていく。
「その前からちょっとおかしいなってこともあったんだ。今までの写真を捨てたり、カメラに全然触らなくなったり。活動としては順調のはずなのに、どこか魂の抜けたような顔をしてぼんやりとしていたり」
「禄朗が」
大事そうに抱きかかえていたカメラを置いてどこかにいくなんて考えられない。
「ほかのカメラを持って行ったとか」
「ううん。カメラは全部置いていった。だから瑞生なら行き先を知らないかなって」
Allyは困り切ったように瑞生に視線を向けた。
「きみなら知ってるかもしれないと思って」
「ぼくは、」
全く知らなかった。禄朗がそんなに思い詰めていたことも、いなくなったことさえ。その心のうちが何を想っているのか、今の瑞生にはまったくわからない。
「それは……Allyのほうが詳しいだろ」
ずっとパートナーとしてやってきたのだから。禄朗の隣にいて、彼のことをよくわかっているはずの恋人はAllyであって瑞生じゃない。今の瑞生はその他の人たちと同じ、ただの他人なのだ。
だけどAllyはゆるゆると首を振り淡く微笑んだ。
「そうだけど、そうとも言えない。ぼくたちはパートナーだけど恋人じゃない」
「え?なに……どういう意味……?」
言っている意味がよくわからなかった。困惑する瑞生に視線を向けながらAllyは話し始めた。
「あの時、ぼくだけかもしれないけど、なんていうのかな……瑞生と深くつながったような気がしたんだ。分かり合えたような、ぼくたちが一つになったような。だからかな、伝わってきたんだ……瑞生が禄朗を想う気持ち。うまく言い表せないんだけど……自分が瑞生になったみたいに強く感じてしまった。すごく深い愛情だった」
瑞生があの時感じたことをAllyも感じていた。あの不思議な体験をAllyも味わっていたというのか。
「ぼくもだよ、Allyのこと、感じてた」
「本当?」
「うん。禄朗のこと本当に好きなんだなって……必死に禄朗を欲しがっているのが分かったから、きみに託そうと思った」
「そっか……すごいな。あんなこと初めてだった」
だからかな、とAllyは言葉を続ける。
「ひとりになって色々考えるようになったんだ。瑞生の思いの強さとか禄朗の気持ちとか……あの時のぼくはまだ子供すぎて誰のことも考えれなかった。自分の気持ちで精いっぱいだった。でも、それじゃダメなんだってわかったんだ。それに」
Allyはそっと瑞生の手を取った。持ち上げて甲に唇を押し当てると柔らかく囁く。
「瑞生が初めての相手だったんだ。男側としての。で、ね。今まで知らなかったけど、もしかしてこっちなのかなって」
「こっち……?」
「そう。抱かれる側じゃなく」
瑞生を感じて征服するオスの、愛おしくて包容してあげたくなるオスの気持ちに強く反応してしまった。これだ、と欲望のありかに気がついてしまった。今まで知らなかった世界が音を立てて開いていく。
「あの後、禄朗と寝ようと思えなくなった。彼のことは愛しているけど、抱きたいとも抱かれたいとも思えなくなってた。わかったんだ。彼のことが欲しかったのはその強さとか信念だとか、そういう男の姿に憧れていたんだって」
若い男の子がしっかりとした男に成りあがっていく前の不安定な時期に出会ってしまった獣のような強さをまとった禄朗。こんな男になりたいと惹かれてしまったのを恋だと勘違いしていただけだった。
「じゃあ……」
「瑞生とのことは言ってないよ。約束だから、それは大丈夫。でももうセックスはしないって伝えたら禄朗はあっさり了承して、それで終わり。ぼくのこと別に好きでもなんでもなかったんだよな。わかっていたんだけどさ」
瑞生が一人になったころに同じくして禄朗も一人になっていた。彼は今も孤独なままどこかをさまよっているのか?誰にも助けを求められずに。
「……じゃあ、彼のサポートは」
Allyという後ろ盾を無くして、どうやって活動していくのか。個展を一つ開くだけで莫大な金銭のやり取りが発生するはずだ。詳しくはわからなくても、想像はつく。
「それは続けてるよ。禄朗を愛してるからね。そうだこれ名刺」
Allyは高級そうなスーツのポケットから名刺を差し出すと瑞生の手にそっと乗せた。なにやら難しげな横文字の肩書が書かれている。
「アーティストは金がなきゃ活動できないし、そのために身体を売るやつも多い。ぼくを抱いていた禄朗のようにね。だからそれを廃止させたくて、芸術家の卵をサポートする仕事を立ち上げたんだ」
「そうなんだ。すごいよAlly」
あの時のAllyからは想像できないくらい、大人びた。駄々っ子でしかなかった彼が今は誰かを助けている。そのことがすごく嬉しい。
「素敵な仕事だと思う」
「ありがとう。それも全部瑞生とのことがあって気がついたことなんだ」
Allyはもう一度しっかりと瑞生に向き合うと、頭を下げた。
「あの時は本当に申し訳なかった。ごめんなさい」
「それはもういいよ。終わったことだから、さ」
思い出したくもない過去が違う形で動き始めていた。
瑞生にとって災難だったものが、知らない場所で新しく芽吹き、ほかの人の手助けへと繋がっていた。
それを知れたことでじゅうぶん救われたような気がする。
聞き覚えのある声に呼ばれて振り返るとそこにいたのは夕日を受け金色の髪をキラキラと光らせた背の高い男だった。まさか、と心臓が嫌な音を立てる。もう会うこともないと思っていたのに……痛ましい記憶が蘇り、瑞生はとっさに逃げようと背をそむけた。
だが一足先にその人物が動き腕をつかまれた。
最後に会った時にはまだ幼ささえ残っていた彼が、今は瑞生よりも背が高く体も大きくなっている。つかまれた腕から押さえつけられた時の痛みが蘇る。
「待って、瑞生逃げないでよ」
「……Ally」
通りかかる人がみんな振り返るような、さらに美貌に磨きをかけたAllyがそこにはいた。
「瑞生に聞きたいことがあるんだ」
「離して……っ」
「頼むよ。話を聞いて……禄朗のことなんだ」
困ったような声は低く落ち着いている。それは冷たさを含んだ以前とは打って変わった大人の声色だった。
「……禄朗の、」
様子をうかがいながら言葉を返すと安堵したように頷き、ひょいと体をかがめて瑞生を覗き込む。困ったように淡く微笑むAllyに以前の面影はなかった。ずいぶんと雰囲気が違う。
油断しちゃだめだと言い聞かせながら瑞生はAllyと向き合った。
「もうあんなことしないから、そんなに怯えないでよ」
震える瑞生に気がついたのか慌てたように腕を離し、危害は与えないとアピールするように両手を上げた。よく映画などで見かける降参のポーズさえヤケに絵になる。
そうは言われてもまだ恐怖は残っている。屈強な男たちに犯される夢を今でも見て飛び起きることもある。怯えるなというほうが無理だ。あの時に味わった絶望は忘れられるはずがない。
「ぼくが知ってることなんかなにもないよ。あれから禄朗とは会ってないし、連絡も取りあってない」
ぶっきらぼうに答える瑞生にAllyは小さく頷いた。
昔もらった写真を飾っているだけなのにそれさえも許されないのか?俯き怯える瑞生にAllyは小さく息を吐き、頭を下げた。
「本当にあの時はごめん。反省してるし、もう二度としない。約束する」
おずおずと視線を向けると、真剣な表情のAllyの視線とかちあった。違う意味で心臓がばくりと音を立てる。
引きこまれそうだ、とAllyの薄い色素の瞳から目が離せなくなった。一度は体をつなげ、気持ちさえひとつになったと勘違いしてしまいそうな体験をした相手だ。好きでもないのに触れあう場所から通じ合い、同じ存在のように思えたあの不思議な瞬間。
Allyの持つ吸引力に引きずり込まれ、飲み込まれそうになる。だけど必死で踏みとどまりゆるゆると頭を振った。
「わかった。でも禄朗のことを聞かれても答えられることは何もないよ。きみのほうがぼくより詳しいだろ?」
「そっか」
Allyは少しだけ考え込む風にしてから「ちょっと時間もらえるかな」と聞いた。
さすがに瑞生も懲りていたからすぐには答えられなかった。彼を信用しきるほどお人よしでもないし、これも何かのたくらみなのかと勘繰ってしまう慎重さもある。瑞生の逡巡を悟ってか、Allyは困ったようにうなずいた。
「OK。じゃあ、公園でちょっとだけ話せる?」
「わかった」
