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あなたに悪夢を

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 福内はまだ来ていないと言う。片岡に案内されて三階の会議室に行くと、中年の男性カメラマンがすでに待機。ストロボや撮影用アンブレラといった機材がセッティング済みだ。ありきたりの会議室だから、照明に凝るのだろう。
 用意されていたポットから片岡が注いでくれたコーヒーを飲んでいたら、一緒に仕事をしたことはないがパーティーなどで見た覚えのある女性編集者が戸口に現れた。私を見ると、深々とお辞儀する。

「初めてご挨拶させていただきます。福内先生を担当している相沢由里子と申します。よろしくお願いいたします」

 両手で持った名刺をすっと勢いよく差し出した。動作がいちいち大きくて、溌剌はつらつとしている。

「相沢は文芸の編集に移ってきて二年目なんです。それまでは児童書を作っていました。こっちに異動して福内さんの担当になったら、途端に『ナイトメア』映画化の契約が好条件で成立した。そのおかげで福内さんからはラッキーガールと呼ばれているんだよね」

 当人は、はにかむ。

「タイミングが良かっただけですよ。ガールという歳でもないし」

 二十七、八歳というところか。艶のある黒髪を白いシュシュで括り、首筋まで垂らしている。顔はややふくよかで、そばかすが頬に散って顎にはニキビが。表情が明るく、とても若々しくて健康的な印象を受けた。紺色が基調のビジネススーツのせいもあってか、就職活動中の大学生に見えなくもない。太くはないが黒々と濃い眉をしていて、ふた筋の後れ毛が筆ではいたように流れ落ちている。仕事ぶりは知らないが、目の輝きから推して優秀なのだろう。片岡が異動することになったら、後任は彼女にお願いしたい。

「つい今し方、福内先生からお電話がありました。車が渋滞に巻き込まれたので、十分ほど遅れるかもしれないそうです。葛城先生にお詫びするようおっしゃっていました」

 寒風の中や炎天下で待たされるわけでもないし、十分遅刻しそうなくらいで謝ってもらうには及ばない。

「丁寧な方ですね」

 相沢由里子は、即座に「はい」と応えた。

「とても紳士的な先生でいらっしゃいます。女性にはもちろん、男性にも親切です」

 それに同意してから片岡は付け足す。

「彼女は福内先生のファンなんです。作品だけでなく、作者本人にも惚れているんですよ。な、由里ちゃん?」
「はい。作品も作者も好きですよ。片岡さんが葛城さんに惚れているみたいに」
「ええこと言うやんか。僕も葛城さんにベタ惚れやで」

 私のパートナーはおどけて大阪弁で返した。
 片岡勝よ、すまん。相沢由里子が担当に就いてくれればと期待してしまったことを、こっそり謝罪する。あくまで後任は、の希望だったのだけれど。

「ところで。今更言うのもなんですけど、福内さんの対談相手には他にもっと相応しい人がいてるんやないですか?ホラー作家とミステリー作家が垣根を越えて語り合うというのが趣向やとしても」
「絶妙の組み合わせだと思いますよ。読者に受けますって」

 片岡と相沢は同時に訴えてきた。

「企画を立てたのは編集部ですが、福内先生に提案したら『葛城さんならお話ししてみたい』と乗り気でした。対談を楽しみにしておられますよ。同じ雑誌に葛城先生の作品が何度か載っていて、『読んだらどれも面白かった』とも」

 そこまで言ってくれるなら、もう聞くまい。少なくとも、私の短編を何本か読んでくれているのは分かったし。
 福内智也との対談相手に選ばれたのは私にとって意外だったが、嬉しいことでもあった。去年の暮れ、彼の人気シリーズ『ナイトメア』を何気なく書店で買ってみたらこれが面白くて、即刊七冊を十日で読み終えてしまったほど。自分が書く世界から遠く離れているので、純粋に娯楽として楽しめるからありがたい。よくできたミステリーだと、勉強していることがあるのだ。
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