上 下
63 / 67

昔話

しおりを挟む
「たぶん、私、はじめて会った時から桜井くんのこと好きだったんだと思う」
「え、それって」
「そう、図書室で会った時」

「びっくりしたな~。まさか話しかけてくる人がいるなんて思わなかったから」

「それも男の子なんだもん」
「ごめん」
「いいよ、嬉しかったから」

「ライトノベルの話をできたのも、はじめてだった」
「そっか」
「はじめての男の子の友達も、はじめての趣味の話も、はじめての恋も、桜井くんだった」

「だから、桜井くんには、紗花って呼んで欲しくなった」


「でも、ああ、私は桜井くんが好きなんだなぁって思ったのは、もうちょっと後だったかな」
「え?」
「はじめて一緒にお出かけしたこと、あったでしょ?」
「うん」
「あの日、すごく緊張しちゃって」
「うん」
「えっと、その、ね。あの、あれがね」
「ああ」
「あの日のね、その」
「大体わかった」
「緊張しすぎて、ちょっとね。気分悪くなっちゃって」
「そうだったんだ」
「どうしても上手く歩けなかったんだ」
「ああ」
「そうしたら、桜井くんが手を引こうか、って言ってくれて」
「そんなこともあったな」
「なんか、すごくカッコよかった」
「そうか?」
「うん。ヒーローだったよ、ヒーロー」
「そういう意味だったのか」
「それだけじゃないけどね」

「それで、桜井くんのことが好きなんだなって、わかった」
「そんなことで?」
「ひどいなぁ。私にとっては一大事なのに」
「ごめん」
「繋いだ手がね、なんだかすごく熱くって、気持ち良かった」

「だから、私は絶対にこの人のことが好きなんだなって、思ったよ」
「そっか」
「また手を繋ぎたくって、それからはいつもゆっくり歩いてた」
「ああ、どうりで」
「なに?」
「やたらと早く歩く時があるのに、おかしいなって思ってたんだ」
「あはは。バレちゃってた?」
「いや、ギリギリセーフ」
「桜井くん、鈍感だもんね」
「普通わからないだろ。そんなの」
「そういうところも、好きだったな」


「本当はすぐにでも告白したかったけど、やっぱり、ちょっと怖くてね」
「そっか」
「私、あんまりスタイルよくなかったし、髪質も悪かったし」
「そんなことないよ」
「桜井くんはそう言ってくれるけどね。やっぱり、自信がなくて」
「そっか」
「どうしようかなーって悩んだ時に、よし、ダイエットするかと思って」
「うん」
「でもやっぱり桜井くんとも一緒にいたかったから、お願いしたの」
「そうだったんだ」
「ちょっと恥ずかしかったけどね。一緒に運動するの」
「まあ、不思議なやつだなとは思ってた」
「あはは」


「あとは、桜井くんの好みも知りたかったんだ」

「だから、ヘアスタイルとかメイクの研究って言って、手伝ってもらって」

「桜井くん好みの女性になれるように、頑張ってみた」
「すごいな」
「なにが?」
「いや、女の子ってすごいんだなと思って」
「ふふ」


「そういえば、カーディガン買ってもらったことあったでしょ?」
「うん」
「あれ、わざと薄着で行ったんだ」
「なんだそれ」
「薄着で行ったら、買ってもらえるかなって思って」
「えぇ」
「寒い寒いーっていっぱい言ったら、やっぱり桜井くんは買ってくれたね」
「悪いやつだな」
「あはは。だって、プレゼントして欲しかったから」
「そっか」
「桜井くんのプレゼント、一個ぐらいは、欲しかった」

「誕生日は、過ぎちゃってたし」


「スマホもね、お揃いにしたかったの」
「そうなんだ」
「だから、桜井くんについてきてもらって」
「うん」
「それとなーく、同じの買っちゃった」
「ごめん」
「どうして?」
「勝手に変えちゃったから」
「いいよ、もう」


「北雪の受験勉強、大変だったなぁ」
「そうだな」
「桜井くん、私なんかよりも頭いいんだもん」
「そうか?」
「一年で追いつくの、大変だったんだからね」
「そうなんだ」
「どうしても、一緒の学校に通いたかったから」
「気づかなかった」
「やっぱり、桜井くんって鈍感だよね」
「ははは、ごめん」
「いいよ。そのおかげで、また会えたし」


「本当はね」
「うん」
「桜井くんと友達じゃなくなった日に、告白するつもりだったんだ」

「やっと自分に自信がついてきて」

「桜井くんの好みもわかったし」

「受験も終わって、一緒の学校に通えることになったし」

「今しかないかなって、思ってた」
「ごめん」
「ひどいよね」

「せっかく朝からデートしてたのに」
「あれ、デートだったんだ」
「そうだよ」

「好きな人と一緒に出かけたら、それってデートじゃないの?」
「どうだろう、わからないな」
「ふふ。私にとってはそうだったんだよ」

「一緒に本屋に行って」

「一緒に参考書を見て」

「一緒に珈琲を飲んで」

「一緒に本を読んだり」

「あれでデートじゃなかったら、何がデートなの?」
「なんかデートって、もっとロマンチックなものな気がしないか?」
「えー、十分ロマンチックなんだけどなぁ」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」


「そのあと、一緒にレストランで食事したよね」
「うん」
「あれ、同じイタリアンのお店だったの、気づいてた?」
「え? 全然気づかなかった」
「そうだよね。あの頃の桜井くん、大変だったみたいだから」
「それは、確かにそうかも」
「一緒にトマトソースのパスタ食べたの、覚えてる?」
「ああ、それはちょっとだけ、覚えてた」
「あの時、口の周りについてるって桜井くんに言われたの」
「そうなんだ」
「それまで誰にも言われたことなかったから、恥ずかしかったなぁ」
「へえ」
「それも、よりにもよって好きな相手に、だったからね」

「ペーパーナプキン、嬉しかったよ」


「そのあと、桜井くんのお家に行ったでしょ?」
「うん」
「桜井くんに第二ボタンもらって、よし、告白するぞって思ったんだけど」

「その時に、言われちゃうんだもんなあ」

「他人になろう、って」

「ちょっと、泣きたくなっちゃった」
「ごめん」


「桜井くんに言われた時にさ」
「うん」
「桜井くん、これで私のこと忘れちゃったらどうしようって、不安になった」
「そんなこと、ないんだけどな」
「わかんないでしょ? 進学したら、人間関係なんて変わっちゃうし」
「まあ、それはそうかも」
「桜井くん、すぐに彼女できちゃうかもしれないし」
「はあ」
「そしたら、私のことなんてどうでもよくなっちゃうでしょ?」
「できなかったけどな」
「ふふ」

「どうしても桜井くんに忘れて欲しくなかったからさ」
「うん」
「カーディガン、わざと間違えて置いていったの」
「怖いな」
「なにが?」
「紗花が」
「そうかな? 普通じゃない?」
「さあ」
「ひどいなー」


「さすがに学園でだけ、他人のフリするんだと思ってたんだけどね」

「まさか、遊ぶこともできなくなるなんて、思わなかったなあ」

「アプリもブロックされちゃうし」
「ごめん」
「どうしたらいいか、わからなくなっちゃったよ」


「せめて一年の頃に、同じクラスだったら良かったのになあ」
「どうして?」
「そうしたら、堂々と桜井くんと一緒にいられたでしょ?」

「でもクラス、遠かったよね」
「AとDだからな」
「あ、知ってたんだ? 私のクラス」
「学園のアイドルだからな」
「紗花だから、って言ってくれないの?」
「紗花だからな」
「ありがとう」


「桜井くんとなんとかまた知り合おうと思ってさ」
「うん」
「恋愛小説、たくさん読んだの」
「え、なんで?」
「こう、印象に残る出会い方とか言葉が、ないかなって」
「なに言ってるんだ?」
「変かな?」
「さすがに変だと思う」
「うーん、でも私、あんまり器用じゃないからなあ」
「それは知ってる」
「でしょ?」
「うん」
「実際にやってみようとも思ったんだけど」

「たくさん友達ができちゃってさ」

「告白もたくさんされるようになっちゃって」

「桜井くんに声かけるタイミング、全然なかったよ」
「そっか」


「友達と話してる時に、桜井くんが脇を通ったことあるでしょ?」
「あったな」
「あの時、いつも桜井くんのこと見てたんだ」
「気づかなかった」
「それで、話を聞いてなくていつも友達に怒られちゃうの」
「ははは」
「笑いごとじゃないんだけどなあ」
「ごめんごめん」
「いいよ、もう」

「桜井くんから話しかけてくれないかなーって思ってね」
「うん」
「髪型、色々変えてみたんだ」
「そうだったんだ」
「桜井くんが似合うって言ってくれたやつね」

「でも、桜井くんって大体は似合うって言ってくれてたから、困っちゃうよね」
「だって、そう思ったからな」
「そういうところも、好きだった」


「実はね。ラブレター、何度も書いてみたの」
「そうなんだ」
「でも、本当は桜井くんに嫌われてたらどうしようって、思っちゃって」
「ごめん」
「一度も出せないままだったなあ」

「そして、二年生になっちゃった」


「桜井くんのお母さんがお家に来たって、前に言ったよね?」
「うん」
「合鍵もらった時に、ちょっと嬉しかったんだ」
「どうして?」
「これ、桜井くんと話す口実になるかなと思って」

「本当は、お家に押しかけようかなとも思ったんだけど」

「さすがに怖がられちゃうかなーって、思った」
「別にいいのに」
「今さら言われてもなー」

「二年生になって、私がA組の前にいたことあったでしょ?」
「あったな」
「あの時は、絶対に話しかけようと思ってたんだよね」
「そうだったのか」
「合鍵を見せれば桜井くんも観念するだろうと思って」
「ははは」
「でも、せっかく目が合っても無視されちゃうし」

「友達でも知り合いでもないって言われちゃうし」

「愛美ちゃんと、なんか仲良さげで」

「なんだかすごく、寂しかったな」

「声、かけられなかったよ」
「ごめん」


「桜井くんが愛美ちゃんと付き合ってたらどうしようって思ったら、すごく焦っちゃって」

「今まで我慢してたのに、たくさん通話とメール、しちゃった」
「そうだったんだ」
「桜井くんがやっと出てくれたと思ったら」

「七瀬さんって言われちゃうから、やっぱり悲しかったな」

「桜井くんには、紗花って呼んで欲しかったのに」
「ごめん」


「あの時、ストーカーにつきまとわれてるって言ったよね?」
「うん」
「本当は、好きって言いたかったんだ」

「でも、上手く言えなくて」

「とっさに、前に読んだ小説の真似して誤魔化したの」

「でも、あれは自分でも名案だと思った」
「どうして?」
「桜井くんなら、助けてくれると思ってたから」

「やっぱり、助けてくれたよね」


「通話が終わったあと、ずっとアプリ眺めてた」
「ああ、やっぱりそうだったんだ」
「気づいてたの?」
「やたらと反応が早いなとは思ってた」
「当たり前でしょ」

「桜井くんのこと、好きだったから」


「でも、やっぱり顔を合わせて話したくて」

「次の日の朝、待ち伏せしちゃった」
「ああ」
「アプリで話すなら、いいかなって思って」

「それで、迷惑かけちゃったよね」
「いいよ、別に」
「ありがとう」


「でも、直接お話したいから、教室に行ったの」
「そうだったのか」
「お話し中だったの、運が悪かったなあ」

「みんなと連絡先交換してるのも、ちょっと嫉妬しちゃった」
「どうして?」
「桜井くんの、特別になりたかったから」
「なってるよ」
「嬉しいなぁ」


「どんな話題なら桜井くんと楽しくお話できるかなって考えて」

「やっぱり、ライトノベルかなって思った」
「楽しかったな」
「うん。楽しかった」

「毎日話したいぐらいだった」


「でもね、やっぱりね、どうしても、我慢できなかったんだ」
「なに?」
「どうしても、通話じゃ満足、できなくて」
「ああ」
「桜井くんと、会って、話したく、て」
「うん」
「桜井くんの、一番好きな、ロングヘアーに……して」
「うん」
「お家の……前で……待ち伏せ……した……の」
「ごめん」
「なんで……あんなっ……こと……言うのっ……かなあ」
「紗花に迷惑がかかるかなって、思っちゃってさ」
「桜井くんが……私の迷惑になることなんて……絶対にないのに……」
「ありがとう」




