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瀬戸

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 私の両親は、普通の人達だった。
 ただ、少しばかり引っ越しの数が多かった。
 いわゆる転勤族というものらしく、同じ家で一年過ごせれば良い方だった。
 そのせいで、友達が出来ても毎回別れて、いつも悲しい想いをすることになった。
 もう覚えてないけど、小学校の頃からだから、たぶん十回ぐらいは引っ越してると思う。
 一年だけの学校。一年だけの先生。一年だけの友達。一年だけの関係。
 そんな日々が続いていく中で、私は、あまり他人に深入りしないことを覚えた。
 どうせ一年もすれば別れてしまうんだから、深くわかり合ったって意味がない。
 喧嘩をしたって損だし、気にくわない人がいても、一年我慢すればいなくなる。
 だから、相手が好きでも嫌いでも、とりあえず笑って話を合わせておけばいい。
 それが、私が最初に学んだ世渡りの方法だった。

 中学三年生、それも三学期の後半になって、私はまた引っ越すことになった。
 でも両親が言うには、これが最後の引っ越しらしい。
 なんでも、お父さんが昇進をして、一つの場所に留まれるようになったとか。
 まあ、正直どうでもよかった。今さら環境が変わったところで、生き方が変わるわけじゃないし。
 もう十年近くも引っ越し続けてたんだから、引っ越さない生活なんて想像もできないよ。

 新しく住む家と、新しく通う学校があるのは、昔一度だけいたことのある場所だった。
 たしか小学校の頃。何年生だったかは、よく覚えてない。
 他人に深入りしないことを覚えた私だけど、他人の顔を覚えていないわけじゃなかった。
 厄介なことに、私は他人の顔を覚えることには長けていた。
 とはいえ、十回も引っ越して、他の子の十倍は人の顔を見ているから、覚えていられる相手の数は限られていた。
 普通にしている子は、引っ越した先で似たような子をすぐに見るから忘れてしまう。
 私がよく覚えているのは、どこか変なことをする子ばかりだった。

 その中に、一人の男の子がいた。確か、この辺りの学校で会ったと思う。
 その子はとにかくすぐに喧嘩をする子で、当時の自分からしても、世渡りがすごく下手だなと思った。
 他の男の子とは毎日のように衝突しているし、時には女の子とすら言い争っていた。
 自分とは正反対の子だなと思っていた。だから、少し気になっていた。
 そして、その男の子を観察していると、その行動の意味がわかるようになってきた。

 その子は、自分のために喧嘩をしているわけではなかった。
 その子は、誰かのために喧嘩ができる子だった。
 いじめられて泣いてる子のために戦ったり、言いがかりをつけているのに反発したり、納得いかないことは先生とでも口論したり。
 何もかも、他人事なのに。どうしてそんな損なことをするんだろう。
 いつも真剣に怒ってばかりの不思議な子だった。やっぱり、何でも曖昧に笑って誤魔化す自分とは正反対だった。
 だからこそ、強く印象に残っていた。

 新しい中学に入って、すぐに喧嘩をするという男子生徒の噂を聞いた。
 その名前を聞いて、あの男の子のことだろうとすぐにわかった。
 それに気づくと、少しだけ胸が高鳴る自分がいた。
 私は、あの子のことが好きだったんだろうか? いや、そんなはずないよね。
 たった一年一緒にいただけで、そんなに話したこともないし。
 もし好きだったんだとしても、きっとそれは幼い頃のちょっとしたものだと思う。

 でも、確かめてみたい気持ちになった。

 その男子生徒は、今はよく図書室にいるらしい。
 あの子はいつも喧嘩してばかりで、誰ともつるめていなかった。
 だから、きっと一人で寂しく読書でもしているんだろう。
 そう思いながら、図書室の扉を開けた。



 そこには、その子がいた。
 でも、その子だけじゃなかった。
 その子の向かい側には、一人の女の子がいた。
 二人は机を挟んで、向かい合わせに読書をしていた。
 そして、ときどき目を合わせては、一言二言話していた。
 男の子が読書に夢中になってる時も、女の子の方は本を読んでいるフリをしながら、しきりに男の子のことを見ていた。
 それは、誰にも入り込めない二人だけの空間だった。
 隣同士で座り合ってるわけでもないのに、お互いに直接触れ合ってもいないのに、まるで恋人同士かのような雰囲気があった。
 もしかしたら、女の子の片想いなのかもしれない。
 でも、女の子が勇気を出せばすぐに両想いになるんだろうなというのは、傍から見ればわかった。


 そう。
 誰のものでもなかったあの男の子は。
 たった一人の女の子のものになっていた。
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