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一章〜体育祭練習〜

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「渉……なぁ、しようぜ……」

 自分から誘いの言葉を吐くのは初めてではないが、五本の指で数える程度しかない。彼の方が俺を求めてきて止まないからだ。

 それに甘えているといったらまさに言葉通りだが、俺だってしたいと思っている。ある意味、渉からの誘いは羞恥に口ごもる俺のためを思ってのことだろう。

 その言葉に頷くと思っていた。しかし首を振って「悪い、疲れてるから……」と俺の額に口付けた。相手は身を起してあぐらで座ると、あくびをしながら校庭の方に視線をやった。

「昼飯食おうよ……」
「あぁ……うん……」

 自分のバッグからコンビニ弁当を出す。渉も購買で買ったパンを出して食べ始めた。コンビニ弁当は冷たくて、味付けが合わない。視線を向かいの相手にやれば、相手も俺を見つめていた。

「鳴海さんの弁当が食いたい……」
「仕方ないだろ、疲れてんだよ」
「まぁね。忙しいから終わるまで、いろいろ我慢だろ……」
「え!」
「なに?」
「いや……いやいや、なんでもない!」

 色々ってセックスもお預けってことかよ!と口にしようとして、喉元で留まらせた。

 体育祭まであと二週間近くある。それまで我慢できるのか不安で仕方なかったが、渉の普段より青白い顔に気付いてそれ以上何も言えなかった。

 俺が我儘をいって紅組にさせて、応援団にまで入れてしまったのだ。毎日二人してくたくたになって帰るのに、それでセックスもしようとかいえるわけがない……。

「今日、紅白リレーの顔合わせって知ってるか?」
「あ、そうなの?」
「てか、紅白リレーの練習も増えたら、俺達疲労死すんじゃねぇ?」
「……そうだね」

 話を盛り上げようと俺から話題をふってみるが、渉は曖昧に受け答えするだけ。味気ない飯がさらに味気ないものになる。一緒にいるはずなのに、一人で飯を食ってるようだ。

 隣をみれば、既にあんパンとメロンパンを完食して一服している。その姿に何故か申し訳ない気分になった。
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