14 / 23
14
しおりを挟む
塔の内周にそって造られた螺旋階段は、果てもなく続いていた。
人が擦れ違うのがやっとの狭い階段だ。いま歩いているのは、トルグ一人だけだが。
昇りはじめた夏の太陽が、塔を照りつけているころだった。しかし塔の内はひんやりして暑さは感じない。ところどころ穿たれた四角い窓も、石壁が厚いためにさほど陽射しを通さず、頭上が見えないほど薄暗い。
窓が開いていない方の壁は、なめらかな石の曲線が続いていた。
内部はどうなっているのだろう。
部屋があるとしても、扉らしきものはどこにもない。塔が何層建てになっているのかもわからなかった。それとも、空洞?
ぼんやりした光でようやく見える足下の石段は、長い年月、何百人もの魔法使い志願者に踏まれて摩耗していた。
リイシャもここを通ったのだ。たぶん、自信に満ちあふれて。
自分はといえば、緊張と不安に押しつぶされそうだった。この上に、いったい何が待っているのだろう。
トルグは目を閉じ、精神を澄ました。
平常心を保たなければ。
それにしても、階段は果てることもなくトルグの前に現れる。これは何かの魔法で、自分は最上階に辿り着くことなく永遠に螺旋階段を巡ることになるのではないかとすら思えてきた。
そうか。
トルグは、はっと立ち止まった。塔に入った時から、試験は始まっているのでは?
塔の最上階への扉は、自分で見つけ出さなければならないのだ。さもなければ際限もなく螺旋を巡り続けることになる。
トルグはさらに精神を澄まし、〈力〉を引き出した。
ゆっくりと階段を踏みしめて行く。
すると、突然階段がとぎれた。
平たくなった石の床の突き当たりに、大きな木の扉が立ちはだかっていた。
トルグは息を整えながら扉を見つめた。扉は黒い一枚板で、どんな装飾もついていない。闇がぴったりと貼り付いたかのようだった。
静かだ。
聞こえるものといったら、自分の息づかいだけ。
そっと扉に手を触れる。木のぬくもりは感じられず、指先がひやりとした。
トルグは一度大きく呼吸をし、扉をたたいた。
「入りなさい」
その声は、扉の向こうからではなく、トルグの頭の中に直接響いた。
トルグはためらわず、重い扉を押した。
ふいに冷たい風が吹いてきてトルグの髪をなぶった。湿り気を帯びた雪まじりの風だ。トルグは身を震わせたが、思い切って扉の中にすべりこんだ。
後ろで、音を立てて扉が閉まった。
トルグは、広大な雪原に立っていた。
見渡す限り果てのない白銀の世界だ。足下は固く凍りつき、風が大地の上に薄く積もった雪を舞い散らしていた。空だけは銀色の光を帯び、彼方に影のような山脈の連なりが見えた。
これが塔の中であるはずがない。
自分でも驚くほど冷静にトルグは考えた。
目くらましだろうか。それとも、試験のために作られた別の空間なのか。
教授たちは、トルグのはるか前方に立っていた。七人とも寛衣の頭巾をすっぽりと被り、景色の一部のように動かなかった。
彼らの方に向かってトルグは歩き出した。
が、すぐにはっと立ち止まった。
白い大地を二分するかのように、目の前に巨大な裂け目がはしっている。深く、幅広く。教授たちはその向こうにいた。
裂け目の上に、一本の橋が長く架け渡されていた。
橋と言うより、細い氷の板だ。トルグがようやく歩けるほどの幅しかなかった。足を滑らしたりしなければ。
「こちらに来なさい。トルグ」
再び声が響いた。
「ただし、魔法は使わずに」
トルグは目を見開いた。
魔法を使ってなら、たやすいことだった。空気に密度を持たせ、橋から落下しないように支えにしたり、足裏を橋に吸着させて歩いて行くのもいい。あるいは空に浮かぶとか、やってみたことはないが空間移動をためしてみることも。
しかし、魔法を使ってはならないのだ。
これは忍耐力を試す課題なのだろうか。
トルグは考えた。
魔法に頼るのは最後の最後だとランフェルは言っていたっけ。ランフェルとは正反対のデュレンが教授になっても、卒業試験は昔ながらのものを踏襲している?
とにかく、言われたことをやり遂げなければ。
トルグは意を決して氷の橋に足を踏み出した。
風が強くなってきて身体をふらつかせた。橋は長く、教授たちは彼方だ。
トルグは重心を保ちながら一歩一歩進んでいった。
ともすれば足が滑りそうになり、そのたびに立ち止まって息を整えた。
橋の下を見まいとしても、自分の足元に気をくばっている以上、いやでも目に入る。
亀裂の淵に音を立ててぶつかる風は、細かな雪を舞い上げた。それが底知れぬ深淵に、どこまでも落ちていく。漆黒の闇に吸い込まれ、消えてしまう。
トルグ恐怖を押し殺して前を見た。視界は前より白くなり、教授たちの姿は霞んでいた。
それでも、半分以上は進んだはずだ。ここまで来たら、這いずってでも行くしかない。
トルグがもう一度気持ちを奮い立たせた時、風の音に交じって泣き声が聞こえた。
後ろから。
か細い子供の声だ。
トルグは、はっとして振り返った。
数歩後ろの橋の上に、五つほどの男の子が立ちつくしていた。薄いチュニックにズボン、しかも裸足だ。恐怖に顔を強ばらせ、とぎれとぎれにかすれた泣き声を上げている。
いま自分が通ってきた場所に、子供がいるはずはない。
トルグは冷静に判断しようとした。
これも試験のひとつなのか? 容易に課題を遂行させないための。
だとすれば、前に進むしかない。子供もまた、教授たちが見せる幻なのだ。
思いはしたものの、なんという悲痛な泣き声だろう。両手をなすすべもなく胸の前で組み合わせている。小さな足は、氷の冷たさで赤く腫れ上がっている。
これは幻だ。トルグは自分に言い聞かせた。
しかし、つい振り向いてしまう。
放っておくことは、できなかった。このまま行ったとしたら、たとえ魔法使いになれたとしても、この子の姿は一生脳裏に残り続けることになるだろう。
トルグはゆっくりと方向を変えた。そろそろと子供に近づき、両手を差し伸べた。
子供は、涙でくしゃくしゃになった顔でトルグを見上げた。
「だいじょうぶだ」
トルグはささやいた。
「いっしょに渡ろう」
子供はかぶりを振り、じりじりと後ずさった。足に血がにじんでいた。
見てはいられず、トルグはさらに歩み寄った。
「ぼくの手を取るんだ。怖がらないで」
しかし、恐怖で混乱した子供は、トルグが言っていることもわからないようだった。
なおも後ずさり、橋から足を踏み外した。
子供は悲鳴を上げた。
トルグの伸ばした手は、子供の腕をかすめただった。
子供は手足をばたばたさせて、一瞬空中に浮かんだかに見えた。そして、引きつった表情を凍りつかせ、そのまま深淵へと──。
魔法を使ってはならないという試験だった。子供が、トルグに橋を渡らせまいとする障壁だということも理解していた。
しかし、理性と感情は違っていた。幻であってもかまわない。闇の中に落ちていく子供を見捨てるくらいなら、魔法使いになどならなくてもいい。トルグは、はっきりとそう思った。
トルグは〈力〉を放った。
一瞬、何かに遮られている感覚があった。
ここは、魔法が使いづらくなっているのか。
かまわずトルグは〈力〉を押し広げた。落下する子供を止め、自分のもとに引き寄せた。
トルグの腕の中で、子供はぐったりと気を失っていた。
確かな重みを感じた。トルグは子供の髪に顔を埋めた。
すべて終わったのか?
しかし、後悔はない。たとえこれが実体でなかったとしても。
トルグが子供を抱えなおし、橋を渡りなおそうとした時、景色が一変した。
雪も銀色の空も、大地の亀裂も消えた。踏みしめていた橋が石の床になった。天井の高い円形の広間だ。硝子のはめ込まれた天窓から、明るい陽の光が降りそそいでいた。
七人の教授がトルグを囲んでいた。みな頭巾を深く被ったままなので、誰が誰だかわからなかった。もっとも、トルグの知っている顔はデュレンだけだったが。
一人が、すっと手を伸ばしてトルグから子供を受け取った。
「この子は?」
「人形よ。良くできているでしょう」
落ち着いた女性の声だった。教授には女性もいるのだ。
「ええ」
トルグはこくりとうなずいた。
「ほんとうに」
「よろしい」
別の声が言った。
「合格だ、トルグ」
トルグははっと顔を上げた。
「でも」
「不満なのかね」
「ぼくは、魔法を使いました」
「使うべきだから使った。自分の選択は正しくないと?」
「いえ」
「ならば、それでいい」
トルグは、当惑して教授たちを見まわした。
魔法を使うなと命じられた。教授たちはその結果を見定めたかったのか。トルグの行為は、彼らが満足するものだったのだ。
まだぼんやりしているトルグに、同じ声が言った。
「これからどうするね。故郷に帰らないのなら、赴任先もいくつかある。決めなさい」
「ぼくは」
トルグは、はっと顔を上げた。
「アイン・オソに残りたいです。できれば、教師に」
「それもいい。まずは予備舎からだな」
「ありがとうございます」
広間の扉がひとりでに開いた。もう行ってもいいということだ。
トルグは教授たちに頭を下げ、広間を出た。
その時、心が、さわりと揺らいだ。あるかなきかの風が、頬をかすかにかすめたように。
なにか懐かしい、知っているものの気配。
トルグは息を呑み、振り返った。
と同時に、扉は閉ざされた。
あれは……。
黒い扉の前に、トルグは立ち尽くした。
気配は消えていた。しかし、あの感じは、確かに……。
トルグはかすれた声でつぶやいた。
「リイシャ」
人が擦れ違うのがやっとの狭い階段だ。いま歩いているのは、トルグ一人だけだが。
昇りはじめた夏の太陽が、塔を照りつけているころだった。しかし塔の内はひんやりして暑さは感じない。ところどころ穿たれた四角い窓も、石壁が厚いためにさほど陽射しを通さず、頭上が見えないほど薄暗い。
窓が開いていない方の壁は、なめらかな石の曲線が続いていた。
内部はどうなっているのだろう。
部屋があるとしても、扉らしきものはどこにもない。塔が何層建てになっているのかもわからなかった。それとも、空洞?
ぼんやりした光でようやく見える足下の石段は、長い年月、何百人もの魔法使い志願者に踏まれて摩耗していた。
リイシャもここを通ったのだ。たぶん、自信に満ちあふれて。
自分はといえば、緊張と不安に押しつぶされそうだった。この上に、いったい何が待っているのだろう。
トルグは目を閉じ、精神を澄ました。
平常心を保たなければ。
それにしても、階段は果てることもなくトルグの前に現れる。これは何かの魔法で、自分は最上階に辿り着くことなく永遠に螺旋階段を巡ることになるのではないかとすら思えてきた。
そうか。
トルグは、はっと立ち止まった。塔に入った時から、試験は始まっているのでは?
塔の最上階への扉は、自分で見つけ出さなければならないのだ。さもなければ際限もなく螺旋を巡り続けることになる。
トルグはさらに精神を澄まし、〈力〉を引き出した。
ゆっくりと階段を踏みしめて行く。
すると、突然階段がとぎれた。
平たくなった石の床の突き当たりに、大きな木の扉が立ちはだかっていた。
トルグは息を整えながら扉を見つめた。扉は黒い一枚板で、どんな装飾もついていない。闇がぴったりと貼り付いたかのようだった。
静かだ。
聞こえるものといったら、自分の息づかいだけ。
そっと扉に手を触れる。木のぬくもりは感じられず、指先がひやりとした。
トルグは一度大きく呼吸をし、扉をたたいた。
「入りなさい」
その声は、扉の向こうからではなく、トルグの頭の中に直接響いた。
トルグはためらわず、重い扉を押した。
ふいに冷たい風が吹いてきてトルグの髪をなぶった。湿り気を帯びた雪まじりの風だ。トルグは身を震わせたが、思い切って扉の中にすべりこんだ。
後ろで、音を立てて扉が閉まった。
トルグは、広大な雪原に立っていた。
見渡す限り果てのない白銀の世界だ。足下は固く凍りつき、風が大地の上に薄く積もった雪を舞い散らしていた。空だけは銀色の光を帯び、彼方に影のような山脈の連なりが見えた。
これが塔の中であるはずがない。
自分でも驚くほど冷静にトルグは考えた。
目くらましだろうか。それとも、試験のために作られた別の空間なのか。
教授たちは、トルグのはるか前方に立っていた。七人とも寛衣の頭巾をすっぽりと被り、景色の一部のように動かなかった。
彼らの方に向かってトルグは歩き出した。
が、すぐにはっと立ち止まった。
白い大地を二分するかのように、目の前に巨大な裂け目がはしっている。深く、幅広く。教授たちはその向こうにいた。
裂け目の上に、一本の橋が長く架け渡されていた。
橋と言うより、細い氷の板だ。トルグがようやく歩けるほどの幅しかなかった。足を滑らしたりしなければ。
「こちらに来なさい。トルグ」
再び声が響いた。
「ただし、魔法は使わずに」
トルグは目を見開いた。
魔法を使ってなら、たやすいことだった。空気に密度を持たせ、橋から落下しないように支えにしたり、足裏を橋に吸着させて歩いて行くのもいい。あるいは空に浮かぶとか、やってみたことはないが空間移動をためしてみることも。
しかし、魔法を使ってはならないのだ。
これは忍耐力を試す課題なのだろうか。
トルグは考えた。
魔法に頼るのは最後の最後だとランフェルは言っていたっけ。ランフェルとは正反対のデュレンが教授になっても、卒業試験は昔ながらのものを踏襲している?
とにかく、言われたことをやり遂げなければ。
トルグは意を決して氷の橋に足を踏み出した。
風が強くなってきて身体をふらつかせた。橋は長く、教授たちは彼方だ。
トルグは重心を保ちながら一歩一歩進んでいった。
ともすれば足が滑りそうになり、そのたびに立ち止まって息を整えた。
橋の下を見まいとしても、自分の足元に気をくばっている以上、いやでも目に入る。
亀裂の淵に音を立ててぶつかる風は、細かな雪を舞い上げた。それが底知れぬ深淵に、どこまでも落ちていく。漆黒の闇に吸い込まれ、消えてしまう。
トルグ恐怖を押し殺して前を見た。視界は前より白くなり、教授たちの姿は霞んでいた。
それでも、半分以上は進んだはずだ。ここまで来たら、這いずってでも行くしかない。
トルグがもう一度気持ちを奮い立たせた時、風の音に交じって泣き声が聞こえた。
後ろから。
か細い子供の声だ。
トルグは、はっとして振り返った。
数歩後ろの橋の上に、五つほどの男の子が立ちつくしていた。薄いチュニックにズボン、しかも裸足だ。恐怖に顔を強ばらせ、とぎれとぎれにかすれた泣き声を上げている。
いま自分が通ってきた場所に、子供がいるはずはない。
トルグは冷静に判断しようとした。
これも試験のひとつなのか? 容易に課題を遂行させないための。
だとすれば、前に進むしかない。子供もまた、教授たちが見せる幻なのだ。
思いはしたものの、なんという悲痛な泣き声だろう。両手をなすすべもなく胸の前で組み合わせている。小さな足は、氷の冷たさで赤く腫れ上がっている。
これは幻だ。トルグは自分に言い聞かせた。
しかし、つい振り向いてしまう。
