46 / 67
瀬戸
しおりを挟む私の両親は、普通の人達だった。
ただ、少しばかり引っ越しの数が多かった。
いわゆる転勤族というものらしく、同じ家で一年過ごせれば良い方だった。
そのせいで、友達が出来ても毎回別れて、いつも悲しい想いをすることになった。
もう覚えてないけど、小学校の頃からだから、たぶん十回ぐらいは引っ越してると思う。
一年だけの学校。一年だけの先生。一年だけの友達。一年だけの関係。
そんな日々が続いていく中で、私は、あまり他人に深入りしないことを覚えた。
どうせ一年もすれば別れてしまうんだから、深くわかり合ったって意味がない。
喧嘩をしたって損だし、気にくわない人がいても、一年我慢すればいなくなる。
だから、相手が好きでも嫌いでも、とりあえず笑って話を合わせておけばいい。
それが、私が最初に学んだ世渡りの方法だった。
中学三年生、それも三学期の後半になって、私はまた引っ越すことになった。
でも両親が言うには、これが最後の引っ越しらしい。
なんでも、お父さんが昇進をして、一つの場所に留まれるようになったとか。
まあ、正直どうでもよかった。今さら環境が変わったところで、生き方が変わるわけじゃないし。
もう十年近くも引っ越し続けてたんだから、引っ越さない生活なんて想像もできないよ。
新しく住む家と、新しく通う学校があるのは、昔一度だけいたことのある場所だった。
たしか小学校の頃。何年生だったかは、よく覚えてない。
他人に深入りしないことを覚えた私だけど、他人の顔を覚えていないわけじゃなかった。
厄介なことに、私は他人の顔を覚えることには長けていた。
とはいえ、十回も引っ越して、他の子の十倍は人の顔を見ているから、覚えていられる相手の数は限られていた。
普通にしている子は、引っ越した先で似たような子をすぐに見るから忘れてしまう。
私がよく覚えているのは、どこか変なことをする子ばかりだった。
その中に、一人の男の子がいた。確か、この辺りの学校で会ったと思う。
その子はとにかくすぐに喧嘩をする子で、当時の自分からしても、世渡りがすごく下手だなと思った。
他の男の子とは毎日のように衝突しているし、時には女の子とすら言い争っていた。
自分とは正反対の子だなと思っていた。だから、少し気になっていた。
そして、その男の子を観察していると、その行動の意味がわかるようになってきた。
その子は、自分のために喧嘩をしているわけではなかった。
その子は、誰かのために喧嘩ができる子だった。
いじめられて泣いてる子のために戦ったり、言いがかりをつけているのに反発したり、納得いかないことは先生とでも口論したり。
何もかも、他人事なのに。どうしてそんな損なことをするんだろう。
いつも真剣に怒ってばかりの不思議な子だった。やっぱり、何でも曖昧に笑って誤魔化す自分とは正反対だった。
だからこそ、強く印象に残っていた。
新しい中学に入って、すぐに喧嘩をするという男子生徒の噂を聞いた。
その名前を聞いて、あの男の子のことだろうとすぐにわかった。
それに気づくと、少しだけ胸が高鳴る自分がいた。
私は、あの子のことが好きだったんだろうか? いや、そんなはずないよね。
たった一年一緒にいただけで、そんなに話したこともないし。
もし好きだったんだとしても、きっとそれは幼い頃のちょっとしたものだと思う。
でも、確かめてみたい気持ちになった。
その男子生徒は、今はよく図書室にいるらしい。
あの子はいつも喧嘩してばかりで、誰ともつるめていなかった。
だから、きっと一人で寂しく読書でもしているんだろう。
そう思いながら、図書室の扉を開けた。
そこには、その子がいた。
でも、その子だけじゃなかった。
その子の向かい側には、一人の女の子がいた。
二人は机を挟んで、向かい合わせに読書をしていた。
そして、ときどき目を合わせては、一言二言話していた。
男の子が読書に夢中になってる時も、女の子の方は本を読んでいるフリをしながら、しきりに男の子のことを見ていた。
それは、誰にも入り込めない二人だけの空間だった。
隣同士で座り合ってるわけでもないのに、お互いに直接触れ合ってもいないのに、まるで恋人同士かのような雰囲気があった。
もしかしたら、女の子の片想いなのかもしれない。
でも、女の子が勇気を出せばすぐに両想いになるんだろうなというのは、傍から見ればわかった。
そう。
誰のものでもなかったあの男の子は。
たった一人の女の子のものになっていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる