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「カーラに会ったかい? トルグ」
ミトルが言った。
「カーラ」
トルグは眉を上げた。
「昨日、予備舎に来た子ですね」
「うん」
ミトルはトルグが持ってきた生徒たちの成績表を受け取り、同じような羊皮紙が積まれた大きな事務机に置いた。立ち上がり、ひとつ伸びをする。
「お茶でも飲もうか、トルグ。今日の仕事は終わりだ」
トルグが魔法使いに認可されてから、十年が過ぎていた。
トルグは予備舎の教師を務めており、舎監はミトルだ。
ミトルのやわらかな物腰と美貌は、十年たっても変わらない。あいかわらず頭の後に結い上げた栗色の長髪に、いくらか白いものが交じるようになってはいたけれど。
ミトルは隣の私室にトルグを招き入れた。
暖炉の火の上では、すでにお湯が沸いていた。だいぶ肌寒くなってきた秋の終わり。火のぬくもりは心地よかった。
舎監の居室は、台所がないだけでトルグたちのものと変わらない。部屋の中央にテーブルと一脚の倚子、窓際には長椅子が置かれている。本と日用品が入った作り付けの棚の間に、寝室へのドアがあった。
トルグは長椅子に座り、ミトルが入れる香草茶のさわやかな香りに目を細めた。
窓の外は陽が落ちるまぎわだ。最後の陽の光が、部屋の中を赤く染めている。
「どう思う?」
ミトルはトルグの顔をのぞき込んだ。
「どう?」
「カーラだよ」
トルグは触ったらちくちくするに違いない銀色の短い髪、いつも顔を伏せ、小さく縮こまっているような少年を思い浮かべた。
ちらりと見ただけだ。その時から気になってはいたが──。
「彼の〈力〉のことですか?」
「ああ」
「たしかに」
トルグは、ミトルからきれいな薄緑色の茶が満たされたカップを受け取った。
「一瞬で感じました。並外れたものがあるようです。正式に魔法を学んでいけば、すばらしい魔法使いになるでしょう」
「昔なら、まっさきに殺されたくちだ」
ミトルは肩をすくめ、自分もカップを持って倚子に腰を下ろした。
「いま本舎に行っても通用する〈力〉だよ。ただ、彼はまだ八才だ」
トルグは驚いた。
「もっと上かと思っていましたよ。十二三歳かと」
ミトルは首を振った。
「アイン・オソに来るには早すぎる歳だ。彼を推薦した魔法使いが焦ったのさ。カーラの〈力〉の暴発を怖れた。確かに子供には持て余す力だな。制御できなくなれば、大変なことになる」
「なるほど」
「しかし、本舎に入れるには幼すぎる。もう少し魔法以外の経験を積ませなければ。あと数年、しっかりとした人格ができあがるまで」
「他の子たちとの関わり合いが心配です。彼らとうまくやっていけるでしょうか」
ミトルは額をこすり、ため息をついた。
「そこなんだ、トルグ。カーラには、他の人間の心が筒抜けなんだよ」
トルグは、お茶を飲むのも忘れてミトルを見つめた。
「生まれつきらしい。常に他人の心のざわめきにつつまれている。近くの者のものは、はっきり聞こえるそうだ。まだ八年しか生きていないのに、あの頭の中は、いらない情報で溢れかえっているわけだ」
「それは……」
想像するだけで辛かった。カーラは自分ではどうすることもできず、ただただ小さくなって耐えているだけなのか。他の人間には奇妙な子供にしか見えないだろう。
「彼の力を押さえ込むことは?」
「四六時中の魔法は無理だ。われわれなら精神を閉ざすことができるが、普通の人間や予備舎の子はそれができない」
「集団生活は酷ですね」
「うん。せめて自分で他者の心を遮断できるようになるまでは保護してやらなければ。それに、カーラの〈力〉は未知数だ。歪まないように、大事に育てなければならない」
ミトルはテーブルの上に両肘をつき、左右の指を組み合わせた。その上に顎をのせ、
「教授たちは考えた。で、きみに白羽の矢がたった」
「わたし?」
「きみならカーラを良い方向へ導いてくれるだろう、というのが教授たちの一致した意見でね。高慢や増長を植え付けることなく、よりよい次代の魔法使いに」
「それは」
トルグはとまどった。
「なんとかしてやりたいとは思いますが」
「だろう?」
「ですが、教授たちの期待に添うかどうかわかりませんよ」
「きみしか適任はいない」
ミトルはきっぱりと言った。
「わたしも同じ考えだ」
確かに、自分にそれができるなら、カーラから重荷を取り去ってやりたかった。カーラには、子供らしい笑顔が似合うはずだと思う。
ゆっくりと、トルグはうなずいた。
「わたしでよければ」
ミトルは満足げに微笑んだ。
「よろしく頼む」
中州の南東の斜面には耕作地と牧場があって、アイン・オソで働く人々が小さな集落を作っている。そこから川辺まで道がつづき、都から来る運搬船の荷下ろし場があった。
荷下ろし場の側に、積み荷を一時保管する石作りの四角い倉庫が建てられていた。倉庫番の家も並んでいるが、使われたのは最初のうちだけだったらしい。魔法使いの島を荒らしに来るものなど、誰もいなかったから。
空き家になっていたその古い倉庫番の家に、トルグはカーラを連れて移り住んだ。横長の平屋で、暖炉と台所のある居間の両側に一つづつ部屋がついていた。少しばかり修繕し、磨き上げるとなかなか居心地の良い家になった。
トルグは、カーラの精神を外部から遮断してやった。
はじめカーラは、とまどったように周りを見まわすばかりだった。
「どんな感じがする?」
カーラは両手で頭を抱え込んだ。
「聞こえない。なにも」
「それがあたりまえなんだ」
「頭が、からっぽになったみたい」
「まだ変な感じかな。徐々に慣らしていこうか。いまは私の〈力〉だが、きみもすぐに自分でできるようになるよ」
「ほんとうに?」
「うん。〈力〉は必要な時にだけ使えばいい。よけいなことに心を乱されることはない」
カーラの顔は一瞬輝き、しかしまた影がよぎった。
「そうしたら誰がぼくの味方か、わからないよ」
「今までは、わかった?」
カーラはうなずき、眉を歪め、首を振った。
「ばあちゃんしかいなかった。もう死んじゃった。母さんも、父さんも、兄ちゃんたちもぼくを嫌ってた。なんでも知ってるような顔をしているって。だからぼくは、みんなに顔を見せないようにじっとしていた。でもみんなは、ぼくのことを気味の悪いやつって……」
「そうか」
「誰かがぼくに意地悪しようとしても、これじゃあ、すぐにわからない」
トルグは手を伸ばし、カーラの頭をそっと撫でてやった。髪の毛は、思った通りにちくちくした。
「これからは、顔を上げて、相手のまなざしやしぐさをよく見るんだよ。きみに対する声の響きも聞きわけるんだ。そうすれば、〈力〉を使わなくても相手がどんな人間か推し量ることができる。きみのことを思ってくれている人もわかる」
「トルグ先生は?」
「どうかな?」
カーラはおそるおそるトルグを見つめた。
トルグは微笑んだ。
カーラも少し、笑みを返した。
「これからはトルグでいいよ、カーラ。しばらくは家族だからね」
カーラはトルグの手ほどき通り、〈力〉の制御法を身につけていった。
自分で外部の思念を追い払う術を覚えるのに、さほど時間はかからなかった。その他の〈力〉は試みてはいけないと、トルグはカーラに言い聞かせた。〈力〉の使い方は順をおって学ぶもので、カーラにはまだ早い。カーラに必要なのは、これまでに失っていた子供らしい時間だった。
畑や牧場の手伝いが二人の日課だ。牛の乳を搾り、季節の野菜を収穫する。
カーラは仕事を楽しんでいて、トルグも満足した。
他の人間と臆せず交わることができるようになったカーラは、予備舎の生徒たちとも仲良くなった。生徒たちはなぜカーラだけが魔法使いと暮らしているのか不思議にしていたが、カーラの弾けるような笑顔につい引き込まれ、年下のカーラを可愛がってくれる。それは大人たちも同様で、今ではカーラはみなの人気者だ。
「教授たちは満足しているよ。カーラをきみにまかせてよかったと」
予備舎の舎監室で顔を合わせたミトルは言った。日に一度、トルグは生徒たちの本草学を受け持っている。
カーラと暮らし始めてから二年近くたっていた。あらたまってのミトルの言葉に、トルグは少し身構えた。