さすがに人目のある公の場で何かをしようとは思わないだろう。なるべく賑やかな場所を選び少しでもおかしいそぶりを見せたら逃げたり助けを呼ぼう。そう決めて頷くとAllyは初めて安心したように笑みを浮かべた。
並んで歩きだすとAllyの身長ははすでに瑞生を追い越し、仰向かなければ顔も見れなくなっていた。以前もモデルのように綺麗だと感心したけど、今はさらに大人の色気も感じさせている。
「 元気だった?」
「まあ、なんとか」
なんでこんなことになっているのか理解できないまま、ぼそぼそと会話を続ける。あの時は牙をむいた獣のようだったのに、今の彼はとても紳士的な雰囲気をまとっている。瑞生に向けられていた敵意も全くというほど感じられなかった。
そんな心の内を読んだようにAllyは小さく息を吐いた。
「あの時は本当にごめん。謝っても許されることじゃないってわかってるけど……」
「うん」
「怪我とか、した、よね、やっぱり」
「しばらく入院してた」
「そっか。本当に申し訳ないことをした……ごめん」
気持ち悪いくらいしおらしく、それはそれで何かたくらみがあるのかと訝しい。どうしたらいいかと頭を悩ましたが、考えてみれば今の瑞生に失うものも怖いものもない。
そうか、何があっても全然平気なんだと思ったら一気に気が楽になった。
瑞生の会社から歩いてすぐのところに自然豊かな公園があるのでそこへ向かうことにした。
薄暮の中、母親に手を引かれた子供たちが賑やかな声を振りまきながら帰宅の途についていく。花もよく公園で遊んでいたなとほほえましく眺めてしまう。帰り道に手をつなぎながらつたなくも楽しかった話を聞くのはとても楽しかった。
秋は日が落ちるのが早い。
ベンチを見つけて腰を掛けたころには賑やかだった公園が静けさを取り戻し、時々ランニングや犬の散歩をしている人たちが足早に通り過ぎていく。
「何か飲む?」
Allyはベンチの近くに自動販売機を見つけるとにコインを入れながら瑞生に声をかけた。
「瑞生はどれがいい?」
「いや、いいよ」
「さすがのぼくも自販機には仕込めないから心配しないでよ」
前回の失敗を覚えている瑞生の不信を受け止めて、Allyは眉を落とした。
「ていっても信用ないよね。じゃあ、自分で押して」
「……ありがとう」
ガコンと大きな音がして、あたたかなコーヒーが転がり落ちてきた。両手に包み込むとぬくもりにほっと安堵の息をつく。
お互いに飲み物で暖を取りながらベンチに腰を掛けると、目の前を犬の散歩をしたひとが通り過ぎて行った。
「禄朗のことなんだけど」と静寂を破るようにAllyは話し始めた。
「行方不明になった」
「……えっ?」
予想もしていなかった言葉にびっくりして缶を落とすと鈍い音をたてへこんで転がった。それをAllyは拾うとほこりをほろい綺麗なものを瑞生の手の中へと返した。
「今までだってよくあることだったんだ。ふらっといなくなって、少ししたら連絡があって、どこかに写真を撮りに行っていたり。でも今回は違う」
「違うって」
「カメラを置いていった」
Allyは両手を組みそこにあごを乗せると、ふうと息を吐きだした。とても重たい空気が広がっていく。
「その前からちょっとおかしいなってこともあったんだ。今までの写真を捨てたり、カメラに全然触らなくなったり。活動としては順調のはずなのに、どこか魂の抜けたような顔をしてぼんやりとしていたり」
「禄朗が」
大事そうに抱きかかえていたカメラを置いてどこかにいくなんて考えられない。
「ほかのカメラを持って行ったとか」
「ううん。カメラは全部置いていった。だから瑞生なら行き先を知らないかなって」
Allyは困り切ったように瑞生に視線を向けた。
「きみなら知ってるかもしれないと思って」
「ぼくは、」
全く知らなかった。禄朗がそんなに思い詰めていたことも、いなくなったことさえ。その心のうちが何を想っているのか、今の瑞生にはまったくわからない。
「それは……Allyのほうが詳しいだろ」
ずっとパートナーとしてやってきたのだから。禄朗の隣にいて、彼のことをよくわかっているはずの恋人はAllyであって瑞生じゃない。今の瑞生はその他の人たちと同じ、ただの他人なのだ。
だけどAllyはゆるゆると首を振り淡く微笑んだ。
「そうだけど、そうとも言えない。ぼくたちはパートナーだけど恋人じゃない」
「え?なに……どういう意味……?」
言っている意味がよくわからなかった。困惑する瑞生に視線を向けながらAllyは話し始めた。
「あの時、ぼくだけかもしれないけど、なんていうのかな……瑞生と深くつながったような気がしたんだ。分かり合えたような、ぼくたちが一つになったような。だからかな、伝わってきたんだ……瑞生が禄朗を想う気持ち。うまく言い表せないんだけど……自分が瑞生になったみたいに強く感じてしまった。すごく深い愛情だった」
瑞生があの時感じたことをAllyも感じていた。あの不思議な体験をAllyも味わっていたというのか。
「ぼくもだよ、Allyのこと、感じてた」
「本当?」
「うん。禄朗のこと本当に好きなんだなって……必死に禄朗を欲しがっているのが分かったから、きみに託そうと思った」
「そっか……すごいな。あんなこと初めてだった」
だからかな、とAllyは言葉を続ける。
「ひとりになって色々考えるようになったんだ。瑞生の思いの強さとか禄朗の気持ちとか……あの時のぼくはまだ子供すぎて誰のことも考えれなかった。自分の気持ちで精いっぱいだった。でも、それじゃダメなんだってわかったんだ。それに」
Allyはそっと瑞生の手を取った。持ち上げて甲に唇を押し当てると柔らかく囁く。
「瑞生が初めての相手だったんだ。男側としての。で、ね。今まで知らなかったけど、もしかしてこっちなのかなって」
「こっち……?」
「そう。抱かれる側じゃなく」
瑞生を感じて征服するオスの、愛おしくて包容してあげたくなるオスの気持ちに強く反応してしまった。これだ、と欲望のありかに気がついてしまった。今まで知らなかった世界が音を立てて開いていく。
「あの後、禄朗と寝ようと思えなくなった。彼のことは愛しているけど、抱きたいとも抱かれたいとも思えなくなってた。わかったんだ。彼のことが欲しかったのはその強さとか信念だとか、そういう男の姿に憧れていたんだって」
若い男の子がしっかりとした男に成りあがっていく前の不安定な時期に出会ってしまった獣のような強さをまとった禄朗。こんな男になりたいと惹かれてしまったのを恋だと勘違いしていただけだった。
「じゃあ……」
「瑞生とのことは言ってないよ。約束だから、それは大丈夫。でももうセックスはしないって伝えたら禄朗はあっさり了承して、それで終わり。ぼくのこと別に好きでもなんでもなかったんだよな。わかっていたんだけどさ」
瑞生が一人になったころに同じくして禄朗も一人になっていた。彼は今も孤独なままどこかをさまよっているのか?誰にも助けを求められずに。
「……じゃあ、彼のサポートは」
Allyという後ろ盾を無くして、どうやって活動していくのか。個展を一つ開くだけで莫大な金銭のやり取りが発生するはずだ。詳しくはわからなくても、想像はつく。
「それは続けてるよ。禄朗を愛してるからね。そうだこれ名刺」
Allyは高級そうなスーツのポケットから名刺を差し出すと瑞生の手にそっと乗せた。なにやら難しげな横文字の肩書が書かれている。
「アーティストは金がなきゃ活動できないし、そのために身体を売るやつも多い。ぼくを抱いていた禄朗のようにね。だからそれを廃止させたくて、芸術家の卵をサポートする仕事を立ち上げたんだ」
「そうなんだ。すごいよAlly」
あの時のAllyからは想像できないくらい、大人びた。駄々っ子でしかなかった彼が今は誰かを助けている。そのことがすごく嬉しい。
「素敵な仕事だと思う」
「ありがとう。それも全部瑞生とのことがあって気がついたことなんだ」
Allyはもう一度しっかりと瑞生に向き合うと、頭を下げた。
「あの時は本当に申し訳なかった。ごめんなさい」
「それはもういいよ。終わったことだから、さ」
思い出したくもない過去が違う形で動き始めていた。
瑞生にとって災難だったものが、知らない場所で新しく芽吹き、ほかの人の手助けへと繋がっていた。
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