放っておくことは、できなかった。このまま行ったとしたら、たとえ魔法使いになれたとしても、この子の姿は一生脳裏に残り続けることになるだろう。
トルグはゆっくりと方向を変えた。そろそろと子供に近づき、両手を差し伸べた。
子供は、涙でくしゃくしゃになった顔でトルグを見上げた。
「だいじょうぶだ」
トルグはささやいた。
「いっしょに渡ろう」
子供はかぶりを振り、じりじりと後ずさった。足に血がにじんでいた。
見てはいられず、トルグはさらに歩み寄った。
「ぼくの手を取るんだ。怖がらないで」
しかし、恐怖で混乱した子供は、トルグが言っていることもわからないようだった。
なおも後ずさり、橋から足を踏み外した。
子供は悲鳴を上げた。
トルグの伸ばした手は、子供の腕をかすめただった。
子供は手足をばたばたさせて、一瞬空中に浮かんだかに見えた。そして、引きつった表情を凍りつかせ、そのまま深淵へと──。
魔法を使ってはならないという試験だった。子供が、トルグに橋を渡らせまいとする障壁だということも理解していた。
しかし、理性と感情は違っていた。幻であってもかまわない。闇の中に落ちていく子供を見捨てるくらいなら、魔法使いになどならなくてもいい。トルグは、はっきりとそう思った。
トルグは〈力〉を放った。
一瞬、何かに遮られている感覚があった。
ここは、魔法が使いづらくなっているのか。
かまわずトルグは〈力〉を押し広げた。落下する子供を止め、自分のもとに引き寄せた。
トルグの腕の中で、子供はぐったりと気を失っていた。
確かな重みを感じた。トルグは子供の髪に顔を埋めた。
すべて終わったのか?
しかし、後悔はない。たとえこれが実体でなかったとしても。
トルグが子供を抱えなおし、橋を渡りなおそうとした時、景色が一変した。
雪も銀色の空も、大地の亀裂も消えた。踏みしめていた橋が石の床になった。天井の高い円形の広間だ。硝子のはめ込まれた天窓から、明るい陽の光が降りそそいでいた。
七人の教授がトルグを囲んでいた。みな頭巾を深く被ったままなので、誰が誰だかわからなかった。もっとも、トルグの知っている顔はデュレンだけだったが。
一人が、すっと手を伸ばしてトルグから子供を受け取った。
「この子は?」
「人形よ。良くできているでしょう」
落ち着いた女性の声だった。教授には女性もいるのだ。
「ええ」
トルグはこくりとうなずいた。
「ほんとうに」
「よろしい」
別の声が言った。
「合格だ、トルグ」
トルグははっと顔を上げた。
「でも」
「不満なのかね」
「ぼくは、魔法を使いました」
「使うべきだから使った。自分の選択は正しくないと?」
「いえ」
「ならば、それでいい」
トルグは、当惑して教授たちを見まわした。
魔法を使うなと命じられた。教授たちはその結果を見定めたかったのか。トルグの行為は、彼らが満足するものだったのだ。
まだぼんやりしているトルグに、同じ声が言った。
「これからどうするね。故郷に帰らないのなら、赴任先もいくつかある。決めなさい」
「ぼくは」
トルグは、はっと顔を上げた。
「アイン・オソに残りたいです。できれば、教師に」
「それもいい。まずは予備舎からだな」
「ありがとうございます」
広間の扉がひとりでに開いた。もう行ってもいいということだ。
トルグは教授たちに頭を下げ、広間を出た。
その時、心が、さわりと揺らいだ。あるかなきかの風が、頬をかすかにかすめたように。
なにか懐かしい、知っているものの気配。
トルグは息を呑み、振り返った。
と同時に、扉は閉ざされた。
あれは……。
黒い扉の前に、トルグは立ち尽くした。
気配は消えていた。しかし、あの感じは、確かに……。
トルグはかすれた声でつぶやいた。
「リイシャ」
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
邪魔者な私なもので
あんど もあ
ファンタジー
婚約者のウィレル様が、私の妹を食事に誘ったと報告をしてきました。なんて親切な方なのでしょう。でも、シェフが家にいるのになぜレストランに行くのですか?
天然な人の良いお嬢さまが、意図せずざまぁをする話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる