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ランフェルの葬儀は親しかった教師と教え子の手で厳粛に執り行われた。
中州の北西、榛の木にかこまれた一角がアイン・オソで暮らしていた者たちの合同墓地だ。歴代教授の墓は、〈塔〉の地下に別にあると聞いていた。
河に向かうなだらかな斜面に、手のひらほどの白い陶板が幾つも並んでいた。百以上はあるだろう。ランフェルの名が書かれた陶板も、彼の眠る土の上にそっと埋め込まれた。
まだ艶のある陶板は、他の陶板よりも西陽を強く弾いた。トルグは、他の仲間たちとともに、夕闇が落ちるまでその場に佇んだ。
新教授に選ばれたのはデュレンだった。
「デュレンは〈力〉を重んじる」
ランフェルの遺品の整理をしながらウゲンが言った。
「ランフェル先生とはまるで違う」
「ああ、確かに」
ハルトはつぶやいた。
「やはり──」
「ウゲン」
ファロムがウゲンの言葉をさえぎった。ハルトも首を振り、
「証拠はなにもない」
トルグは心を騒がせながら彼らの会話を聞いていた。
デュレンはリイシャの師だ。彼がランフェルの死に関係あるというのだろうか。学生たちの知らないところで、魔法使いの陰湿な権力闘争が行われているのだろうか。
考えたくなかった。
トルグは作業に集中した。
遺品と言ってもほとんどが本で、書棚やあちらこちらに乱雑に積み上げてあるものを分類していく。分厚く重い装丁本は図書館に運び、ランフェルが癖のある字で書き連ねた写本は必要な者が貰うことにしていた。
ハルトは羊皮紙の束を一枚一枚確認していた。
「それはなに?」
トルグは訊ねた。
「〔主な伝染病の潜伏期間と隔離方〕」
ハルトは羊皮紙の字を指でなぞった。
「ランフェル先生は小難しく書かれた本の内容を、わかりやすくまとめていた。魔法使いでなくても、読んで理解できるように」
「たくさん写本を作って魔法使いの手が回らない所に置くの」
とイルー。
「字が読める者さえいれば、とっても役立つはず」
「これは、ほとんど出来上がっている。ほかにもいろいろ」
「先生の後を継ぐ者が必要だ」
ファロムが言った。
「そのつもりなんだろ、ハルト」
「ああ」
ハルトは手を止め、ちょっと黙り込んだ。
「うまく卒業できれば。ランフェル先生は、亡くなる前に願書を出してくれていた。今朝がたトーム先生に聞いて驚いたよ」
「まあ」
イルーの笑顔が弾けた。
「おめでとう、ハルト」
「めでたいのは認定試験に受かってからだ」
「あなたなら、きっとうまくやるわよ」
「だといいんだが」
「じゃあ、魔法使いになってもアイン・オソに残るんだね、ハルトさん」
声を弾ませてトルグも言った。
「ああ。そのつもりだ」
ハルトはうなずき、声をひそめた。
「教師になれば、ランフェル先生の本当の死の理由がわかるかもしれない」
「そうだな」
ウゲンがぼそりとつぶやいた。
「アイン・オソの内部を知るには、魔法使いとしてここに残るしかない」
「試験はいつなの?」
トルグは訊ねた。
「十日後と聞いている」
「そう」
五人でこうしていられるのもあとわずかというわけだ。
トルグは馴染みの空間を見まわした。
トルグたちは、ひとまずトームの教室に籍を置くことにしていた。それからゆっくり師事する教師を探せばいいとトームは言ってくれたのだ。
指導者がいなくなったのはリイシャも同じだ、とトルグは思った。
デュレンは教授になって〈塔〉に入るのだから。
リイシャはどの教師をえらぶのだろう。
リイシャのことを考えていたやさき、彼女に会った。
夕刻、仲間たちと寮に戻る途中だ。広場の鐘楼前にリイシャが立っていた。リイシャはトルグを見て軽く片手を上げた。
自分を待っていた?