「落ち着いた?」
「うん……」
「俺のハンカチ使う方がよくないか?」
「大丈夫だよ」

「これも、桜井くんのだしね」


「桜井くんは、やっぱり私のこと嫌いなのかなって思って」

「スクールカウンセラーの人に、相談したの」

「でね。話してみたら、結構すっきりした」
「そっか」
「やっぱり私は桜井くんが好きなままなんだなぁって、思ったよ」

「だから、どうしても連絡を取りたくて」

「勇気を出して、メッセージ、送った」

「送るのに、二時間ぐらいかかっちゃったけどね」


「そして、閃いたんですよ」
「なにを?」
「休日に外出すればいいんじゃないかなって」
「ははは」
「桜井くんは、絶対についてきてくれるって信じてたから」
「まあ、そうだな」
「気合を入れて、髪の毛の後ろに編み込みをしてみました」
「え、どうして?」
「桜井くんに、見て欲しかったから」
「そっか」


「待ち合わせの時に、私、ギリギリだったでしょ?」
「うん」
「あれ、本当は二時間前に着いてたの」
「そうだったんだ」
「一時間したら桜井くんが来てくれて」

「でも、桜井くんに話しかけられないから、遠くからずっと眺めてた」
「ごめんな」
「いいよ。結構、楽しかったから」


「エスカレーター、ごめんね」
「ああ」
「桜井くんが嫌なの、わかってなかったから」
「気にしないで」
「やっぱり優しいね、桜井くんは」
「そうかな」
「そうだよ」
「優しいのは、紗花の方だと思う」
「そうかな」
「そうだよ」
「ありがとう。嬉しいな」


「田中先生の本、オススメしたでしょ?」
「うん」
「あれ、棚の前で待ち伏せしてたの」
「そうだろうなと思った」
「え、気づいてたの?」
「いや、さすがに話の流れでわかる」
「そっか」

「私、ちょっとずるくって」

「桜井くんが、間違って私に触ってくれないかなって、期待してた」

「久しぶりに桜井くんの声を近くで聞けて、嬉しかったな」


「田中先生の本をオススメしたのにも、理由があって」

「色々あった私たちでも、また仲良くなれないかなって、伝えたかったんだ」
「ちょっとは、なれたかな」
「けっこう、なれたよ」
「それは、よかった」


「参考書の時はね」

「今度は自分から、桜井くんの方に行ってみようと思った」

「ぶつかって、迷惑かけちゃったね」
「いいよ」
「でも、ちょっと、ラッキーだったかな」

「桜井くんが、久しぶりに私の手を握ってくれたから」


「カフェ、あったじゃないですか」
「ありましたね」
「あの時、あわよくば桜井くんの隣に座ろうと思っていたんですよ」
「そうなんですか」
「でも滝川くんがいて困っちゃったなー」

「用もないのにお手洗いに二回も行ったの、ちょっと恥ずかしかった」


「モバイルバッテリー、わざと持っていかなかったの」
「やっぱり?」
「うん」
「心配して損した」
「心配してくれてたの?」
「そりゃね」
「嬉しいかも」
「なんだよそれ」
「あはは」

「スマホの電池が切れるまで、桜井くんを連れ回すのも、ちょっと楽しかったな」
「ひどいやつだな」
「だって、どこに行っても桜井くんがついてきてくれるんだよ?」
「だから?」
「もうデートですよ、それは」
「そうか?」
「あの時の私にとっては、そうだったんだ」
しおりを挟む

処理中です...