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ginsui

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まいちゃん

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 女の子は、自分の背丈ほどもある竹箒で、一生懸命落ち葉を掃いていた。
 さらさらした肩までの髪、赤いスカートの女の子だ。
 女の子がふうと一息つくと、吹いてきた風がたちまち集まった落ち葉を舞い散らす。
 さっきからその繰り返しのようで、女の子は可愛らしい頬をちょっと膨らませ、また箒を動かし続ける。
「かわってあげようか」
 僕は見かねて女の子に言った。
 女の子は、大きな目を見開いて僕を見上げた。
 古びた神社の境内だ。
 神社のまわりは高い杉の木がりんりんとそびえ、西日がかった空をを圧していた。僕の後ろには杉林を貫いて急な石段があり、僕はそこから上ってきたようだ。
 境内には、僕と女の子しかいない。
「かわってあげるよ」
 僕は繰り返した。
「まいちゃん」
 ごく自然に名前が出た。
 僕はこの子を知っている。幼なじみのまいちゃんだ。
 ここは、むかし一緒に遊んだ鎮守さまのようだった。
「いいの?」
「うん」
 僕は、箒を受け取った。
 まいちゃんは、拝殿の階段にちょこんと腰掛けてこちらを見つめている。
 掃きながら考えた。
 杉の木ばかりなのに、落ち葉はどこからくるのだろう。
 何の葉なのか。クリーム色がかって細長い。くるくると内側にまるまって、筒のようになっているものもあった。掃き寄せるたび、からから乾いた音をたてる。
 葉が、少し重くなってきたような気がした。よく見ると、僕が掃いているのは細かい骨のかけらだった。白く、か細い骨は竹の隙間からこぼれ落ちそうだ。
「骨だ」
「うん」
 僕は、かがみ込んで小さな骨を拾った。
「まいちゃんの?」
「うん」
 まいちゃんは、いつのまにか僕の傍らに来ていた。
「これは、夢だね」
「そうよ」
 夢でもかまわなかった。ずっとまいちゃんに会いたかったのだ。
「ごめん」
 僕はささやいた。
「僕があの時、先に帰らなければ──」
 そうだ、日暮れの早い秋のあの日も、ぼくたちは鎮守さまの境内にいた。
 ささいなことに怒った僕は、まいちゃんを残して先に帰ったのだ。まいちゃんとばかり遊んでいると、同級生にからかわれたことが原因だったかもしれない。
 まいちゃんは、僕を追いかけてきた。
 石段を下りて、県道を駆け渡ろうとした時、ぼくの目の前で車にはねられた。
 まいちゃんは八歳で死んだ。
「ずっとあやまりたかった」
 ぼくは、言った。
「ごめん」
 まいちゃんは僕の顔を覗き込み、にこりと笑った。
「だめ」

 僕は、はっと目を醒ました。
 ソファーに腰掛けたままうとうとしていたらしい。
 休日の昼下がりだ。コーヒーを入れていた麻衣が、台所から顔をのぞかせた。
「寝てたのね」
 麻衣はくすりと笑った。
「うん。夢を見た」
「どんな」
「小さい麻衣に謝っている夢だ。麻衣は許してくれないんだ」
「あら」
「僕は、いつまでもいつまでも麻衣の骨を掃きつづけていた」
 僕は、苦笑した。
「疲れたよ。ちょっと寝てただけなのに、おかしいね」
 麻衣は、僕に歩み寄ってきた。
「いいわ」
 いたずらっぽく、僕に顔を近づける。
「え?」
「そろそろ許してあげる」
 僕に手を差し出す麻衣の身体が、ぼやけるように小さくなってきた。
 はっとして瞬きすると、そこにいたのはまいちゃんだ。
「これも夢、だね」
「そうよ」
 まいちゃんは、にこりと笑ってぼくの手をとった。
「でも、もうおしまい。行きましょう」

              †
 
 喪服の若い男女が数人、斎場から駐車場へ向かっていた。
「ようやく‥‥」
 一人の青年がつぶやいた。
「大変だったろうな、ご家族も」
「脳死判定はいやだって、お母さんが言い続けたんですって。気持ちはわかるわ」
「まあね」
「何年?」
「八年、かな。ほら、あいつの事故で鎮守さまの下に信号機ができたんだ」
「その前にも亡くなった子いるよね」
「まいちゃん。憶えているわ。あの二人、とても仲がよかったのよ」
「からかったよな、おれたち」
「だっけ?」
「二人とも、同じ場所でねえ」
 誰からともなく目を向けた先には、杉林にかこまれた小高い鎮守社があった。
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