魔法使いの巣──ヴェズの魔法使い2

ginsui

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 下層の地下通路は上階と違い、荒削りで岩土がむき出しになっていた。ウゲンはその赤茶色の壁をじっと見つめた。
 魔法の気配を感じ、トルグも目をこらした。土壁と二重になって、黒い開き戸の影がぼんやりと見えた。
「これは?」
「扉があるな」
 トルグはうなずいた。
「開けるか?」 
 トルグはウゲンを見やった。
 唇の端を少し歪めたいつもの表情があるばかりだった。
「なぜ、ぼくが?」
「アイン・オソの地下には、古い〈力〉が隠されている。アイン・オソが生まれた時からのものだ」
 ウゲンはトルグの問いには答えず、淡々と話を続けた。
「魔法がまだ弱められていないころ、アンシュと戦った魔法使いたちが封じ込めた。アンシュと関係あるものらしいが、どんな形をしているのか、そもそも形を持ったものなのかもわからない。その後の魔法使いに、封じ込めを解く力はなかったし、解こうとも思わなかった。デュレン教授が現れるまでは」
「デュレン教授……」
「彼は〈力〉を必要としている」
「どの教授よりも〈力〉があるのに?」
「いにしえの魔法使いと比べたら、ごくわずかなものさ。アイン・オソがそうしてきた」
 ウゲンは、皮肉っぽく言った。
「保守派はいなくなり、以前より〈力〉を持った魔法使いが生まれている。彼らを統べるにはさらなる力が必要だ。かつての魔法使いのような。アンシュのような」
 トルグは、ぎょっとしてつぶやいた。
「統べる?」
「ああ」
「魔法使いの頂点に立つ者は誰もいません。すべては合議制で──」
「形骸化していることだ。今アイン・オソはデュレン教授の手の中にある」
「許されないことです」
「だからデュレンにこれ以上の〈力〉を与えてはならないんだ」
 トルグは、まじまじとウゲンを見つめた。
 ウゲンはデュレンに与しているわけではないらしい。トルグに今日が集会だと言ってウゲンに会わせたミトルも同様か。
 では、リイシャは?
「リイシャは、デュレン教授より先に〈力〉を封じた扉を見つけた」
 トルグの心を見透かしたようにウゲンは言った。
 トルグは、びくりと身を強ばらせた。
「扉の中に入って、それきり出てこない。もう二日たつ」
「なぜ…」
 トルグはかすれた声でささやいた。
「わからない、なにも。扉は同じ場所にとどまらず、姿を消したままま地下を移動しているようだ。ようやく見つけることができたが、おれに封じ込めを解く力は無い。で、きみを呼んだわけさ」
 リイシャは、デュレンよりも早く古い魔法の〈力〉を手に入れようとしたわけなのだ。デュレンが危険であることを知り、彼にそれを与えまいとしている。
 この奥にリイシャはいる。
 トルグはもう一度扉に向き合い、思念をこらした。
 リイシャの気配は感じられない。
 扉は幾重にも封じられていた。驚くほど強い〈力〉だ。
 一度に破るのは無理だった。トルグは両手のひらをかざし、対抗の〈力〉をこめた。ひとつひとつを引きはがしていく。
 ウゲンはただ、トルグの様子を見守っているだけだった。
 手先が震え、こめかみのあたりがぴりぴりした。〈力〉をこれほど持続させて使ったのは初めてのような気がする。歯の間からうめき声をもらし、トルグはついに最後の封印に行き着いた。黒い扉が徐々にその輪郭を形作り、やがてはっきりと現れた。手を触れると木の質感が感じられた。大きな金属の取っ手がついていた。
「引いてくれ」
 ウゲンが言った。
 トルグは取っ手に手をかけた。
 扉は思いのほか軽く、音もなく開いた。
 奥にあったのは、さらにまた石の壁。
「偽物だ」
 ウゲンは舌打ちした。
「失敗か。ようやく見つけたと思ったんだが」
 古の魔法使いは、つかみどころのない扉を作ったばかりか、偽物まで置いているということか。
「ウゲンさん」
 トルグは言った。
「扉を探してみます。リイシャの気配がわかりさえすれば」
 ウゲンはトルグを見、深くうなずいた。
「頼む。おれももう一度やってみる」
 トルグは左右の掌を地下の壁につけ、ゆっくり歩き出した。リイシャを感じることができさえすれば、扉も見つかるだろう。感覚をとぎすまし、思念と指先を一つにする。
 地下道は、迷路のように入り組んでいた。人を迷わすためにだけ作られたような場所だった。もはやこの上がアイン・オソのどこにあたるのか、見当もつかない。
 自分は、昔からリイシャを探してばかりいるようだ、とトルグは思った。最初は予備舎のラウドが作りだした空間だ。だが、あの時はリイシャが向こうから呼びかけてくれたから見つけることができたのだ。今は自分で何としてでも見つけなければ。
 地下に下りてから、いったいどれだけの時間がたったのかトルグはわからなくなっていた。夜明け前までには塔を出なければならないだろうが、リイシャに会うまではここを離れたくなかった。