「カーラは、もともと素直ないい子なんです。わたしでなくとも大丈夫でしたよ」
「そうかな」
「いつでも予備舎に入れます。綴り方や算術の基礎は、すっかり覚えてしまいましたし、生徒たちにも溶け込めるでしょう」
「ああ」
事務机に座っていたミトルは、両肘をついて指を組み合わせた。上目づかいにトルグを見上げ、
「実はトルグ、もう一人面倒を見て欲しい子がいるんだ」
「もう一人?」
「カーラより二つ年下だ」
「どんな子です?」
「両親のことはわからない。捨て子だったらしい。イースのロイダという老魔法使いが育てていたが、彼女は自分の死期の近いことを悟り、アイン・オソに委ねた」
「〈力〉を持っている?」
「たぶん、カーラ以上だ」
「驚きましたね」
トルグは思わずつぶやいた。
「このところ、〈力〉の強い子供がよく現れる」
「アイン・オソの方針の変化もあるのだろうさ。昔は〈力〉の強すぎる子供を見つけると、魔法使いは推薦状を書く前に、何らかの方法で排除した。今は違う。抑圧されることなく〈力〉を持つことが許されている。アイン・オソの法のもとで、という条件つきだが」
トルグは眉をひそめてうなずいた。
必要以上に〈力〉ある者は、魔法使いの認可試験でも排除されていた。アイン・オソに入る前からもそれは行われていたのだ。アンシュのような邪悪な魔法使いを生み出さないために。
時代は変わった。
〈力〉の芽が摘み取られることはない。それだからこそトルグたち教師は〈力〉が誤った方向に向かわないように、魔法使いの卵たちを育て上げなければならないのだろう。
「そちらの準備ができ次第、連れて行くよ」
「今はどこに?」
「ジーマ教授のところだ」
トルグは意外に思った。予備舎を超えて、直接〈塔〉とは。
「ロイダはジーマ教授の昔なじみだそうだ。彼女にじきじき頼み込んだ」
「そうでしたか」
「名前は、フォーヴァ。わたしもまだ一度しか会っていないが」
ミトルはちょっと言葉を切った。
「すこしばかり変わっている」
ミトルが言った。
「カーラ」
トルグは眉を上げた。
「昨日、予備舎に来た子ですね」
「うん」
ミトルはトルグが持ってきた生徒たちの成績表を受け取り、同じような羊皮紙が積まれた大きな事務机に置いた。立ち上がり、ひとつ伸びをする。
「お茶でも飲もうか、トルグ。今日の仕事は終わりだ」
トルグが魔法使いに認可されてから、十年が過ぎていた。
トルグは予備舎の教師を務めており、舎監はミトルだ。
ミトルのやわらかな物腰と美貌は、十年たっても変わらない。あいかわらず頭の後に結い上げた栗色の長髪に、いくらか白いものが交じるようになってはいたけれど。
ミトルは隣の私室にトルグを招き入れた。
暖炉の火の上では、すでにお湯が沸いていた。だいぶ肌寒くなってきた秋の終わり。火のぬくもりは心地よかった。
舎監の居室は、台所がないだけでトルグたちのものと変わらない。部屋の中央にテーブルと一脚の倚子、窓際には長椅子が置かれている。本と日用品が入った作り付けの棚の間に、寝室へのドアがあった。
トルグは長椅子に座り、ミトルが入れる香草茶のさわやかな香りに目を細めた。
窓の外は陽が落ちるまぎわだ。最後の陽の光が、部屋の中を赤く染めている。
「どう思う?」
ミトルはトルグの顔をのぞき込んだ。
「どう?」
「カーラだよ」
トルグは触ったらちくちくするに違いない銀色の短い髪、いつも顔を伏せ、小さく縮こまっているような少年を思い浮かべた。
ちらりと見ただけだ。その時から気になってはいたが──。
「彼の〈力〉のことですか?」
「ああ」
「たしかに」
トルグは、ミトルからきれいな薄緑色の茶が満たされたカップを受け取った。
「一瞬で感じました。並外れたものがあるようです。正式に魔法を学んでいけば、すばらしい魔法使いになるでしょう」
「昔なら、まっさきに殺されたくちだ」
ミトルは肩をすくめ、自分もカップを持って倚子に腰を下ろした。
「いま本舎に行っても通用する〈力〉だよ。ただ、彼はまだ八才だ」
トルグは驚いた。