はっと立ち止まったトルグの肩を、イルーがぽんと叩いて押しやった。
「じゃあ、また明日ね、トルグ」
仲間たちはトルグを残して行ってしまった。トルグは、なるべくゆっくりとリイシャに近づいた。
「待っていたわ、トルグ」
リイシャは、微笑んだ。
「会いたくて」
「どうしたの? リイシャ」
「わたしね、卒業試験を受けることになったの」
トルグは目を見開いてリイシャを見つめた。
「いつも、突然教えてくれるよね、リイシャ」
トルグはようやく言った。声がうわずっていないか心配だった。
「おめでとう」
賞賛と羨望と喪失が、一気に心に押し寄せてくる。リイシャはいつもやすやすと飛び立ってしまう。自分をはるかに見おろして。
「すごいね、こんなに早く魔法使いになれるなんて」
「まだ決まってないわ」
リイシャは首を振った。夕陽を受けた彼女の髪は金色の光を振りこぼすようだった。
「試験に受からなくちゃね。でも、やっぱりあなたに一番早く教えたくて」
「そう。嬉しいよ」
二人は、三々五々寮に帰る学生たちの流れにのって歩き出した。
「ランフェル先生は、お気の毒だったわ。次の先生は決まった?」
「今はトーム先生。リイシャは探す必要がないからよかった」
「ええ」
「もう、会えなくなってしまうね」
「試験がうまくいったらもう一度会えるわ。わたし、アイン・オソに残るつもりだから」
トルグは驚いてリイシャを見つめた。
「故郷に戻るんじゃないの?」
「まだまだ勉強したいのよ。できればデュレン教授の側で。残れば教授の助手になれるわ」
リイシャはデュレンに傾倒しているようだ。ランフェルの死にかかわりがある人かもしれないのに。
「デュレン先生って、どんな人?」
リイシャはちょっと眉を上げ、微笑んだ。
「すばらしい人よ。〈力〉も心も。いつもヴェズのことを思っている。アイン・オソは変わるかもしれない」
「どんなふうに?」
「いい方向によ、もちろん」
「いまだって、悪くないよ」
「そうかしら。アイン・オソはアンシュの影に囚われすぎているのよ」
リイシャは教え諭すように言った。
「時代は変わっている。魔法はもっと有効に使うべきだわ」
「だけど」
「いまにわかるわ、あなたも」
トルグは、リイシャの横顔を見つめた。毅然として、自信に満ちた美しい顔だ。リイシャは彼女が信じた通りに生きている。自分に何が言えるだろう。
「試験が終わったら、必ず会ってくれるよね。リイシャ」
別れ際にトルグは言った。
「魔法使いになったリイシャを早く見たいな」
リイシャは、にっこりと耀くような笑みを浮かべた。
その笑顔は、長くトルグの心に残り続けた。
リイシャの認定試験は、ハルトと同じ日だった。
リイシャもハルトも、塔に上ったまま帰っては来なかった。
中州の北西、榛の木にかこまれた一角がアイン・オソで暮らしていた者たちの合同墓地だ。歴代教授の墓は、〈塔〉の地下に別にあると聞いていた。
河に向かうなだらかな斜面に、手のひらほどの白い陶板が幾つも並んでいた。百以上はあるだろう。ランフェルの名が書かれた陶板も、彼の眠る土の上にそっと埋め込まれた。
まだ艶のある陶板は、他の陶板よりも西陽を強く弾いた。トルグは、他の仲間たちとともに、夕闇が落ちるまでその場に佇んだ。
新教授に選ばれたのはデュレンだった。
「デュレンは〈力〉を重んじる」
ランフェルの遺品の整理をしながらウゲンが言った。
「ランフェル先生とはまるで違う」
「ああ、確かに」
ハルトはつぶやいた。
「やはり──」
「ウゲン」
ファロムがウゲンの言葉をさえぎった。ハルトも首を振り、
「証拠はなにもない」
トルグは心を騒がせながら彼らの会話を聞いていた。
デュレンはリイシャの師だ。彼がランフェルの死に関係あるというのだろうか。学生たちの知らないところで、魔法使いの陰湿な権力闘争が行われているのだろうか。
考えたくなかった。
トルグは作業に集中した。
遺品と言ってもほとんどが本で、書棚やあちらこちらに乱雑に積み上げてあるものを分類していく。分厚く重い装丁本は図書館に運び、ランフェルが癖のある字で書き連ねた写本は必要な者が貰うことにしていた。
ハルトは羊皮紙の束を一枚一枚確認していた。
「それはなに?」
トルグは訊ねた。
「〔主な伝染病の潜伏期間と隔離方〕」
ハルトは羊皮紙の字を指でなぞった。
「ランフェル先生は小難しく書かれた本の内容を、わかりやすくまとめていた。魔法使いでなくても、読んで理解できるように」
「たくさん写本を作って魔法使いの手が回らない所に置くの」
とイルー。
