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一章〜体育祭練習〜

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 その日の放課後の応援団練習でも、旗手の俺はみんなと離れて旗を振り回す。それでも何度も落としてしまうのでいたたまれなくなり、大翔に相談してしばらく屋上で練習する許可を得た。

 さっそく旗を肩にかついで、校舎の方へ向かう。渉がこっちを見ていることに気づいていたが、わざと視線を合わせず練習場所の体育館を後にした。

 屋上にはもちろん誰もおらず、俺一人だけとなった。ここなら人の視線も感じずに大手を振って失敗できる。

 足踏みをしてリズムを刻みながら旗を右手に左手にと持ち換え、左手を軸にして旗を一回転させ右手でキャッチの練習をする。昨日よりはできるようになった。しかし、十回やって九回は失敗する。

 それから、何度も繰り返し練習すること二時間。右人差し指付け根の血豆がつぶれて、痛みで手を止めた。今日はここまでにしようと、鉄柵に寄りかかりながら校庭を見下ろす。すると、昨日と同じく白組の奴らが扇の形で声を張り上げている。

 それでも解散の時間になったのか、人が散り散りになって校舎の方へ戻っていく。その中で一番視線が行くのは、旗を持った笹本だった。旗を持って型通りに腕を動かしているのを、こちらが夢中になって見つめてしまう。いいなぁ……筋肉すげぇなぁ……。

 笹本が旗を放り投げて、キャッチしそこねる。あぁ~とため息をついた。あいつでも失敗するんだから、俺ももっと練習しなきゃいけねぇな。

 彼が旗を拾う。

 コツを掴みたいので、もう一度旗を投げる型がみたい。屋上で一人きりのせいか、ふざけて手を叩きながら「もう一回、もう一回」と言ってみる。

 その直後、足元を見つめていた笹本の顔が俺のいる屋上の方に向けられた。悪戯がばれた子供のように、叩いていた手が止まる。なんだよ、こっち見て。

 鉄柵は間隔がデカいので、遠目でも俺の持っている紅組の旗が見えるだろう。しばらく見つめ合っていたが、すぐに視線が逸らされ彼も校舎へ戻っていく。

 なんか蛇に睨まれたみてぇだなと後ろ頭をかきながら、帰ることにする。



 体育館に旗を戻すのが面倒なので、教室へいったん戻って旗を置くことにした。すると紅組の数人とすれ違ったので、別れの挨拶をする。

 教室へ続く階段を上がって、突き当たりを曲がった瞬間。教室の前で、渉と大翔が話している姿を見つけた。

 あわてて柱の陰に隠れて顔をのぞかせる。隠れてから、なんで俺隠れてるんだろうと後悔する。帰らないと言ったからには、ここで会うのも気が引ける。しかも、遅練してねぇし。

 薄暗い廊下には、二人しかいない。二人の声が、こちらにまで響いてきた。

「渉、お前鳴海のこと待たなくていいのか?」
「いや……待たなくていいっていわれたから……」
「なんだよ、お前ら喧嘩でもしてんの?」
「違います……」
「まぁ、それなら俺と帰るか?」
「……はぁ」
「その不本意まるだしな言い方、むかつくなぁ~」

 大翔が渉の肩に右腕をおいて相手を無理矢理引きずりながら、下駄箱へ向かっていく。二人の声が聞こえなくなるまで、隠れながら声を殺した。またむなしさがこみ上げてくるのを感じて、下唇を噛む。

 あいつは渉に触れても、死ぬほどドキドキすることも勃起することもないんだろうなぁ。俺、今無性に大翔になりたい。大翔になって、あいつを抱きしめたい。

 また涙がでてきて、不良みたいにその場でしゃがむと両膝に顔をうずめた。

「クソッ……俺だって、俺だって!!」

 恨みを向けるべきは自分自身だが、目蓋の裏側に残る二人の後ろ姿にどこか恨めしさを感じていた。それでも、悔しさに涙を呑む薄暗い廊下。一人で泣いてるとさらに情けなさがこみ上げてきた。

「クソッ……クソッ……」

 渉のことを考えすぎて、人が近づいてくる足音に気付かなかった。

「あの、石本先輩ですか?」
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