「もっと上かと思っていましたよ。十二三歳かと」
ミトルは首を振った。
「アイン・オソに来るには早すぎる歳だ。彼を推薦した魔法使いが焦ったのさ。カーラの〈力〉の暴発を怖れた。確かに子供には持て余す力だな。制御できなくなれば、大変なことになる」
「なるほど」
「しかし、本舎に入れるには幼すぎる。もう少し魔法以外の経験を積ませなければ。あと数年、しっかりとした人格ができあがるまで」
「他の子たちとの関わり合いが心配です。彼らとうまくやっていけるでしょうか」
ミトルは額をこすり、ため息をついた。
「そこなんだ、トルグ。カーラには、他の人間の心が筒抜けなんだよ」
トルグは、お茶を飲むのも忘れてミトルを見つめた。
「生まれつきらしい。常に他人の心のざわめきにつつまれている。近くの者のものは、はっきり聞こえるそうだ。まだ八年しか生きていないのに、あの頭の中は、いらない情報で溢れかえっているわけだ」
「それは……」
想像するだけで辛かった。カーラは自分ではどうすることもできず、ただただ小さくなって耐えているだけなのか。他の人間には奇妙な子供にしか見えないだろう。
「彼の力を押さえ込むことは?」
「四六時中の魔法は無理だ。われわれなら精神を閉ざすことができるが、普通の人間や予備舎の子はそれができない」
「集団生活は酷ですね」
「うん。せめて自分で他者の心を遮断できるようになるまでは保護してやらなければ。それに、カーラの〈力〉は未知数だ。歪まないように、大事に育てなければならない」
ミトルはテーブルの上に両肘をつき、左右の指を組み合わせた。その上に顎をのせ、
「教授たちは考えた。で、きみに白羽の矢がたった」
「わたし?」
「きみならカーラを良い方向へ導いてくれるだろう、というのが教授たちの一致した意見でね。高慢や増長を植え付けることなく、よりよい次代の魔法使いに」
「それは」
トルグはとまどった。
「なんとかしてやりたいとは思いますが」
「だろう?」
「ですが、教授たちの期待に添うかどうかわかりませんよ」
「きみしか適任はいない」
ミトルはきっぱりと言った。
「わたしも同じ考えだ」
確かに、自分にそれができるなら、カーラから重荷を取り去ってやりたかった。カーラには、子供らしい笑顔が似合うはずだと思う。
ゆっくりと、トルグはうなずいた。
「わたしでよければ」
ミトルは満足げに微笑んだ。
「よろしく頼む」
中州の南東の斜面には耕作地と牧場があって、アイン・オソで働く人々が小さな集落を作っている。そこから川辺まで道がつづき、都から来る運搬船の荷下ろし場があった。
荷下ろし場の側に、積み荷を一時保管する石作りの四角い倉庫が建てられていた。倉庫番の家も並んでいるが、使われたのは最初のうちだけだったらしい。魔法使いの島を荒らしに来るものなど、誰もいなかったから。
空き家になっていたその古い倉庫番の家に、トルグはカーラを連れて移り住んだ。横長の平屋で、暖炉と台所のある居間の両側に一つづつ部屋がついていた。少しばかり修繕し、磨き上げるとなかなか居心地の良い家になった。
トルグは、カーラの精神を外部から遮断してやった。
はじめカーラは、とまどったように周りを見まわすばかりだった。
「どんな感じがする?」
カーラは両手で頭を抱え込んだ。
「聞こえない。なにも」
「それがあたりまえなんだ」
「頭が、からっぽになったみたい」
「まだ変な感じかな。徐々に慣らしていこうか。いまは私の〈力〉だが、きみもすぐに自分でできるようになるよ」
「ほんとうに?」
「うん。〈力〉は必要な時にだけ使えばいい。よけいなことに心を乱されることはない」
カーラの顔は一瞬輝き、しかしまた影がよぎった。
「そうしたら誰がぼくの味方か、わからないよ」
「今までは、わかった?」
カーラはうなずき、眉を歪め、首を振った。
「ばあちゃんしかいなかった。もう死んじゃった。母さんも、父さんも、兄ちゃんたちもぼくを嫌ってた。なんでも知ってるような顔をしているって。だからぼくは、みんなに顔を見せないようにじっとしていた。でもみんなは、ぼくのことを気味の悪いやつって……」