「字が読める者さえいれば、とっても役立つはず」
「これは、ほとんど出来上がっている。ほかにもいろいろ」
「先生の後を継ぐ者が必要だ」
ファロムが言った。
「そのつもりなんだろ、ハルト」
「ああ」
ハルトは手を止め、ちょっと黙り込んだ。
「うまく卒業できれば。ランフェル先生は、亡くなる前に願書を出してくれていた。今朝がたトーム先生に聞いて驚いたよ」
「まあ」
イルーの笑顔が弾けた。
「おめでとう、ハルト」
「めでたいのは認定試験に受かってからだ」
「あなたなら、きっとうまくやるわよ」
「だといいんだが」
「じゃあ、魔法使いになってもアイン・オソに残るんだね、ハルトさん」
声を弾ませてトルグも言った。
「ああ。そのつもりだ」
ハルトはうなずき、声をひそめた。
「教師になれば、ランフェル先生の本当の死の理由がわかるかもしれない」
「そうだな」
ウゲンがぼそりとつぶやいた。
「アイン・オソの内部を知るには、魔法使いとしてここに残るしかない」
「試験はいつなの?」
トルグは訊ねた。
「十日後と聞いている」
「そう」
五人でこうしていられるのもあとわずかというわけだ。
トルグは馴染みの空間を見まわした。
トルグたちは、ひとまずトームの教室に籍を置くことにしていた。それからゆっくり師事する教師を探せばいいとトームは言ってくれたのだ。
指導者がいなくなったのはリイシャも同じだ、とトルグは思った。
デュレンは教授になって〈塔〉に入るのだから。
リイシャはどの教師をえらぶのだろう。
リイシャのことを考えていたやさき、彼女に会った。
夕刻、仲間たちと寮に戻る途中だ。広場の鐘楼前にリイシャが立っていた。リイシャはトルグを見て軽く片手を上げた。
自分を待っていた?
はっと立ち止まったトルグの肩を、イルーがぽんと叩いて押しやった。
「じゃあ、また明日ね、トルグ」
仲間たちはトルグを残して行ってしまった。トルグは、なるべくゆっくりとリイシャに近づいた。
「待っていたわ、トルグ」
リイシャは、微笑んだ。
「会いたくて」
「どうしたの? リイシャ」
「わたしね、卒業試験を受けることになったの」
トルグは目を見開いてリイシャを見つめた。
「いつも、突然教えてくれるよね、リイシャ」
トルグはようやく言った。声がうわずっていないか心配だった。
「おめでとう」
賞賛と羨望と喪失が、一気に心に押し寄せてくる。リイシャはいつもやすやすと飛び立ってしまう。自分をはるかに見おろして。
「すごいね、こんなに早く魔法使いになれるなんて」
「まだ決まってないわ」
リイシャは首を振った。夕陽を受けた彼女の髪は金色の光を振りこぼすようだった。
「試験に受からなくちゃね。でも、やっぱりあなたに一番早く教えたくて」
「そう。嬉しいよ」
二人は、三々五々寮に帰る学生たちの流れにのって歩き出した。
「ランフェル先生は、お気の毒だったわ。次の先生は決まった?」
「今はトーム先生。リイシャは探す必要がないからよかった」
「ええ」
「もう、会えなくなってしまうね」
「試験がうまくいったらもう一度会えるわ。わたし、アイン・オソに残るつもりだから」
トルグは驚いてリイシャを見つめた。
「故郷に戻るんじゃないの?」
「まだまだ勉強したいのよ。できればデュレン教授の側で。残れば教授の助手になれるわ」
リイシャはデュレンに傾倒しているようだ。ランフェルの死にかかわりがある人かもしれないのに。
「デュレン先生って、どんな人?」
リイシャはちょっと眉を上げ、微笑んだ。
「すばらしい人よ。〈力〉も心も。いつもヴェズのことを思っている。アイン・オソは変わるかもしれない」
「どんなふうに?」
「いい方向によ、もちろん」
「いまだって、悪くないよ」
「そうかしら。アイン・オソはアンシュの影に囚われすぎているのよ」
リイシャは教え諭すように言った。
「時代は変わっている。魔法はもっと有効に使うべきだわ」
「だけど」
「いまにわかるわ、あなたも」
トルグは、リイシャの横顔を見つめた。毅然として、自信に満ちた美しい顔だ。リイシャは彼女が信じた通りに生きている。自分に何が言えるだろう。
「試験が終わったら、必ず会ってくれるよね。リイシャ」
別れ際にトルグは言った。
「魔法使いになったリイシャを早く見たいな」
リイシャは、にっこりと耀くような笑みを浮かべた。
その笑顔は、長くトルグの心に残り続けた。
リイシャの認定試験は、ハルトと同じ日だった。
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