 思念がばらついてきたので、トルグは立ち止まって大きく息をした。じんじんする掌は、壁ですれて血がにじんでいた。
 トルグは呼吸を整えて雑念を追いやった。リイシャに拒絶されるのが怖かった。だが今は、彼女もトルグの力を待っていると信じたい。
 トルグは深く思念を伸ばした。
 リイシャ。
 さわり、と心がそよいだ。
「リイシャ」
 トルグは声に出してつぶやいた。
 間違いない。これはリイシャの感覚だ。
 トルグは壁に両手のひらを押しつけた。
「見つけたのか?」
 ウゲンに返事もせず、トルグは壁を見つめた。先ほどと同じ黒い開き戸が見えてきた。先ほどと同じように思念をこらし、封じ込めを解いていった。
 足がふるえ、額に汗がにじんだ。しかしようやく扉の取っ手を手にし、トルグは最後の力をこめて引き開いた。
 そして、がくりと両膝をついた。そこいあったのは、またしても壁。
「偽物か、また」
 ウゲンがぼそりとつぶやいた。
 トルグはうずくまり、肩で大きく息をした。
 〈力〉を使い果たしたような気がした。昔の魔法使いの〈力〉とは、なんて強いものなのだろう。デュレンがこれほどの力を手に入れたら、だれも太刀打ちできないに違いない。
「大丈夫か。トルグ」
 トルグはうなずき、ふらふらと立ち上がった。偽扉の中の壁を見つめる。
 リイシャの気配は確かにあった。今も。
 トルグは偽扉の中の壁をもう一度見つめ、はっとした。うっすらと、扉の形があったのだ。〈力〉をふりしぼってそこを凝視すると、新しい扉の輪郭が浮かび上がってきた。徐々にはっきりと、黒い扉が現れた。
「本物は、偽物の中にあったのか」
 ウゲンは息をのんだ。トルグはこくりとうなずいた。
 しかし、いくら封じ込めをまさぐろうにも、トルグにはもう、それを解く力は残っていなかった。空っぽになってしまった自分を抱えて、トルグは扉の前で立ち尽くした。ただこれを眺めているしかないのか。
「トルグ」
 ウゲンが後からトルグの肩をささえ、何かを差し出した。
 トルグは目を見開いた。
「役に立つかも知れないと思って持ってきた」
 水晶玉。
 自分が〈力〉を貯めていたものだ。
 ウゲンは薄く笑っていた。
 ウゲンの手回しよすぎる行為を不審に思う余裕はなかった。トルグは両手で握りしめ、水晶の感触を確かめた。掌の色を映すほど透明で、ほんのり温かい。
 胸に押しつけると、水晶玉の〈力〉が、再び自分の中に還ってくるのを感じた。トルグは左手で水晶玉を持ったまま、扉の取っ手を右手で引いた。
 ゆっくりと開く扉の隙間から、地下の暗がりの中に鈍い光が射し込んできた。
 トルグは、すばやく光の中に身を滑り込ませた。ウゲンが後に続いた。
 扉は音もなく閉ざされた。
 トルグは振り返った。
 扉は消えていた。
 あたりは、ぼんやりと黄昏めいた光に充たされている。
 足下はつややかな岩だった。張り出した壁から石のつららが覆いかぶさり、いたるところに石筍が林立していた。
 広い鍾乳洞。
 二人を取り囲む鍾乳石は巨大な獣めき、窪んだ岩の奥には、新たな洞穴もうかがえた。
 数知れぬ鍾乳石の淡い影が交錯していた。灰色の網に囚われてしまったかのような錯覚に囚われる。
 はるか高みの天井には亀裂のような隙間が開いていて、そこから光がにじみ出しているのだ。
 アイン・オソの地下に、こんな場所があるわけはない。
「違う空間だな、ここは」
 ウゲンが、一声うなってつぶやいた。トルグは、ゆっくりうなずいた。
 古の魔法使いが新たに創りだした空間なのだろうか。それとも、ヴェズのどこかに存在する場所?
 トルグたちが立っているのは川の跡らしく、回廊めいて連なる石の柱を縫い、波打ちながら左右に続いていた。
「リイシャが、ここにいるのは間違いない。探してくれ」
 ウゲンに言われるまでもなく、トルグはリイシャの気配を探った。地下道にいる時よりも、はるかにはっきりとそれは感じられた。ゆるやかな傾斜がついた川床を、トルグは確信をもって辿っていった。
 ウゲンはあたりを見まわし、トルグの先に立って歩き出した。
 すると、リイシャの気配が消えた。
 まるで、息をひそめるように。
 トルグは、どきりとした。
 リイシャは助けを待っているわけではないのか。
 あの時のように、自分が見つけてやらなければと思っていた。
 しかし、違うらしい。
 むしろ、隠れている?
 なぜ。
 トルグは当惑して立ち止まった。
 眉を寄せ、足元で幾重にも交わる鍾乳石の薄い影に目を落とした。自分たちの影も交差している。ウゲンの影をふと辿り見て、息を呑んだ。
 ウゲンの姿と違う。
 影とはいえ、実体よりもはるかに大きく、背が高かった。ふと向けた横顔の輪郭も、トルグが知っているウゲンのものではなかった。
 トルグは後ずさった。
「あなたは!」
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