「そうか」
「誰かがぼくに意地悪しようとしても、これじゃあ、すぐにわからない」
トルグは手を伸ばし、カーラの頭をそっと撫でてやった。髪の毛は、思った通りにちくちくした。
「これからは、顔を上げて、相手のまなざしやしぐさをよく見るんだよ。きみに対する声の響きも聞きわけるんだ。そうすれば、〈力〉を使わなくても相手がどんな人間か推し量ることができる。きみのことを思ってくれている人もわかる」
「トルグ先生は?」
「どうかな?」
カーラはおそるおそるトルグを見つめた。
トルグは微笑んだ。
カーラも少し、笑みを返した。
「これからはトルグでいいよ、カーラ。しばらくは家族だからね」
カーラはトルグの手ほどき通り、〈力〉の制御法を身につけていった。
自分で外部の思念を追い払う術を覚えるのに、さほど時間はかからなかった。その他の〈力〉は試みてはいけないと、トルグはカーラに言い聞かせた。〈力〉の使い方は順をおって学ぶもので、カーラにはまだ早い。カーラに必要なのは、これまでに失っていた子供らしい時間だった。
畑や牧場の手伝いが二人の日課だ。牛の乳を搾り、季節の野菜を収穫する。
カーラは仕事を楽しんでいて、トルグも満足した。
他の人間と臆せず交わることができるようになったカーラは、予備舎の生徒たちとも仲良くなった。生徒たちはなぜカーラだけが魔法使いと暮らしているのか不思議にしていたが、カーラの弾けるような笑顔につい引き込まれ、年下のカーラを可愛がってくれる。それは大人たちも同様で、今ではカーラはみなの人気者だ。
「教授たちは満足しているよ。カーラをきみにまかせてよかったと」
予備舎の舎監室で顔を合わせたミトルは言った。日に一度、トルグは生徒たちの本草学を受け持っている。
カーラと暮らし始めてから二年近くたっていた。あらたまってのミトルの言葉に、トルグは少し身構えた。
「カーラは、もともと素直ないい子なんです。わたしでなくとも大丈夫でしたよ」
「そうかな」
「いつでも予備舎に入れます。綴り方や算術の基礎は、すっかり覚えてしまいましたし、生徒たちにも溶け込めるでしょう」
「ああ」
事務机に座っていたミトルは、両肘をついて指を組み合わせた。上目づかいにトルグを見上げ、
「実はトルグ、もう一人面倒を見て欲しい子がいるんだ」
「もう一人?」
「カーラより二つ年下だ」
「どんな子です?」
「両親のことはわからない。捨て子だったらしい。イースのロイダという老魔法使いが育てていたが、彼女は自分の死期の近いことを悟り、アイン・オソに委ねた」
「〈力〉を持っている?」
「たぶん、カーラ以上だ」
「驚きましたね」
トルグは思わずつぶやいた。
「このところ、〈力〉の強い子供がよく現れる」
「アイン・オソの方針の変化もあるのだろうさ。昔は〈力〉の強すぎる子供を見つけると、魔法使いは推薦状を書く前に、何らかの方法で排除した。今は違う。抑圧されることなく〈力〉を持つことが許されている。アイン・オソの法のもとで、という条件つきだが」
トルグは眉をひそめてうなずいた。
必要以上に〈力〉ある者は、魔法使いの認可試験でも排除されていた。アイン・オソに入る前からもそれは行われていたのだ。アンシュのような邪悪な魔法使いを生み出さないために。
時代は変わった。
〈力〉の芽が摘み取られることはない。それだからこそトルグたち教師は〈力〉が誤った方向に向かわないように、魔法使いの卵たちを育て上げなければならないのだろう。
「そちらの準備ができ次第、連れて行くよ」
「今はどこに?」
「ジーマ教授のところだ」
トルグは意外に思った。予備舎を超えて、直接〈塔〉とは。
「ロイダはジーマ教授の昔なじみだそうだ。彼女にじきじき頼み込んだ」
「そうでしたか」
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ミトルはちょっと言葉を切った。
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